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彼女の想いが重すぎる……  作者:


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第55話

豪華な昼食を終えた俺と恋歌は、受験勉強をするために部屋に籠っていると、いつの間にか窓の外は深い藍色の世界に染まっていた。


一息ついていると、ギィ……と背後で静かに扉を開ける音がした。


振り向けば、片手にワイングラスを持った和歌さんがまた奥の部屋から現れた。


「お母さん!隠し扉から入ってくるのはやめてください!!」


「あらあら、娘にそんなこと言われるとお母さん悲しくて泣いちゃうわ。ぐすんっ」


和歌さんはワイングラスをテーブルに置くと、ポケットからハンカチを取り出し、わざとらしくハンカチを目の下に当てた。


「嘘泣きなのはわかってますから!」


恋歌の抗議などどこ吹く風、和歌さんはハンカチをしまうと、どこか妖艶な微笑みを浮かべた。


「ねえねえ、晩御飯を食べ終えたら、肝試しに行きましょう。ふふ」


「肝試し……ですか?」


首を傾げる俺に、和歌さんは楽しげに告げる。


「……実は、車で十五分ほど行ったところに幽霊が出ると言われている、有名な呪われた廃墟のホテルがあるのよ」


「そ、そんなところに行ってどうするんですか!」


恋歌は俺の腕を強く抱きしめながら、カタカタと体を震わせている。


「ふふ、恋歌は子供の頃から怖い話とか苦手だったわね。でも、肝試しとか夏の定番でしょ」


「あの、そういうのは不法侵入とかになりますし、迷惑行為なのでは……?」


俺はごくごく普通の素朴な疑問を和歌さんにぶつけたが、和歌さんは余裕の笑みを崩さない。


「大丈夫よ。ふふ、予めそこは買収しておいたから、私の土地よ」


(お金持ちはスケールが違うな……)


呆れる俺をよそに、和歌さんは真剣な表情で話を続ける。


「……昔、真冬のホテルで、殺人事件があったらしいの……犯人は管理人をしていた父親なんだけど……それから殺された母親と、真っ白な男の子の幽霊と黒い猫の幽霊が出るらしいの…怖いわね」


(一気に話が嘘臭くなってきたな……シャ◯ニングと呪◯が混ざってるぞ)


「わ、私は行きませんからね!」


恋歌はあからさまに怯えて拒絶している。


「なら、壮真くんだけでも行きましょうよ」


「……はあ」


「今夜は壮真くんと二人で肝試しデートね。ふふ」


「壮真さんとお母さんがデート!?それは絶対にダメです!私も行きますからっ!」


「あらあら、デートはなしね。残念だわ」


和歌さんは言葉とは裏腹に、嬉しそうな微笑みを浮かべている。


(和歌さんの手のひらの上で転がされているぞ……恋歌……)


◇◇◇


晩御飯を食べ終えた俺は、愛瑠歩烈度の兄貴が運転するリムジンに乗せられると、廃墟のホテルへと向かった。


まんまと和歌さんの術中にはまった恋歌も、嫌々ながらも着いてきた。


「こ、怖いです。壮真さん」


恋歌は俺の腕にしがみつくと、怯えた小動物のように小刻みに体を震わせている。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。恋歌」


(完全に和歌さんの作り話だから)


「壮真さん……私を守ってくださいね」


「ああ、恋歌のことは俺が守るから大丈夫だよ」


俺は恋歌の頭をそっと撫でた。


「……壮真さん。嬉しいです。うふふ」


「そこのバカップル、もうすぐ着くわよ」


隣に座っている和歌さんが呆れた顔をしていた。


廃墟ホテルの駐車場に到着すると、車を降り、恋歌と和歌さんと俺でホテルのエントランスへと向かった。


恋歌は半べそをかきながら、俺の腕に抱きつきながら震えている。


廃墟というからボロボロなのかと思ったら、意外にも真新しい五階建ての普通のホテルだった。


俺たちは懐中電灯を片手に、エントランスから中へと足を踏み入れた。


すると、小さな黒い物体が俺たちの前を急に横切った。


懐中電灯で照らすと、そこにいたのは黒猫だった。


「いやぁぁあ!壮真さぁぁぁん!く、黒猫の幽霊ですよぉぉぉ!?」


恋歌は助けを求めるように、俺に抱きついてくる。


「落ち着け!恋歌!あれは生きている本物の猫だ」


「ゆ、幽霊じゃないんですか……?」


「よく見てみろ。あれは普通の猫だ」


恋歌がほっと胸を撫で下ろしていると、猫は『にゃー』とひと鳴きして、どこかに行ってしまった。


猫が去ったホテル内は、不気味なほどに綺麗で、しんと静まり返っている。


廃墟と言ってもまだ使えそうなくらい、どこも傷んでなさそうだ。


「五階に母親の幽霊が出るらしいの。階段はあっちよ」


和歌さんはまるで来たことがあるみたいに、スタスタと階段まで案内してくれた。


俺たちは階段を上がっていく、ちょうど三階の踊り場についた時に突然白い物体が目の前に現れた。


一瞬、幽霊かと思ったが、よく見ると白い子供の人形だった。


「いやぁぁぁ!壮真さん!子供の幽霊が!」


恋歌はぼろぼろ涙を流しながら、俺に物凄い力で抱きついてくる。


「落ち着け恋歌!あれはただの子供の人形だ!」


俺は小刻みに震える恋歌を優しく抱きしめて宥めた。


「……えっ?に、人形?」


俺は怯える恋歌を支えながら人形の近くまで連れて行くと、彼女は安堵の表情を浮かべていた。


近くで見ると、とても精巧に作られているのがわかった。


まんまと騙されている恋歌の様子を、和歌さんは悪戯っ子全開の楽しそうな笑みを浮かべて見つめている。


そんな中、ようやく俺たちは五階まで辿りついた。


「幽霊が出るのはあの部屋よ」


和歌さんは一番奥にある部屋を指差した。


三人で部屋へと近づくと、その時──。


──ギィィィ。


誰も触れてないはずのドアが、鈍い音を立ててゆっくりと開き始めた。


中から現れたのは、床を這いつくばる白い服を着た、長い髪の女。


女の顔は、真っ赤な血で染まっていた。


「あ"……あ"……あ"……あ"……あ……"あ"……」


女はカエルが潰れたような奇声を発しながら、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。


「ひゃ、ひゃぁぁぁぁぁぁぁーーっっ!?」


恋歌が限界を突破した悲鳴を上げ、物凄い力で俺の腕を引っ張ると、脱兎のごとく階段へ走り出した。


信じられないスピードで階段を下りるが、なんと女も這いつくばりながらカサカサカサカサッと異様な音を立てて追いかけてくる。


(あれは人間の動きではない……まさか本物の幽霊か!?ってか、和歌さんはどうした!?)


必死の形相の恋歌と階段を下り、ホテルを脱出する。


しかし、女は這いつくばるというより、綺麗な匍匐前進でなおも迫ってきた。


(いや、めっちゃ怖いんですけど──!?)


あと少しで車に着くというところで、女はさらに加速するとズササササササッ!とすぐ後ろまで迫ってくる。


そして、ついに追いつき、恋歌の足首を掴んだ。


恋歌は一瞬立ち止まると、振り返り自分の足元を確認する。


足元には恋歌の足首をがっちり掴んでいる女が、不気味な笑みを浮かべている。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁっっ?!」


恋歌は人生で聞いたこともないような悲鳴を上げると、そのまま白目を剥いて俺の腕の中に倒れ込んできた。


俺は地面に落ちないように、がっちりとその体を抱き寄せる。


「少しやり過ぎてしまったみたいですね」


這いつくばっていた女はスッと滑らかな動作で立ち上がると、長い髪をかきあげた。


驚いたことに、髪の間から現れたのは、血で塗られた花子さんの美しい顔だった。


「花子さん!?何してるんですか、一体!」


「奥様に『全力で幽霊役やってほしい』と頼まれまして。血のりも付けて、期待以上の成果は出せたかと」


花子さんは淡々とそう言うと、服についた土埃を手で叩いた。


「みんな、足が早すぎるわよ……はあはあ……」


ぜえぜえと肩で息を切らした和歌さんが、大きく遅れてやって来た。


「あら?恋歌は失神しちゃったの?」


「奥様。やはりやり過ぎだったのでは。恋歌様の精神的トラウマが懸念されます」


「だって、せっかく恋歌を驚かせるためだけにこのホテル買ったんだから、本格的な肝試しにしないとダメよ」


(壮大すぎる娘へのドッキリだな……ってか、実の娘に普通やることか!?)


俺は気絶している恋歌をお姫様抱っこして、車の中へと運んだ。


すると、運転席に兄貴の姿がない。


「あの、愛瑠歩烈度さんがいないのですが?」


「ああ、愛瑠歩烈度さんには裏方をやってもらってたの。色々と片付けてるんだと思うわ」


ワイングラスを片手に後部座席に座っている和歌さんが、優雅に微笑んでいる。


少しすると、兄貴が黒猫と白い子供の人形を抱えてやって来た。


(あれは兄貴の仕事だったのか……)


帰りの車内。


興奮冷めやらぬ和歌さんが、ワイングラスを片手に、俺の腕に豊かなふくらみをぴったりと押し付けている。


「壮真くん。恋歌は気絶してるし、今夜は私と二人っきりで寝ない?」


その瞬間。


ガシッ!!


隣で気を失ってるはずの恋歌の手が、物凄い力で俺の片方の腕を掴んだ。


驚いて顔を覗き込んだが、彼女の目は閉じたまま、すやすやと規則正しい寝息を立てている。


完全に気を失っている。


意識がないはずなのに、恋歌は『壮真さんは絶対に誰にも渡さない』という凄まじい無言の圧力を放ちながら、俺の腕をがっちりと掴んで離そうとしない。


結局、恋歌は目を覚ますまで、俺の腕が解放されることはなかった。


(一番怖かったのは恋歌だったな……)

読んでくださりありがとうございました

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