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彼女の想いが重すぎる……  作者:


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第48話

七月に入り夏の地方大会が始まった。


初戦は俺が投げ、3対0の完封勝利と好調なスタートを切り、二回戦と三回戦は期待の一年生の小川が粘りの投球を見せた。


二回戦を4対2、三回戦が3対1でそれぞれ手堅く勝ち上がった。


四回戦は再び俺が登板し、5対0の今大会自身二度目の完封勝利を収めた。


続く五回戦を2対1で競り勝ち、ベスト8へと進んだ。


秀樹とマウンドで交わしたハイタッチの熱が掌に残る中、帰りのバスへと向かっていると、恋歌が小走りで歩み寄ってきて、そのまま俺の胸へとダイブしてきた。


「壮真さん!五回戦突破おめでとうございます!」

 

「ありがとう。恋歌。でも、汗臭いから離れた方がいいよ」


「壮真さんの汗は臭くないです!」


恋歌は俺の胸に顔を埋めると、くんかくんかと深く息を吸い込んで臭いをかぎ始めた。


「あ、あの、山口先輩は疲れているのでその辺で……」


背後から恐縮した様子で、マネージャーの猪鹿川さんが声をかけてきた。


「わかってるわよ。牛」


恋歌は俺から離れると、すれ違いざまに猪鹿川さんの胸をひと揉みした。


「きゃっ、な、何でいつも胸を揉むんですか!」


「そこに山(胸)があるからよ」


「登山家みたいな言い方はやめてください!」


「壮真先輩!やりました……ぐわっ」


今度は颯希が勢いよく俺に抱きつこうと突撃してきたが、恋歌の鮮やかな腕のガードによって見事に阻まれた。


「何で邪魔するんですか!」


「壮真さんに触れるには、私の許可がいるのよ。チビッ子」


「チビッ子って……ピンク先輩とそんなに変わらないと思うんですけど!」


(いつの間にか恋歌のあだ名が『ピンク』に固定されているな……)


「ふふん、この2cmの壁は大きいのよ」


(俺から見ればどんぐりの背比べだが、本人たちには死活問題らしい)


その後、俺たちはバスに乗り込み帰路へとついた。


◇◇◇


家に帰り、リビングのドアを開けると先に帰っていた恋歌が再び抱きついてきた。


「壮真さん。おかえりなさい」


「ただいま。恋歌」


俺はそっと瞳を閉じる恋歌に、軽いキスを落とした。


その後、恋歌と一緒に風呂に入る、いつものルーティン。


湯船で後ろから恋歌を優しく抱きしめていると、恋歌が声を弾ませていた。


「いよいよベスト8ですね!壮真さん!」


「うん、あと三回勝てば甲子園だね」


「壮真さんなら全部勝てますよ!甲子園へ応援に行く準備をしてないといけませんね!」


「ああ、恋歌のためにも頑張るよ」


風呂を出て恋歌のヘアケアを終えた後、晩御飯を二人で食べた。


そして、リビングで俺の膝に跨がる彼女を抱きしめながら寛いでいた。


「壮真さん。今夜もマッサージしますね」


「ありがとう。恋歌」


「ピッチャーは投げ終わった後のケアが大切ですからね」


恋歌のマッサージはかなり上達して、本当に助かっている。


「俺はただこうしてるだけでも、癒されてるけどね」


俺は恋歌の腰に手を回すと、ぎゅっと軽く抱き

しめる。


彼女の体温を感じることで、とても幸せな気分になった。


「私も癒されます。うふふ」


恋歌が顔を近づけると、自然と唇を重ねる。


とてもとても甘いキスだった。


そして、愛しい夜は更けていった。


◇◇◇


準々決勝は一年生の小川が踏ん張りを見せ、4対3で制し、──ついに準決勝へと駒を進めた。


そして、迎えた準決勝の朝、恋歌の勝利のキスをしてもらい俺は試合へと向かった。


この日も俺の左腕は絶好調。


恋歌の応援を背に受け、俺はただひたすらに左腕を振り抜く。


九回裏、1対0と一点のリード守ったまま、ツーアウト、ランナーなしで最後のバッターを迎えた。


恋歌の姿を確認すると、俺は力一杯左腕を振り抜く。


唸りを上げるストレートで十三奪三振を決めて、1対0の完封勝利を収めた。


決勝の相手は、春に三連発をくらった山田くんが率いる神宮寺学園に決まった。


家に帰ると、愛する恋歌の激しい口づけで俺は出迎えられ熱い包容をする。


俺はこんな楽しくて幸せな日々が、ずっと続いていくと思っていた……。


◇◇◇


──だが、運命の歯車は容赦なく俺たちの日常を狂わせる。


準決勝が終わった二日後の朝。


起きたときから恋歌の顔色が悪く、酷く辛そうだった。


彼女は朝食もとらずに、ソファに座っている。


「体調悪いのか?大丈夫か?」


「ちょっとお腹が痛いだけなので、心配しなくても大丈夫です」


「俺、練習休もうか?」


「いえ、大丈夫ですので行ってきてください」


俺はかなり心配だったが、重い足取りで練習へと向かった。


軽い練習とミーティングも終わり、俺は足早に帰路へついた。


何か嫌な予感がして、急いで家に帰るとそこに彼女の姿はない。


恋歌のスマホに電話をかけたが、呼び出し音が繋がらない。


途方に暮れて、リビングのソファへと深く腰かけ、スマホで着信履歴やメッセージを確認したが、恋歌からは一通もなかった。──その時、静寂を破るようにスマホが震えた。


画面に表示されたのは、和歌さんの名前だった。


俺は通話ボタンを押した。


『もしもし』


『あ、壮真くん……あのね……恋歌の事なんだけど……ちょっと入院する事になったの』


『え?入院ですか?』


ハンマーで頭を殴られたような衝撃が走った。


『なんで恋歌が!?病気なんですか!?』


『実は……詳しいことは医師から説明があるんだけど、明後日に手術が必要になって……恋歌の事は私が面倒をみるから……壮真くんは試合に集中して』


『恋歌の顔が見たいので、今すぐお見舞いに行きます!』


『……そう、恋歌も喜ぶわ』


俺は和歌さんから恋歌が入院している病院を教えてもらい、病院へとすぐに駆けつけた。


◇◇◇


病院で面会の手続きを済ますと、恋歌の入院している病室へと足を向けた。


「壮真さん!」


病室へ入ると、個室のベッドの上、ピンクのパジャマ姿の恋歌が座りながら、天使の微笑みを浮かべている。


「恋歌!大丈夫なのか!」


「大丈夫ですから、そんな心配しないでください。うふふ」


「でも、和歌さんが手術するって言ってたし」


「はい、明後日、手術をするみたいです。私、手術なんて初めてなので少し怖いです。えへへ」


俺に心配させないためか、無理に作ったような笑顔。


「……恋歌、何の病気なんだ?」


俺が何の病気なのか聞こうとした瞬間。


核心を聞こうとした、その瞬間──。和歌さんが病室へと入ってきた。


「あら、壮真くん。もう来てたの」


「恋歌が心配で……」


「愛されてるわね。恋歌は。ふふ」


「あの恋歌は何の病気なんですか?」


「……壮真くん、ちょっと自販機まで付き合ってくれない」


和歌さんは恋歌にチラリと目をやり、俺を促した。


きっと恋歌に聞かれてはマズい話なのだろう。


俺はそれ以上何も言わず、和歌さんの後を追い病室を出た。


誰もいない待合室のベンチに腰を下ろすと、神妙な顔をした和歌さんが話し始めた。


「……壮真くん。恋歌の手術はとても難しい手術らしいの」


「え?まさか命にかかわるとかですか?」


「…………」


和歌さんは何も言わず、とても哀しそうに目を伏せている。


頭が真っ白になった。それと同時に、恋歌を失うのではないかという底知れない恐怖が襲いかかり、体の震えが止まらなくなる。


「大丈夫ですよ。恋歌は強いですから」


俺は唇を噛みしめ、声を絞り出すように言った。


「そうよね。あの子なら、大丈夫よね……」


和歌さんは笑顔を作っているが、目から涙が零れていた。


◇◇◇


気づけば、どうやって帰ったのかもわからないまま自宅のリビングのソファに腰をかけていた。


いつもなら膝の上にあるはずの温もりはない。


恋歌が、俺の傍からいなくなってしまうかもしれない──。


底知れない恐怖が胸が締め付け、視界が急に少し歪んだ。


自分が涙を流してるのだと、気づくのに少し時間がかかった。


そんな時、恋歌のいない、静まり返っているリビングに、突如インターホンが鳴り響いた。


俺は玄関に向かい、引き戸を開けると、そこには猪鹿川さんが立っていた。


「こ、こんばんは」


「こんばんは。こんな夜遅くにどうしたの?」


「ぴ、ピンクのあ……じゃなくて、恋歌先輩に頼まれまして、これを」


猪鹿川さんはバッグから、弁当箱を取り出し差し出してきた。


「弁当?」


「恋歌先輩から『壮真さんをよろしくね』と連絡があって……。山口先輩、一人だと絶対何も食べないと思ったので、私、おにぎりを作ってきたんです」


「おにぎりか……、何か懐かしいね」


「中学生の時より上達してますので。へへへ」


「ありがとう。猪鹿川さん」


「い、いえいえ、では、私はこれで」


「あ、家まで送ってくよ」


「だ、大丈夫ですから」


「そうはいかないよ」


俺は遠慮する猪鹿川さんを家まで送り届けると、家に帰りおにぎりを一口食べた。


喉を通るそれは、さっきから溢れて止まらない涙のせいで、酷くしょっぱかった。


──気がつけば、俺は泣き疲れてソファで眠っていたらしい。


深夜、ふと目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは静まり返った暗闇だった


いつもなら隣にあるはずの、愛おしい恋歌の心地好い温もりがない。


その圧倒的な静寂と孤独が、俺をどんどん蝕んでいく。


(恋歌のいない生活がこんなに辛いとは思ってなかった……)

読んでくださりありがとうございました

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