第46話
昨夜の恋歌のお仕置きを耐えぬいた俺は、無事に朝を迎える事ができた。
なんだろう、足腰がガクガクしてまともに歩けない。
一体、俺はどんだけ搾り取られたんだろうか。
今日と明日が学校も部活もない連休で、本当に良かったと心から思う。
少し遅めの朝飯を食べ終え、リビングのソファで寛いでいると、インターホンが喧しく鳴り響いた。
俺の代わりに、恋歌がパタパタと小気味よい足音を立てて玄関に向かう。
その直後、リビングのドアが勢いよく開き──と思いきや、恋歌の後ろから姉ちゃんと聖愛が、なだれ込んできた。
聖愛は俺を見つけると、駆け足でやって来て、『だっこぉ』とおねだりするように両手をいっぱいに伸ばした。
俺が抱っこすると、聖愛は『きゃはは』と喜んでくれた。
二歳になって少し大きくなったが、まだまだ軽い。
「おっす。壮真」
姉ちゃんが我が物顔でドンッとソファに深く腰かけ、ふんぞり反る。
「何しに来たんだ?また義兄ちゃんがガールズバーでも行ったのか?」
「あれから恋歌ちゃんにスマホでの監視方法を教えてもらって、きっちり監視してるからその辺は大丈夫よ。あはは」
(義兄ちゃん……うちの恋歌が余計な事を教えちゃって……ごめんなさい……)
「なら、何しに来たの?」
「あんたが何度も浮気未遂を起こしたって恋歌ちゃんから連絡があったから、あんたを説教するために来たんじゃない!」
「いや、浮気しようとなんてしないから……俺……」
「恋歌ちゃんが嘘つくわけないでしょ!いい加減なこと言わないの!後はちょっとした報告もあって」
(……実の弟の俺の信用ゼロかよ)
「お義姉様、壮真さんはおモテになるので仕方ないです」
恋歌は目もとに、そっとピンクのハンカチをわざとらしく添えた。
(完全に嘘泣きだ)
「何言ってるの恋歌ちゃん!あなたみたいな可愛い婚約者がいるのに、浮気するなんてもう死刑よ!」
(浮気してないし、実の弟を簡単に殺すなよ)
「恋歌ちゃん、私はあなたの味方だからね」
「ありがとうございます……お義姉様……くっ」
(……なんだこの毎度の茶番は)
「ちょっとした報告ってなんだよ?」
「あ、妊娠したんだ。あはは」
「マジかよ!おめでとう」
「ありがとう。まあ、恋歌ちゃんには先週メッセージで伝えといたんだけどね」
「はい、サプライズで壮真さんには黙っておきました。うふふ」
(なんで実の弟より、恋歌の報告の方が先なんだよ……)
そんな中、聖愛が天使にしか見えない微笑みで俺を見つめてくる。
「そーま!あそぼ!」
俺に抱きついている聖愛が、恋歌以上の無邪気な笑みを浮かべて見つめてくる。
(俺の味方は聖愛だけだな)
「聖愛。その叔父さんは無自覚の女たらしだから気をつけた方がいいわよ」
(姪になんてことを言うんだ)
「よし、あっちの部屋にぬいぐるみがいっぱいあるから遊ぼうか」
俺は聖愛を抱いて、俺と恋歌の部屋へと向かった。
部屋へ入ると、壁一面に並べられている恋歌のコレクションのぬいぐるみに、聖愛は目を輝かせている。
聖愛はピンクのうさぎのぬいぐるみを指差した。
俺はそれを棚から取って聖愛に手渡したタイミングで、恋歌が部屋へ入ってきた。
聖愛は恋歌の前に小走りで駆け寄る。
「れんかちゃん、おままごとしよぉ」
「いいわね。うふふ」
恋歌は優しい微笑みを浮かべて、聖愛を見つめている。
「わたしがおかあさんで、このうさちゃんがこども」
(この流れだと俺はお父さんだな)
「れんかちゃんがおとうさんで、そーまはぺっとのわんちゃん」
(まさかの人間ではない、ペットの犬……!)
何だかよくわからないが、奇妙なおままごとが始まった。
「そーま、おて」
聖愛が小さな手のひらを、俺の目の前に差し出してくる。
「はいはい」
「わんちゃんはしゃべっちゃだめ!」
「……わん」
「そーま、はい、ごはん」
聖愛は恋歌が持ってきたボーロを手のひらに乗せ俺の前に差し出してきた。
俺はボーロを一つ摘まむと口に運んで食べた。
「わんちゃんはてをつかっちゃだめ!」
(うちの姪。演技指導が厳しすぎないか……!?)
俺は仕方なく四つん這いになり、聖愛の手のひらをペロリと舐める仕草をしてから、口だけでボーロをくわえ取った。
「そーま。おうまさん」
聖愛は俺の背中によじ登ってきて跨がった。
もはや犬でもなくなってしまった。
俺は聖愛を乗せて、部屋の中をぐるぐると周回する。
「きゃはは!」
聖愛は俺の背中ではしゃいでいる。
しばらくお馬さんごっこを続けていると、聖愛は眠くなったのか、俺の背中でこてんと眠ってしまった。
「寝ちゃいましたね。聖愛ちゃん。うふふ」
俺の背中でスースーと可愛い寝息を立てている聖愛を、恋歌が起こさないようにそっと抱きあげる。
「ふー、相手するのも疲れるな……」
俺がぐったりとカーペットの上に座り込むと、聖愛を抱っこしてる恋歌もちょこんと隣に腰を下ろした。
「でも、可愛いでしょ」
「まあね。──でも、恋歌の次に可愛いよ」
俺は恋歌の頭を優しく撫でると、彼女は少し照れながら、本当に嬉しそうに目を細めた。
「嬉しいです。うふふ」
どちらともなく少しだけ顔を近づけ、俺たちは軽いキスを交わした。
◇◇◇
リビングのソファでまだ夢の中にいる聖愛を抱っこしながら、俺はキッチンで昼食の支度をする恋歌を見守っていた。
「本当に甲斐甲斐しく働くわね。恋歌ちゃんは」
「いつも有り難いと思ってるよ」
「なら、浮気するんじゃないよ!」
姉ちゃんが、『この女の敵が』というふうに睨みつけてくる。
「だから、浮気してないし!する気もないよ!」
「年下の女の子に靡いてるって、恋歌ちゃんが言ってたわよ!」
(颯希のことだな……)
「ただの後輩のマネージャーだよ。俺は浮気なんて絶対にしないから」
「本当に?」
「俺の目を見ろよ。嘘をつくような目か?」
姉ちゃんが顔を覗き込み、俺の目をじっと見つめてくる。
「うーん、嘘ついてはなさそうだけど……。あんた、なんかめちゃくちゃ疲れてない?」
(ギクッ)
「も、もう、この話はもうやめよう」
「あ、もしかして夜がお盛んだったんでしょ。あはは」
「そ、そういうわけでは……!」
「照れない、照れない。若いっていいわね」
「姉ちゃんたちも、相変わらず仲良さそうでよかったよ」
「まあね。あはは」
「今日は泊まっていくの?」
「うん、そのつもり。よろしくね」
『お昼ご飯できましたよ』という恋歌の一言で聖愛も目を覚まし、俺たちはダイニングへと向かった。
暖かい空気の中で、いつもより賑やかな昼食が始まった。
◇◇◇
夕方になり、俺は恋歌と一緒に聖愛をお風呂に入れていた。
恋歌は聖愛の体を、優しく丁寧に洗ってあげている。
俺は自分の体をボディーソープの泡で洗いながら、その光景を眺めていた。
「れんかちゃん、おかあさんよりほそい」
「お義姉様も細いですよ。うふふ」
(俺が姉ちゃんにあんなことを言ったら、カミソリのような右ストレートが唸りをあげて飛んでくるだろう)
「でもおっぱいはおかあさんよりおおきいね」
「あら、そうかしら。えへへ」
(もし俺が言おうものなら、抉るような右アッパーでKOされているだろう)
そんな微笑ましい会話を聞きながら、やがて恋歌が聖愛の小さな体をシャワーで洗い流し始めた。
三人とも体を洗い終わると、俺たちは湯船へと入っていった。
恋歌が聖愛を抱っこして、俺が恋歌を後ろから軽く抱きしめるようにお湯に浸かっている。
「ふー、気持ちいいな」
「そうですね。うふふ」
「れんかちゃんのおっぱいやわらかい」
「聖愛ちゃん、くすぐったいです。ふふ」
「そーまもさわってみて」
「え?」
「はやくさわって」
「壮真さん。触っていいですよ。うふふ」
仕方ないので、俺はその豊かなふくらみを、後ろからそっと手のひらで包み込んだ。
「やわらかいでしょ!えへへ」
「……そうだね」
(姪の前で恋人の胸を揉む叔父さん……なんだこのカオスは……)
風呂から上がり、晩御飯を食べ終えると、聖愛が寝てしまったため姉ちゃんが客室というか、ほぼ姉ちゃんたち専用の部屋へと連れていった。
姉ちゃんと聖愛が居なくなったリビングのソファでは、恋歌が俺の膝の上に跨がってもたれ掛かっている。
「……壮真さん」
「……恋歌」
二人きりになり、油断した俺たちは深い口づけを交わした。
カチャッとドアが開く音がした。
姉ちゃんだった。
「あっ、ごめんごめん。邪魔しちゃったわね!あはは。おやすみなさい」
姉ちゃんはドアを閉めると、ニヤニヤしながら部屋へと戻った。
「……寝ようか」
「……そうですね」
恋歌も何かを感じたのか、俺たちは寝室へと向かうとベッドで抱き合いながら眠りについた。
(今日はさっさと寝よう)
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