第50話
決勝の朝。
俺は完全に吹っ切れていた。
チームメイト、支えてくれたマネージャーや監督に顧問の先生、それに応援してくれた皆のためもあるが、一番はただ純粋に愛する恋歌にカッコいいところを見せたいだけだ。
練習試合では神宮寺学園の山田にホームラン三連発をくらったが、今日はそうはいかない。
俺はやってやろうという気持ちが抑えきれず、試合へと向かう。
試合が始まると、初回から全力投球。
この試合に勝てればそれでいいと投げていた。
二回表。両チーム無得点で迎えた、先頭バッターの山田。
山田との最初の対戦だ。
山田は右バッターボックスに立つと、バットをぴんと立てた。
相変わらず、威圧感が凄い。
変化球を混ぜながら、最後はチェンジアップでタイミングを外し、空振りの三振で仕留めた。
その後も俺の調子は天を突いていた。
五回表、再び先頭バッターの山田との勝負。
ストレートを軸にしながら、縦のスライダーで三振。
絶好調だった。
ベンチに戻ると秀樹が隣に座り、満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
「すげえな!めちゃくちゃ球が走っているよ!」
「今日は体が凄い軽いんだ」
「このまま行くぞ!?」
「ああ、誰にも打たせねえよ!」
二人で気合いを入れ直した。
両チーム無得点のまま迎えた、七回裏の味方の攻撃。
ツーアウトで、バッターボックスには秀樹。
ツーボール、ツーストライクからの五球目。
スライダーに山を張ったようなフルスイングだった。
打球は強烈な弾丸ライナーとなり、一直線にレフトスタンドに突き刺さった。
待望の先制点だ。
1対0で迎えた八回の表。
三度目となる、先頭バッターの山田との勝負。
ここまで俺は、一人のランナーも出していない。
つまり、完全試合がかかっている。
二球のストレートでツーストライクに追い込むと、三球目のストレートを山田が完全に捉えたかと思ったが、ライトポールをギリギリ逸れた。
大ファール。
俺はマウンドで、ほっと胸を撫で下ろした。
秀樹のサインは真っ直ぐ、俺は頷くと大きく振りかぶり、左腕を思いっきり振った。
その瞬間、愛する恋歌の顔を思い浮かべていた。
球は唸りを上げて、秀樹のキャッチャーミットへと吸い込まれていく。
──バーン!
空振り三振、ど真ん中。
山田はバッターボックスで、呆然と立ち尽くしている。
その瞬間、球場から地鳴りのようなどよめきが起こった。
スコアボードに表示された球速は、脅威の156km。
俺の自己最速だった。
その後、九回の表も三者凡退で抑え、俺は完全試合を達成するとともに、甲子園初出場を決めた。
マウンドに駆け寄って来た秀樹やチームメイトと抱きあいながら、最高の喜びを分かち合った。
整列をしてお互い礼をした後、山田が俺に握手求めてきた。
『最後の球は今まで見た中で一番速かったよ!甲子園頑張って!応援するよ!』と言って笑顔を見せると、ベンチに帰っていった。
(いい奴だな……ファンになりそう)
◇◇◇
閉会式が終わると、スマホに恋歌から『手術が無事に成功しました』とメッセージが届いていた。
俺はいったん家に帰ってシャワーを浴びて着替えると、急いで病院へと向かった。
ドアを軽くノックしてから病室へ入ると、俺に気づいた恋歌がゆっくり歩いて来て、もたれるように抱きついてきた。
「壮真さん!甲子園出場おめでとうございます!」
「ありがとう。……でも、歩いて大丈夫なのか?」
「はい!大丈夫です!」
「……良かった」
安堵からか、無意識のうちに涙がぼろぼろ溢れてきた。
「そんなに心配してくれてたんですね。うふふ」
恋歌はハンカチを取り出すと、俺の目元にそっと添えて涙を拭った。
「……当たり前だろ。難しい手術って聞いていたし」
「難しい手術?私が受けたのは腹腔鏡手術っていう比較的簡単な手術ですよ」
「えっ?重い病気だったんじゃ?」
「え?ただの虫垂炎ですよ?三日後には退院もできます」
俺が恋歌を抱きしめながら、困惑していると和歌さんが病室に入ってきた。
「あらあら、抱きあっちゃって相変わらずラブラブね。ふふ」
「和歌さん。虫垂炎ってどういうことですか?難しい手術だったんじゃ?」
「壮真くん。腹腔鏡手術なんて私にはできないわ。難しい手術よ」
「いや、それ外科医じゃない人はほとんどできないでしょ」
「まあ、バレたら仕方ないわね。秀樹くんに頼まれたのよ。壮真くんには『重い病気の設定で伝えといてください』ってね」
「秀樹が?何でそんなことを?」
「壮真くんはマイペースなところがあって、闘争心が足りなかったらしいわ。恋歌の病気が壮真くんに火をつけるいいきっかけになるかもって」
俺は試合中の秀樹の憎たらしい満面の笑みが、脳裏に浮かんだ。
あいつ、俺が必死になっていたのを知ってて、あの顔してやがったのか。
(生まれて初めて、親友に対して純粋な殺意を覚えた……)
◇◇◇
あれからわかったのだが、恋歌の虫垂炎の事を知らなかったのは俺と猪鹿川さんだけだったらしい。
俺は退院する恋歌を迎えに行った。
恋歌の華奢な肩を支えながら、和歌さんと愛瑠歩烈度のアニキが乗り込むリムジンで俺の家に向かった。
久しぶりに家に帰ってきた恋歌は家に入ると、俺にぴったりとくっついて離れようとしない。
彼女はソファに腰掛けている俺の膝の上に跨がり、ずっと抱きついている。
「壮真さん。今夜は何食べたいですか?」
「いや、料理はしばらく俺が作るよ。手術したばかりなんだから安静にしてないと」
「大丈夫ですよ。私が作りますから。うふふ」
「無理はしないでくれよ」
「はい、あ、しばらくはシャワーだけですが、お風呂もご一緒できますよ。ふふ」
「少しでも体調が悪いときはすぐ言うんだぞ」
「もう、壮真さんは過保護ですね。えへへ」
「また、入院とかなったら淋しいからな」
「私も夜は淋しかったですよ」
恋歌はじっと俺を見つめてくると、軽いキスを交わした。
「今日からまたずっと一緒ですね」
「あ、俺は甲子園へ行かなきゃいけないから。また離ればなれになるな」
「大丈夫です。二人で泊まるホテルを予約してありますから」
「え?」
「甲子園のときもずっと一緒です。うふふ」
「いや、俺だけ他のホテル泊まるとか無理だからね」
「なんでですか!?」
「チームメイトや関係者は、同じところに泊まらないといけないって規則でそうなってるんだよ」
「誰がそんなことを決めたんですか!?」
「日本高野連だよ」
「愛する私たちを引き離す規則なんてあってはなりません。いますぐ電話で抗議します」
「……マジでやめてね」
俺は日本高野連に電話をかけようとする恋歌を必死に止めた。
何とか恋歌を説得したが、彼女の機嫌は斜めだった。
俺が一緒に風呂に入ろうと言ったら、恋歌は顔をぱあっと明るくし、一変して上機嫌なると、一緒に風呂へと向かった。
◇◇◇
俺は風呂場で、恋歌の透き通るような白い体をボディーソープの泡で優しく手洗いしている。
恋歌はまだ湯船には浸かれないので、湯は溜めなかった。
「一緒に入るのは久しぶりですね。うふふ」
「一週間ぶりくらいかな?」
「六日ぶりですよ。ふふ」
「そんなもんか、なんか凄い長く感じたよ」
「私もです。うふふ」
俺は恋歌の体についた泡をシャワーで洗い流すと、彼女はお腹を擦った。
「傷が付いちゃいました。すみません」
「俺はそんなの気にしないから大丈夫だよ」
「一年くらいするとほとんど目立たなくなるってお医者様が言ってました」
「だから、俺はそんな傷は気にしないって」
俺は恋歌を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「嬉しいです。うふふ」
俺たちは風呂場から出ると、お互いの体を拭き合った。
そして、恋歌の髪のヘアケアを始める。
懐かしさもあり、俺の心は弾んでいる。
愛おしい髪の感触を感じながら、俺は作業を終わらせた。
リビング戻り、少しソファで寛いだら、寝る準備をして俺たちは寝室へ向かった。
二人でベッドに滑り込むと、お互いを求めて強く抱きしめあった。
久しぶりに感じた心地よい夜の温もりと甘い香りに、俺の胸には熱いものが込み上げた。
「壮真さんの温もりを感じます。えへへ」
「俺も恋歌の温もりを感じるよ」
「おやすみなさい。壮真さん」
「おやすみ。恋歌」
真夏の夜に、俺たちは強く抱き合いながら眠りについた。
(やっといつもの日常が戻ってきた)
読んでくださりありがとうございました




