第51話
小鳥遊恋歌視点
朝、私はスマートウォッチの振動で目を覚ました。
壮真さんの胸の中で抱かれる、久しぶりの愛おしい温もりに私は幸せを感じていた。
私は壮真さんを起こさないように寝室を出て、キッチンで朝食の支度を始める。
まだ少し手術したお腹の傷が痛むけど、そんな事は言ってられない。
これから甲子園へ向かう壮真さんを、私が全力で支えなければいけないのだから。
朝食の支度を終えると、私は二人の愛の寝室で寝ている壮真さんを起こしにいった。
(うふふ、可愛い寝顔……)
「壮真さん。朝ですよ。起きてください」
私の声に反応して、壮真さんは体をもぞもぞと動かすと瞳を開けた。
私を眠そうな目で見つめてくる。
「……おはよう。恋歌」
「おはようございます。壮真さん。うふふ」
「朝食はできてますので、冷めないうちに来てくださいね」
「……わかった」
私は壮真さんの顔を覗き込むと、その唇に軽いキスを落とした。
それから軽い足取りでダイニングに向かい、料理を並べ始める。
紅鮭の塩焼きに壮真さんの大好きな卵焼き、ほうれん草のおひたしなどを丁寧にテーブルの上に置いていくと、少しして、壮真さんがリビングにやってきた。
「今日も美味しそうだね」
優しい微笑みを浮かべて、壮真さんが椅子に深く腰を下ろす。
私はすぐさま、大盛りのご飯と具のたくさん入っているお味噌汁を壮真さんの前にそっと置いた。
「いただきます」
壮真さんは胸の前で手を合わせている。
「どうぞ召し上がれ。うふふ」
壮真さんが朝食を食べるのを見ながら、私も箸を進めた。
「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」
「お粗末様でした。うふふ」
壮真さんは食器を片付けると、シンクで手際よく洗い始めてくれた。
いつもの光景を眺めながら、私は『我が家に帰ってきたんだ』という安心感で、胸の奥がじんわり温かくなる。
二人で歯磨きを済ませた後、リビングのソファで少し寛ぐことにした。
私は壮真さんの膝に跨がり、手を彼の首に回してそっと抱きつく。
壮真さんの温もりがとても心地よく、このままずっとこうしていたいと──思っていた、その時だった。
「……あれ?この綺麗な女の人って?」
『綺麗な女の人』と言うワードに私の脳細胞が反射的に、そして過敏に反応した。
「……壮真さん……綺麗な女の人ってどういうことですか……?」
私は壮真さんの首に回している腕に、ミシミシと音が鳴るほど力を込めた。
「ち、違うんだ!恋歌!」
締め上げるのをやめ、今度は壮真さんの頬を両手で挟み込む。
嫉妬で狂いそうな瞳を、じっと彼に向けた。
「こ、これ見て」
壮真さんは必死の形相で、スマホの画面を私の目の前に差し出してきた。
スマホの画面には、どこかで見覚えのあるモデルが映っている。
「あれ?この人って?」
「士門先輩じゃない?」
よく見たら絶壁先輩だった。
綺麗に整った顔立ちと、この胸の薄さは間違いない。
「絶壁先輩ですね」
「その呼び方はダメだよ。怒られるから。モデルやってるみたい。注目の新人モデルだって」
「へー、まあ、見た目だけはいいですからね」
本当は中身も良くて、とても優しい人なのはしっているけど。
「知り合いが有名人になってるなんてびっくりするよね」
感心したように呟く壮真さん。……この人は自分も『プロ注目の高校生左腕』と言われていて、すっかり有名人になってる自覚が全くない。
「……そうですね」
その後、壮真さんは野球部の練習に行くので、私は玄関で壮真さんの唇に軽い口づけを交わし、彼を見送った。
私はひと息ついて、家のお掃除を始めることにした。
一通り掃除機をかけ終わると、スマホが激しく震えた。
牛からのメッセージだ。
画面を開くと『山口先輩が女子生徒に囲まれて凄いことになってます』とある。
一緒に添付されている写真には、大勢のメス犬に囲まれながら、嬉しそうに笑っている壮真さんの姿があった。
憤怒した私は即座に指を動かした。
『あなたがメス犬たちから壮真さんを助けなさい!何のためにそこにいるの?』
一秒と経たず牛から返信が来る。
『助けようとしたのですが無理でした びえん』
(……びえんじゃなくてぴえんよ……あなた鼻の病気なの?……使えないわね……あの、牛は)
◇◇◇
お昼前、私は昼食の支度を終えると、スマホで壮真さんの居場所をチェックする。
よし、壮真さんはすでに家の近くにいるようだ。
リビングで壮真さんの帰りを待っていると、ほどなくしてドアが開き、愛する壮真さんが入ってきた。
私はすぐに駆け寄り、彼の温かい胸へと飛び込む。
壮真さんも私の背中を優しく腕を回してくれた。
「おかえりなさい。壮真さん」
「ただいま。恋歌」
私は顎を上げ、静かに瞳を閉じた。
壮真さんの唇が私の唇にそっと重ねられる。
ごくあり触れた、とても幸せな瞬間だった。
──しかし、私は牛からの密告を忘れてはいない。
壮真さんの腰に回した腕の力を一気にマックスにまで込め、満面の笑みのまま、至近距離から殺気を放った。
「壮真さん……今日も随分とおモテになったらしいですね……?」
「そ、そんなことはないぞ!俺はモテてないから!」
「牛からの密告がありました……写真付きで……随分と嬉しそうな顔をしてましたね……」
「う、嬉しくなんかないから!俺は恋歌一筋だし!」
「……それは本当ですか?」
「本当だ!」
「……証拠を見せてください」
腕の力を抜くと、私は再び瞳を閉じた。
焦った壮真さんが、今度は言い訳をかき消すように深く口づけをしてきた。
私はそこに、スーッと舌を滑り込ませる。
激しく絡み合う舌。
数分間、たっぷりと私の痕跡を刻み込んでから唇を離すと、名残惜しそうに細い銀の糸が引いた。
「私だけを見ていてくださいね。壮真さん」
「……了解です」
「でも、今夜はゴーヤチャンプルーにします。うふふ」
あまり好き嫌いのない壮真さんだけど、ゴーヤチャンプルーと豚足だけは苦手。
「…………」
呆然と立ち尽くす壮真さんを私はダイニングに促がすと、二人で昼食を食べ始めた。
◇◇◇
昼食を食べ終えた後、私はいつもの定位置へと戻っていた。
リビングのソファで寛ぐ壮真さんの膝の上に跨がり、手を首に回してぎゅっと抱きつく──。
壮真さんの優しい温もりを感じながら、私の香りを彼の体にマーキングする。
誰にも渡さないとばかりに、自分の胸をぴったりと密着させた。
「……恋歌。今晩のメニュー変更できないですかね?」
「他のメニューがいいんですか?」
「……できれば、他のにお願いしたいんですが」
「ふふ、仕方ないですね。このままずっと抱きしめていてくれたら他のメニューに変更します」
「本当ですか。ありがとうございます」
私の腰に回している壮真さんの腕にぎゅっと力が入った。
「何が食べたいですか?うふふ」
「ふわとろオムライスがいいなぁ」
「了解しました。えへへ」
「ありがとう。愛してるよ。恋歌」
「私も愛してますよ。壮真さん」
私が上目遣いで、壮真さんを見つめると、彼は顔を近づけてきて、私に軽い口づけを交わした。
夕方まで抱きしめ合っていた私たちは、晩御飯のおかずを買いに近所のスーパーへと向かった。
◇◇◇
晩御飯は結局、壮真さんの好きなふわとろオムライスにした。
「壮真さん。あーん」
私はふ壮真さんのふわとろオムライスをスプーンで掬うと、彼の口へと運んだ。
「あーん」
壮真さんは大きく口を開けて、美味しそうに頬張ってくれた。
「どうですか?」
私は上目遣いで、壮真さんの顔を覗き込む。
「いつもと一緒で、凄い美味しいよ」
「良かったです。うふふ」
私は幸せな気分になり、自然と頬が緩んだ。
晩御飯を食べ終えると、お風呂場でシャワーを浴びながらいちゃいちゃして、リビングに戻ってからもひと頻りいちゃいちゃしてから、私たちは寝室へと向かった。
私はベッドへ滑り込むと、壮真さんの唇にキスを落とす。
「おやすみなさい。壮真さん」
「おやすみ。恋歌」
私は壮真さんの胸を枕にして、そっと抱きしめた。
(この幸せを絶対に手離したりはしない)
読んでくださりありがとうございました




