第43話
野球部の練習を終えた俺は、たくさんの人から貰った誕生日プレゼントがパンパンに詰まったスポーツバッグを抱えて家路についた。
今日は俺の誕生日。
恋歌から、ご馳走を作って待ってますとメッセージが来ていたので、胸の高鳴りが止まらない。
リビングのドアを開けると、恋歌が小走りで駆け寄ってきた。
「おかえりなさい。壮真さん」
「ただいま。恋歌」
優しく抱きしめてからの軽いキス。いつものルーティンをこなすと、二人で風呂に入り、お互いの体を洗い合った。
風呂から上がり、リビングのソファに腰掛けていると、恋歌がダイニングテーブルに料理を並べ始める。
どうやら今夜は手巻き寿司パーティーみたいだ。
大きな皿にたくさんの魚介類やローストビーフなどが色鮮やかに並べられている。
「食事の用意ができましたよ。食べましょう」
恋歌の声に促され立ち上がり、俺はダイニングの椅子へと腰掛けた。
「壮真さん。何から食べます?」
「……じゃあ、サーモンお願いしようかな」
恋歌は手際よくサーモンの手巻き寿司を作ると、俺の前にそっと置いた。
「ありがとう」
わさび醤油に軽く浸し、口へと運ぶ。
「どうですか?」
「すごく美味しい」
「それは良かったです。うふふ」
「次は何にします?」
「ネギトロにしようかな」
「わかりました。ふふ」
恋歌はまたしても手際よくネギトロの手巻き寿司を作ると、再び俺の前にそっと置いた。
「ありがとう」
わさび醤油に軽く浸し、手巻き寿司を頬張る。
「どうですか?」
「すごく美味しいよ」
「良かったです。うふふ」
恋歌はとても嬉しそうに笑っていた。
それから手巻き寿司を堪能し、リビングのソファへと移動すると、今年も恋歌が予約しておいてくれた誕生日ケーキをテーブルへと置いた。
恋歌がホールケーキを綺麗にカットしている。
そして、ケーキをフォークで掬うと、俺の口へと運んできた。
「壮真さん。どうぞ」
「ありがとう」
俺は、目の前のケーキを頬張る。
お返しとばかりに俺も、ケーキをフォークで掬うと恋歌の口元へ差し出した。
恋歌は小さな口を目一杯開けて、あむとパクつく。
「美味しいですね。えへへ」
「うん、美味しいね」
お互いに食べさせ合いながらケーキを食べ終えると、恋歌が大きな紙袋を差し出してきた。
「はい、壮真さん。私からの誕生日プレゼントです」
「ありがとう。恋歌」
「いえいえ、気に入ってもらえると嬉しいのですが」
一昨年の誕生日プレゼントは手錠の形をしたネックレス。そして、去年は男性用貞操帯。過去のトラウマから一抹の不安を覚えつつ、恐る恐るその中身を取り出すと──中から現れたのは部活の荷物も余裕で入りそうな、大容量のグリーンのリュックだった。
「ありがとう!こういうの欲しかったんだ!」
初めて恋歌から、まともな誕生日プレゼントを貰った気がする。俺の胸に安堵が広がった。
「気に入ってもらえて良かったです、えへへ。色も壮真さんが好きなグリーンにしました」
「さっそく明日から使わせてもらうよ」
「……そんなに喜んでもらえるなんて、私、本当に幸せです。あっ、そうだ、これの記入もささっと済ませちゃってください」
恋歌は一枚の白い紙を取り出すと、ソファの前のローテーブルに置いた。
「れ、恋歌。これ何かな?」
嫌な予感がして、声がひきつる。
気のせいだろうか、白い紙にはピンクの文字で婚姻届とはっきりと書いてある。
「婚姻届ですよ。証人の欄には、うちの母とお義姉様にすでに記入してもらってますから」
「はっ!?」
(姉ちゃんからそんな話は聞いてないぞ)
「私の欄も記入済みなので、私の誕生日が来たら、その日に区役所に提出しますので。うふふ」
「……………」
逃げ道を完全に塞がれた。恋歌は瞳を爛々と輝かせ満面の笑みを浮かべている。
その瞳には、まるで書き終わるまで絶対に部屋から一歩も出さないといわんばかりの、圧倒的な圧があった。
もはや逆らえるはずもなく、全てを諦めた俺はカタカタと震える左手を右手で必死に押さえながら、必要事項を記入した。
「これで無事に結婚できますね。うふふ」
「……そ、そうだね」
「……壮真さん」
恋歌が、瞳をとじて俺にキスのサインを送ってくる。
俺は彼女をぎゅっと抱きしめると、深い口づけを交わす。
婚姻届が完成したせいか、恋歌はいつも以上に激しく燃え上がり、俺を執拗に求めてきた。
こうして誕生日の深い夜を終えた。
(これでいいんだ……俺は幸せなんだ……)
◇◇◇
誕生日の翌日、俺は恋歌から貰ったリュックを背負い朝練へと向かった。
昨夜の出来事のせいで寝坊してしまい、家を出るのが少し遅れてしまい内心は焦っている。
それでも何とか遅刻せずにすみ、部室の前に辿り着くと、秀樹と野球部員たちがぞろぞろと出てくるところだった。
「おはよう」
「おお、壮真。おはよう。今、日向さんが着替えているところだから入れないぞ」
「は?女子用の更衣室あるだろ。なんでここで着替えてるんだよ」
「遠いから面倒くさいんだって」
確かに、女子用の更衣室は元々は他の運動部が使っていたものなので、グラウンドから少し離れたところにある。
「そっか。待ってるからいいや」
「どうしたそのリュック?買ったのか?」
秀樹は俺のリュックに、羨ましいそうな目を向けてくる。
「恋歌からの誕生日プレゼントだ」
「へー、カッコいいリュックだな」
「だろ。ふふん」
「じゃあ、俺ら先行ってるわ」
「おう。着替えたらすぐ行く」
秀樹たちを見送ると、部室のドアが開き、颯希がひょっこり顔を出した。
「壮真先輩。おはようございます。入っていいですよ」
颯希はそう言うと、ドアを開けたまま部室の奥へと戻っていった。
「おはよう。入るぞ」
俺はすでに着替えが終わったのだと思い、なんの躊躇もなく部室へと入ったのだが──。そこに立っていたのは派手なスポーツ下着姿の颯希だった。
「まだ着替え終わってないじゃないか!」
俺は慌てて後ろ向き、颯希から視線を逸らした。
「壮真先輩。何で後ろを向いてるんですか?一緒に着替えましょうよ」
(この子は俺のことを男と思ってないのか?それともわざとやってるのか?)
「そんなことできるわけないだろ!早くユニホームを着ろ!」
「えー、なんでですか?壮真先輩、にひひ」
颯希は悪戯っぽい笑みを浮かべ、下着を見せつけるように俺の方に歩み寄ってきた。
(……これは完全にわざとだな)
「やめろ!早くユニホーム着ろって!」
「照れてるんですか?壮真せんぱーい」
颯希はそのまま俺に抱きついてきた。
下着姿の柔らかな体温が制服越しに伝わってくる。
(意外と胸あるな……ってそんなことを考えてる場合じゃない。こんなところを誰かに見られたら、確実に誤解される)
その時、部室のドアがギィーッと音を立てながらゆっくりと開いた。
「二人の声が聞こえると思ったら……山口先輩。なにやってるんですか……」
そこにはスマホを手にした猪鹿川さんが、呆然とした顔で立っていた。
「こ、これは違うんだ!誤解しないでくれ猪鹿川さん!」
「あーあ、見つかっちゃいましたね。私たちの関係。壮真先輩。にひひひ」
颯希は抱きしめてる腕の力を強め、柔らかなふくらみを押し付けてくる。
「離れなさい!颯希!猪鹿川さん!これは誤解だから!」
俺の言葉を華麗にスルーすると、猪鹿川さんは素早く指を動かし、スマホの画面をタップした。
ピコン、という送信音が部室に虚しく鳴り響いた。
(マズい。また恋歌に誤解される……そうだ、先に誤解を解いとくか)
スマホを取りだし、恋歌に電話しようとした瞬間、俺のスマホのバイブ音が鳴った。
『朝からお盛んですね』という恋歌からのメッセージ。
すぐさま、『今日の帰りを楽しみ待ってますね』と続いた。
(遅かったか……)
その日、鉛のような重い足取りで家へと帰ると、凄まじい夜のお仕置きが俺を待っていた。
(もう体がカラカラだ……)
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