第58話
朝、俺は両腕の豊かな柔らかい感触と、胸の圧迫されるような重みを感じて目を覚ました。
瞼を開けると、衝撃の光景が目に飛び込んできて俺の思考は一時停止する。
俺の右腕には、透き通るような白い肌を露にして、胸を押し付けるようにしがみついて寝ている恋歌。
それはいつもの光景なのだが──なぜか反対側の左腕には、一糸まとわぬ姿の和歌さんが、その熟れたふくらみを押し付けてスヤスヤと眠っていた。
そして、腹の上には花子さんが馬乗りになるように、俺に抱きついて寝ている。
しかも和歌さんと同じく完全無防備──要するに全裸で、彫刻のような鋼の肉体美をこれでもかと披露しながら、俺の胸に顔を埋めている。
(裸族がまた増えた……)
「……う……うん……おはようございます。壮真さん」
甘い吐息を立てながら、恋歌がとろんとした瞳で俺を見つめてくる。
「……おはよう」
首から下を花子さんにガッチリとホールドされている俺は、全く身動きがとれない。
寝ぼけていた恋歌が徐々に意識を取り戻すと……花子さんの存在に気づいてピタリと固まった。
「何してるんですか!花子さん!」
「……おはようございます。恋歌様、壮真様」
花子さんは何事もなかったように、俺の腹の上で上半身を起こすと、少し背伸びをして胸を張った。
「なんでここで寝てるんですか!しかも、全裸で!」
「壮真様に添い寝をするようにと奥様からの命令がありまして」
「またアレの仕業ですか!」
(もう、母とも呼ばなくなったな)
「母親を『アレ』とは聞き捨てならないわね」
左腕をガッチリと抱きしめていた和歌さんが、上半身を起こした。
「あなたもいたのですか!しかも、全裸で」
「私と花子は寝る時は全裸なの。恋歌は知ってるでしょ」
「壮真さんもいるのですよ!非常識です!」
(なんでだろ?恋歌が常識人に見えてきた)
「旅行の最後の夜くらい、家族で一緒に寝てもいいでしょ」
「家族って!花子さんもいるじゃないですか!」
「花子はもう家族よ。恋歌だってお姉さんみたいに慕ってるでしょ?」
「……まあ、それはそうですけど……。お世話になってるし……」
恋歌は気まずそうに、少し俯いた。
「私も恋歌様のことは、妹のように思ってます」
花子さんは優しい目で、恋歌を見つめている。
「花子さん。私もお姉さんだと思ってますよ。えへへ」
花子さんの言葉に恋歌はぱあっと表情を輝かせて、俺の胸に跨がると花子さんに抱きついた。
恋歌の可愛らしいお尻が、俺の目の前に迫る。
「二人とも私の大事な娘よ。ふふ」
和歌さんが恋歌と花子さんに覆い被さるように、熱い包容をした。
(うん、感動的な家族の絆だ。しかし、感動のシーンのところ悪いんだが、まずは三人とも何か着てくれ。それとシンプルに重いから退いて欲しいんだが!?)
◇◇◇
朝食を終えると、富士山の湧水で有名な名所の滝へと車で向かった。
駐車場から緑の中を五分ほど歩くと、木々から豪快に飛沫を上げる絶景に目を奪われた。
天然のミストシャワーが火照った肌を撫で、ひんやりとした空気が心地よい。
「涼しいですね。壮真さん」
「そうだね。気持ちいいね」
俺は背後からそっと恋歌の華奢な肩を抱き寄せた。
「温かいです。うふふ」
恋歌が嬉しそうに身を委ねる。
「あらあら、私も温めてもらいたいわね」
隣では和歌さんが、涼しげな水音をバックに妖艶な微笑みを浮かべている。
「お母さんは壮真さんじゃなくて、花子さんと抱き合っていてください!」
恋歌は慌てて牽制するが、すかさず花子さんが首を傾げた。
「奥様。私が抱きしめて温めますが」
「……嬉しいけど、それは遠慮しとくわ」
「承知しました」
(さすがの和歌さんも、花子さんの天然パワーには敵わないらしい)
絶景を楽しんだ俺たちは昼食のお蕎麦を食べ終えると、お土産を買うために売店へと向かった。
「壮真さん。これなんかどうですかね?」
恋歌は、翡翠のネックレスを俺の目の前に差し出してきた。
「いいんじゃない。誰に渡すお土産なの?」
「麗華さん用です。牛にはどれがいいですかね」
「へー、随分と仲良くなったんだね」
「麗華さんとは仲良いですが、牛とは主人と下僕みたいなものですよ」
(そう言う割には、楽しそうにお土産を選んでいるけどね)
「牛にはこれにします。魔除けになるみたいですし、あの女は胸に何か取り憑いてそうですからね。うふふ」
恋歌はクリスタルのネックレスを手に取ると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「綺麗だね。きっと喜ぶよ。猪鹿川さん」
(俺も秀樹たちに何か買うか)
試行錯誤の結果、みんな幸薄そうなんでパワーストーンを買うことにした。
お土産を買い終え、恋歌と二人で車に向かうと、愛瑠歩烈度の兄貴が大量のワインをトランクに積んでいた。
「何ですか?その大量のワイン?」
「奥様がお買いになったワインです」
兄貴はワインを詰め終わると、運転席へと向かった。
(個人で買う量じゃないだろ……)
俺が後部座席に乗り込むと、車内では和歌さんがワインを豪快にラッパ飲みしていた。
「壮真くん。こっちこっち。……ひっく」
俺は和歌さんに腕を強引に引っ張っられて、隣に座らせられた。
(すでにいい感じにできあがってるな)
「お母さん!壮真さんが嫌がってるではないですか」
「壮真くんは嫌じゃないわよねぇ」
和歌さんは、キスして来るんじゃないかと思うほど顔を近づけてきた。
(距離感近すぎるのは親子そっくりだな)
「……別に嫌じゃないです」
「壮真さん!甘やかしてはダメですよ!すぐ調子に乗りますから!」
「壮真くん……実の娘が冷たくて私、寂しい………ひっく」
和歌さんは俺の顔を、自身の豊かな胸元へ包み込むように抱きついてきた。
薔薇のような大人の香りと、圧倒的な肉感がダイレクトに顔を包み込む。
「壮真さんから離れなさい!この酔っぱらいが!」
恋歌が和歌さんを俺から引き離そうと引っ張るが、和歌さんは一向に離そうとしない。
一進一退の攻防は、別荘に戻るまで繰り広げられた。
◇◇◇
別荘に戻ると、俺は部屋のアンティークのソファに腰掛け、膝の上に跨がる恋歌の体温を感じながらまったりと寛いでいた。
そんな幸せな時間を堪能してから、俺たちは帰り支度を始めた。
「楽しかったですね。壮真さん。うふふ」
「そうだね。楽しかったね……」
(……色んなことがありすぎて疲れたけど)
「帰り支度は終わったかしら?」
和歌さんが奥の部屋から、優々たる態度でやって来た。
「終わりました」
俺は荷物を詰め終わると、キャリーバッグのファスナーを閉めた。
「私も大丈夫です」
恋歌はキャリーバッグを部屋の中央へと置いた。
「忘れ物はないかしら?まあ、忘れても後で届けるから大丈夫だけど」
その時、ドアをノックする乾いた音が部屋に響いた。
「入っていいわよ」
和歌さんがそう言うと、ガチャリとドアが開き、花子さんが音もなく滑るように美しい足取りで入ってくると深く一礼をした。
「お預かりします」
花子さんは俺と恋歌のキャリーバッグを左右の手に持つと、軽々と持ち上げ肩に担いだ。
「失礼します」
再び、深々とお辞儀をすると、音もなく部屋を去っていった。
「それじゃ帰りましょうか」
和歌さんが、部屋のドアをガチャリと開けた。
俺たちは別荘の前に停まっているリムジンに乗り込むと、帰路へとついた。
◇◇◇
俺の家の前に着き俺と恋歌を降ろすと、和歌さんたちは自分の家へと帰って行った。
遠ざかるリムジン。
夕暮れの車窓に一瞬だけ映った和歌さんの横顔は、いつもの妖艶さを潜め、どこか寂しげに見えた。
その表情が印象に残って、俺の胸に少しだけ切ない余韻を残す。
家の中に入ると、恋歌はピンクのマイエプロンをつけるとさっそく晩御飯の支度を始めた。
キッチンで料理をしている恋歌の姿を見ると、改めて我が家に帰って来たんだなと実感することができる。
やがて、恋歌の手料理の美味しそうな匂いが部屋中に漂い始めた。
そして、恋歌が俺を呼ぶ声がする。
「晩御飯できましたよ。壮真さん。うふふ」
「今、行くよ」
俺はソファから立ち上がり、恋歌が作ってくれた料理のもとへと歩いて行った。
二人だけの何気ない幸せな日常がまた始まった。
(もうすぐ夏休みも終わりだな)
読んでくださりありがとうございました




