第40話
春休みを迎えた我が校のグラウンドでは、強豪校の神宮寺学園との練習試合が行われていた。
午前中の練習試合では俺は登板がなかったので、はりきってマウンドへと向かっていった。
俺がマウンドに立つと、バックネット裏から恋歌の可愛い声が響き渡る。
「壮真さん!ファイト~!」
恋歌は胸にリボンが付いたピンクの肩見せミニ丈フリル花柄ワンピース姿で、背中にはこれまたピンクのうさみみ付きミニリュックを背負っている。
砂埃が舞う野球部のグラウンドにはおよそ似つかわしくない格好で、完全に浮いている。
だが、そこに恋歌自身の圧倒的な美少女オーラが加わったせいで、グラウンド中の視線が一気に彼女へと注がれる。
『あの子めっちゃ可愛くない』という囁き声があちこちから聞こえてきた。
(一生懸命応援してくれる恋歌のためにも、頑張らないとな)
気合いを入れた俺は全てストレートで押し切り、相手打線を三者凡退で切って取った。
一塁側のベンチに戻ると、満面の笑みを浮かべる秀樹が俺の隣に座った。
「ナイスピッチ!でも、四番は気をつけろよ」
「ああ、今年のプロ注目選手の山田だろ」
バックネット裏には、山田選手目当てのスカウトらしき人たちが大勢来ていた。
「プロでも通用するじゃないかってくらいのヘッドスピードがヤバイからな」
「まあ、頑張るよ」
うちの攻撃もあっさりと終わり、俺はひと息つく間もなく再びマウンドに登る。
「壮真さん!ファイト~!」
恋歌は周囲の羨望や困惑の視線など全く気にせず、胸の前で必死にガッツポーズを作っていた。
(……少しは周りも見ようね。恋歌)
右バッターボックスに入りバットをピンと立てて構える山田。
(……威圧感が半端ないな)
秀樹からのストレートのサインに頷き、俺はグラブを振りかぶり思い切り左腕を振った。
山田がフルスイング。凄まじい風切り音ともに放たれた打球は、バックネットに当たるファール。
それからも、ファールで粘られ、迎えた五球目の渾身のストレート──カキンッ、という乾いた音とともに打球は綺麗な放物線を描きレフトへと飛んでいった。
特大のホームラン。
──その後。
試合は四回表、1対1と緊迫した展開の中で、またしてもバッターボックスには山田。
今回も秀樹のサインは全てストレート。
三球目のインハイを突いた渾身のストレート。
カキンッ、と本日二度目の音が響き、またもやレフトへと大飛球になる。
二打席連続の特大のホームラン。
俺は呆然と、春の青い空を眺めるしかなかった。
七回表、2対2の同点で三度目の山田が軽くスイングをしてから右バッターボックスに入った。
秀樹のサインは三打席目も全球ストレート勝負。
ホームランに紙一重のファールが続くと、秀樹がタイムをかけマウンドへと歩み寄ってきた。
「力みすぎだぞ。もっと肩の力を抜けよ」
秀樹は肩を軽く上下させる。
「そうか?普通に投げてるつもりだけど」
「この打席も山田には全部真っ直ぐでいくぞ」
「大丈夫なのか?」
「ああ、任せておけ」
秀樹は、悪巧みでもしてそうな笑みを浮かべて戻っていった。
その後、山田は当たり前のようにレフトへ特大ホームランを叩き込んだ。
俺は、悔しさから歯を食い縛りながらただただ下を向いていた。
ふと、バックネット裏に目をやると恋歌が心配そうな顔をして俺をじっと見つめている。
(完璧なかませ犬だな……)
三本目のホームランを打たれたのが、結局、山田との最後の対戦となった。
その後、打線は一点も取れないまま試合は3対2で敗北した。
◇◇◇
帰路につくため、秀樹と校門に向かって歩いていた。
「いやー、やっぱり凄かったな山田は」
秀樹は少し呆れ気味に肩をすくめた。
「ああいうのがプロに行くんだろうな。三打席連続はさすがに凹むわ」
「俺もちょっとビックリしたよ」
秀樹はニヤニヤしながら、不敵に笑っている。
「おいおい、他人事みたいに言うなよ」
「いや、全部真っ直ぐだったしな。別に打たれても不思議じゃないよ。それに恋歌ちゃんが応援に来てたせいか、今日のお前は力みすぎだったよ」
最近、秀樹も高畑さんと同じく恋歌を恋歌ちゃんと呼ぶようになった。
(なんか、こいつに恋歌ちゃんって言われるとムカつくな)
「全部、ストレートのサインだしたのお前だろ!」
「敵に手の内見せてどうするんだよ。本番は変化球を織り交ぜるよ」
秀樹は不気味な笑みを浮かべている。
(わざと全部真っ直ぐ投げさせたのか……)
校門に近づくと、恋歌が俺のことを待っていてくれた。
秀樹は気を利かせたのだろう、『じゃあ、お先に!』と一人で先に帰っていった。
「壮真さん。帰りましょう。うふふ」
「……ああ」
「今日の事は気にすることないですよ。練習試合なんですし」
と、少し悪戯っぽく、小悪魔的に微笑む。
「まあ、そうなんだけどね……」
(さすがに三連発はメンタルにくる……)
恋歌は豊かなふくらみを遠慮なく俺の腕に押し付けてくると、天使のような微笑みを浮かべた。
腕に伝わる柔らかな感触と、彼女の優しい温もりに、俺のモヤモヤした気持ちはすっかり晴れていく。
(……癒されるな)
俺は恋歌と二人、歩調を合わせて家路についた。
ガラリと引き戸を開け、帰宅するなり、リビングで恋歌が俺に抱きついて可愛らしくキスをせがんでくる。
俺は、いつものように、恋歌の柔らかい唇にそっとキスを落とす。
その後、恋歌と一緒に風呂に入り、お互いの体を優しく洗い合う。
二人で湯船に浸かり、俺にもたれかかる恋歌を後ろからそっと抱きしめた。
風呂上がり、俺は洗面所の椅子に座っている恋歌の髪を、まずはタオルで丁寧に拭いた。
その後、流さないトリートメントを手のひらに伸ばし、毛先を中心に馴染ませていく。
彼女の頭皮につかないように指先を気をつけながら、いつものルーティンをこなしていく。
ウィィィンとドライヤーの温風を当てると、洗面所に恋歌の甘いシャンプーの香りがふわりと漂っていた。
指通りが良くなっていく恋歌の髪が、とても愛おしい。
そして、冷風を当ててキューティクルを引き締め、最後に優しくブラッシングをして終了した。
「よし、終わり」
「いつもありがとうございます。うふふ」
恋歌は湯上がりで桜色になっている頬っぺをさらに染めて、嬉しそうに目を細める。
恋歌の作った今日も美味しい晩御飯を食べ終え、リビングで少し寛ぐと、俺たちはそろそろ寝ることにした。
寝室のベッドに二人で寝そべると、恋歌が抱きついてきた。
「壮真さん。私にマッサージさせてください」
「マッサージ?」
「本を読んで勉強したんです。うつ伏せになってください」
俺がうつ伏せになると、恋歌は腰に跨がり、肩甲骨のまわりを優しく丁寧に揉みほぐしている。
「痛くないですか?」
「気持ちいいよ」
恋歌は、小さな手で一生懸命に絶妙な力加減で揉んでくれている。
「今日は珍しく悔しそうな顔をしてましたね。壮真さん」
「そうだった?」
「はい、いつもはあまり表情に出さないのに、珍しいなって」
「三打席連続ホームランを打たれたのなんて初めてだったからね」
「次は絶対に抑えられますよ」
恋歌の愛おしい声が胸に響いた。
「期待に応えられるように頑張るよ」
「長く揉むのは良くないらしいのでこの辺にしときましょう」
「肩が軽くなったよ。ありがとう」
俺は起き上がると、肩を軽くグルグル回した。
「なら、ご褒美をください」
恋歌はベッドの上に座り直すと、そっと瞳を閉じる。
俺は恋歌の華奢な肩に手を置くと、愛おしい恋歌の唇に自分の唇を軽く重ねた。
「寝ようか」
「はい!えへへ」
俺が横になると、恋歌は胸の上から抱きついてきて、満面の笑みを浮かべている。
お互いにもう一度そっとキスを交わすと、恋歌にぎゅっと抱きしめられ、俺は優しい温もりに癒されながらそのまま眠りについた。
恋歌との甘い生活の中で、春休みはあっという間に過ぎ去っていった。
◇◇◇
春休みが終わり、新学期が始まって俺たちは最上級生となった。
恋歌が作ってくれた朝食を食べ終え、学校へと向かう支度をすると、玄関で恋歌をそっと抱きよせて口づけを交わす。
いつものルーティンを終え、学校へと向かった。
俺の最後の戦いが始まった。
(甲子園か……)
読んでくださりありがとうございました
これで第2章は終わりです
第3章はまだ書いている途中です
すみません




