第6話
すっかり体調の戻った恋歌が、休日の朝から我が家にやって来た。
ガラリ、と古びた引き戸を開ける、そこに立っていたのは私服姿の恋歌だった。
ピンクのフリルシャツに、あえてブラックのフリルロングスカートを重ねた。個性的なオシャレ。
(そういえば、パジャマ以外の恋歌の私服を見たのは初めてだ。……やっぱり地雷系か)
「お邪魔します」
恋歌はそのまま台所に滑り込むと、ピンクのマイエプロンを身につけ、鼻歌まじりに朝食の準備を始めた。
「休日の日まで朝食作りに来なくてもいいよ。悪いから」
「えっ、何でですか?」
「休日の日くらい俺の家なんて来ないで、友達と遊びに行ったりしていいんだよ」
「壮真さんは私と会うのが嫌なんですか……私が来るのが迷惑なんですか……私の顔なんて見たくないですか……ブツブツ」
(マズい……また地雷を踏んだみたいだ)
瞳の光が消え、完全に虚無を湛えた恋歌が、包丁を持ちながらこちらにゆっくり近づいて来る……
「れ、恋歌さん、と、とにかく包丁は置いてきて……!」
「私の事が嫌いですか?………ブツブツ」
包丁を握りしめたまま、恋歌は俺の目の前までやってきた。
「恋歌に会えて嬉しいし!嫌いじゃないから落ち着いて!!」
「本当ですか?……」
「本当だから!!」
「なら、私を抱きしめてください……」
「わかった!!」
俺は包丁を持った恋歌を恐る恐る抱きしめた。
(さ、刺してきたりしないよね……)
「私、友達とか一人もいないので気にしないで大丈夫ですよ」
恋歌が俺の胸に顔を埋めてくる。
(……悲しい事を言わないで)
◇◇◇
すっかり機嫌を直した恋歌と朝食を食べている。
「壮真さんは今日はどこもお出かけなさらないのですか?」
「うーん、今日は特に予定はないかな」
「なら、今日は1日中、一緒にいられますね。うふふ」
「まあ……そういうことになるかな」
相変わらず恋歌の料理は美味しくて、自然と箸が進む。
「あっ、おかわりします?」
「うん、お願い」
(特に卵焼きが絶品だ)
心の中でそう呟いたのが、顔に出ていたのだろうか。
「あーんしてください」
恋歌が何かを察したように、卵焼き焼きを箸でひょいと持ち上げ、俺の口に運んできた。
「……あ、あーん」
「美味しいですか?」
「うん、美味しいよ」
「うふふ、嬉しいです」
恋歌は、花が綻ぶような満面の笑みを浮かべている。
この和んだ空気のまま、ふと思い出した予定を口にした。
「あっ、そういえば、そろそろ部活に入ろうかと思ってるんだ」
「えっ、部活ですか?」
「うん、中学の時もやってたし、野球部に入ろうかと思って」
その瞬間、恋歌の表情からスッと色が消えた。地雷メイクの瞳が、凍りついたように俺を見つめる。
「壮真さんが部活を始めたら……会える時間、減ってしまいますね……私、いらなくなっちゃいますか……?」
目に見えてシュンとしてしまった恋歌に、罪悪感が込み上げる。
「ごめんね…そんなとこはないよ」
「……っ!いえ、大丈夫です。私、何とかします!壮真さんのことは私が管理するようにしますので!」
ぱぁっと、再び恋歌の表情が明るくなった。むしろ執着が増したような気がする。
(……何とかする?一体、何する気だ?)
◇◇◇
朝食を食べ終えた後、俺は居間のソファでテレビを見ていた。隣には恋歌がちょこんと座っている。
テレビには最近よく映画やドラマで見かける若手女優のCMが流れていた。
「この人、綺麗だな……」
俺の心の声が漏れた瞬間、隣から強烈な殺気を感じた。
「壮真さん!!それは浮気ですよ!!」
恋歌は俺の膝に股がるように座り、キスするんじゃないかってくらい顔を近づけてくる。
「えっ?浮気って?」
「他の女を綺麗って言いましたよね!!もう、それは立派な浮気です!!!」
(えっ、そうなの?日本はいつからそうなったの?)
「いや、でも、相手は芸能人だし……」
「芸能人だろうと、宇宙人だろと浮気は浮気です!!!」
恋歌がさらに顔を近づけてくる。
(怖いって……)
「もう二度と浮気はしないと約束してくださいっ!!!」
「う、浮気は二度としません……」
『俺たちまだ付き合ってないよね』っと思いつつも、恋歌の鬼気迫る迫力に負けてしまった。
「これで、許してあげます。……チュッ」
恋歌は俺の唇にそっと自分の唇を重ねてきた……。
(えっ、俺たちまだ付き合ってないよね?ってか、ファーストキスなんだけど……)
◇◇◇
昼食を終えて機嫌が直った恋歌と、某動画配信サイトでホラー映画を観ることにした。
内容は、アイスホッケーのマスクをした男が次々と人を襲っていくという王道中の王道だ。
恋歌はホラーが苦手なようで、さっきからずっと俺の腕にしがみついている。
「こ、怖いです。壮真さん」
(いや、本気だしたら君の方がよっぽど怖いと思うんだけどな)
「……大丈夫だよ。ただの映画だから」
俺は震える恋歌をなだめつつ、画面の殺人鬼に冷静なツッコミを入れていた。
(しかし、あのマスク男はゆったり歩いているくせに、どうしていつも先回りできるんだろうか?実は見えないところでは全力疾走でもしているのか?)
映画を観終わると、窓から赤い夕日が差し込んでいた。
「恋歌、そろそろ、帰った方がいいんじゃない?」
「ふふっ、ご心配なく。今日もお泊まりセットを持って来ているので大丈夫です」
「…………」
(また泊まる気か……)
◇◇◇
そろそろ寝る時間になったので、俺はブランケットを小脇に抱え、居間のソファへと向かった。
「壮真さん、何してるのですか?」
「ソファで寝る準備だよ。恋歌は俺のベッド使っていいよ。シーツは新しいのに取り替えといたから」
「何を言ってるんですか。一緒にベッドで寝ればいいじゃないですか」
「はっ……!? いや、それは流石にマズいでしょ!」
「大丈夫ですよ。ほら、行きましょ?」
「ちょっ、おい……」
抵抗虚しく、恋歌に腕を引かれるままベッドへと連行される。
狭いシングルベッドは二人で寝るにはあまりにも狭い。恋歌と身体が密着し、逃げ場のない甘い香りが鼻につく。
当の本人は何も気にする様子もなく、俺の胸を枕代わりにしてすうすうと寝息を立て始めている。
心臓の鼓動がうるさい。寝息を立ててる恋歌に、俺のドキドキが伝わってしまわないだろうか。
身体に伝わってくる、柔く大きな膨らみの感触。もしかしてノーブラなのか?
(眠れないよ……)
◇◇◇
目覚まし時計の電子音に、俺は強制的に目を覚覚まされた。
「あっ、ごめんなさい。起こしちゃいました」
申し訳なさそうに覗き込んでくる恋歌。
「……うーん、今、何時?」
「まだ、5時半です。まだ、寝ててください。私はお弁当と朝食の準備をしてきますから」
恋歌はそう言って手早く部屋を出ていった。
(昨夜は夜中まで寝れなかったかな……らもう少しだけ寝とくか……)
───しばらくすると。
「壮真さん、朝ですよ。起きてください」
「……ん…んー…後5分……」
「ダメですよ。朝食も出来てますし、冷めちゃいますよ」
毛布を剥ぎ取られ感覚に俺は重い目を開けた。
「……はーい。……えっ、ええええ!?な、何で下着姿なの!?」
目を開けると下着姿の恋歌が制服を持っていた。
「今から制服に着替えるから、ですよ?」
キョトンとした顔で、恋歌は当然のように答えた。
(くっ……今日は白の上下か……いや、それどころじゃない、目が覚めたよ……)
朝食を済ませ、二人で並んで家を出る。
「あっ、ネクタイ曲がってますよ」
玄関の前で、恋歌が自然な動作でネクタイを直してくれた。
「あ、ありがとう」
(新婚同棲カップルみたいになってる気がするんだけど……)
◇◇◇
放課後、俺は入部届を握りしめ、野球部のグランウドへと足を運んだ。
熱気と土埃が舞うなか、ベンチの脇で一人。黙々とボールを拭いている美しい女子生徒が目に留まる。揺れるポニーテールが印象的な、清楚なマネージャーらしき先輩だ。
「あの……入部したいんですけど」
声をかけると、彼女は顔を上げ、花が咲くような笑顔を浮かべた。
「あっ、入部希望の子ね!大歓迎だよ!」
ポニーテールの先輩はニコニコしている。
「あ、はい、一年の山口壮真です。よろしくお願いします」
俺は深々と頭を下げ、入部届けを差し出した。
「私は二年の士門静香。マネージャーをやってるの。よろしくね。壮真くん」
(いきなり下の名前か……!先輩、距離近くない?)
「とりあえず、今日は好きなように見学していって。後で顧問の先生にも紹介するから」
「はい、わかりました」
その後、俺は顧問や監督、一足早く入部していた秀樹と部員たちへの挨拶を済ませ、しばらく練習風景を目に焼き付けてからグラウンドを後にした。
(……やっぱり高校の練習は厳しそうだな)
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