第39話
日曜日の朝、心地よい高揚感を覚えながら、俺は学校へ行く支度を進めていた。
今日は午前中に、三年生の先輩方の引退試合がある。
「いつもは起こされるまで寝てるのに、今日は早いのですね。うふふ」
「まあね、先輩方の最後の試合だしね」
「頑張ってくださいね。壮真さん」
恋歌は胸の前で、可愛く拳を握っている。
「ありがとう。頑張るよ」
「あ、あの、絶壁先輩にこれを渡しといてください」
恋歌は少し照れくさそうな顔をして、綺麗な包装紙に包まれた箱を俺の目の前に差し出した。
(その呼び方すると、また士門先輩に怒られるよ)
「なにこれ?プレゼント?」
「はい、ハンカチです」
「士門先輩に自分で渡せばいいのに、きっと喜ぶよ」
「それは少し恥ずかしいので……お願いします」
「わかった。渡しとくよ。ふふ」
「何ですか?その笑いは」
恋歌はほっぺをぷくぅっと膨らませる。
「可愛いなぁって思って」
俺が頭を撫でると、恋歌は嬉しそうな顔をして、小走りで部屋を出ていった。
ピンクのエプロン姿の恋歌が作ってくれた朝食を食べ終え、出がけに彼女といつものルーティン──軽い口づけを交わす。
「行ってらっしゃい。壮真さん」
「行ってきます」
愛する恋歌からのエールを背中に受け、俺は意気揚々と家を出た。
◇◇◇
春の暖かい心地よい風が吹くグラウンド。──残念ながら、今年の春の選抜に我が野球部が選ばれることはなかった。
グラウンドには懐かしい顔ぶれの三年生と、いつもの一、二年生が集まり、ウォーミングアップをしている。
皆、試合をすること自体が久しぶりだ。
投球練習を終えると、秀樹がマウンドへと駆け寄ってくる。
「今日はサイン無いから。全部真っ直ぐでいい。俺が構えたところにおもいっきり投げてこい」
「了解。全力でいくよ」
秀樹はキャッチャーマスクを被ると、満面の笑みを浮かべて定位置へと戻っていった。
いざプレイボールがかかると、体が軽く、おもいっきり左腕を振れる。今日の俺は絶好調だった。
三年生の引退試合だからといって、手を抜くのは最大の失礼だ。
俺のストレートが唸りを上げ、パァンッと乾いた音がキャッチャーミットからグラウンドに響き渡る。
ただひたすらに、全力投球、それだけをミットに投げ込んだ。
試合は七回裏二死ランナー無し、2対0で一、二年生がリードしている。
そんな中、代打でマネージャーの士門先輩がバッターボックスに入った。
俺はアウトコースに渾身のストレートを投げ続けた。
しかし、さすがはあの士門先輩。
バットにかすりもしないものの、きっちりタイミングを合わせてフルスイングをしている。
風を切るスイングの風圧が、マウンドまで届きそうだ。
(この人野球部のマネージャーじゃなくて、どこかの運動部に入ったら大活躍できたんじゃないか?)
ブンッという物凄いスイング音とともに空振り三振。
士門先輩ががっかりと肩を落とし、同時にゲームセットのコールが響く。
こうして、先輩方の引退試合は幕を閉じた。
士門先輩と秀樹がマウンドに歩み寄ってきた。
「結局、一本もヒットは打たれなかったな。まあ、今日は球が走ってたからな」
秀樹はニヤニヤしながら満足そうな顔をしていた。
「本当に速かったわ。全然、球が見えなかったわよ。女の子相手に酷いわよね」
「普通の女の子はあんな凄いフルスイングはできませんけどね」
「もっと手加減してよね。ふふ」
士門先輩は悪戯っぽく口元を緩め、楽しそうに笑っている。
「最後に見てもらいたかったんですよ。俺のストレート」
「いい思い出になったわ。ちょっと胸が熱くなった」
「またまた見栄はっちゃって、士門先輩は熱くなるほどの胸はないでしょ。あはは、……ぐえっ」
士門先輩のラリアットが秀樹の喉を見事に捉えた。
秀樹は、息ができないくらいの衝撃に悶絶しながら崩れ落ちていった。
(この光景を見るのも今日で最後か……)
試合が終わった後は、部室で三年生のお別れ会を始めた。
ちょっとした余興をやったり、三年生への寄せ書きを渡したり、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
帰り際、俺は部室の前で士門先輩を呼び止めようとしたら、猪鹿川さんが士門先輩に抱きついて泣いていた。
(恋歌と違って士門先輩は猪鹿川さんに優しかったからな。きっと寂しいのだろう)
俺は、その様子をそっと見守ることにした。
やがて、熱い抱擁が終わると、士門先輩が俺にに気づいて歩いてきた。
「何か用かしら?壮真くん」
「はい。ちょっと用事がありまして」
「何々?もしかしてコクられるのかしら?ふふ」
「いえ、それはないです」
「それって酷くないかしら。まあ、壮真くんにはあのおチビちゃんがいるからね」
「あの、これ、恋歌から士門先輩に渡してほしいって頼まれまして」
「おチビちゃんが?」
「はい、なんだかんだ、恋歌は士門先輩のことを気に入ってるみたいなので。士門先輩から誕生日に貰ったバレッタを今でも大事にしてますし」
「そうなんだ。あのおチビちゃんがね……何か嬉しいわね。後で直接お礼言っとくわ。ふふ」
士門先輩はとても嬉しそうに、聖母の微笑みを浮かべていた。
「期待されたのに、甲子園へ行けなくてすみませんでした」
伏し目がちに呟いた俺に、士門先輩は小さく首を振る。
「別に壮真くんだけの責任じゃないでしょ。それに謝るようなことではないわよ。ふふ」
「でも……」
「そんな顔しないの!今年の夏は期待してるわよ!応援してるからね!」
士門先輩はとびっきりの笑顔を見せると、親指を立てサムズアップした。
◇◇◇
夕方、家に帰ると、リビングでピンクのエプロン姿の恋歌が出迎えてくれた。
「おかえりなさい。壮真さん」
「ただいま。恋歌」
どちらともなく当然のようにお互いを抱きしめると、そっと口づけを交わす。
「引退試合はどうでしたか?」
「うん、楽しめたよ」
「うふふ、それなら良かったんです」
「あ、士門先輩喜んでたよ」
「そ、そうですか。えへへ」
恋歌は顔を赤く染めて照れている。
「汗かいたし、シャワー浴びてくるよ」
「私もご一緒します。うふふ」
二人で体を洗い合うと、湯船に浸かった。
俺は湯船に浸かりながら、士門先輩の言葉を思い出していた。
(もうすぐ、最上級生か……今度の夏で最後だな……)
「壮真さん?どうかしましたか?」
恋歌が不思議そうな顔で尋ねてきた。
「いや、もうすぐ三年生だなと思って」
「そうですね!私たちの結婚も近いですね!うふふ」
「……いや、そうじゃなくて」
「最初は女の子がいいですかね?」
幸せそうな微笑みを浮かべた恋歌がこちらに向きなおし、首に手を回し抱きついてきた。
(なんだろう?湯船に浸かってるのに寒いんだが……)
「……まだ、高校生だし、子供は早いんじゃないかな」
「楽しみですね!私たちの赤ちゃん!」
「俺の話を聞いてる?」
「壮真さん。えへへ」
恋歌は静かにキスのサインを送ってくる。
(ダメだ……俺の話を全然聞いてない……いつものことだけど……)
俺は恋歌の唇にそっとキスを落としたのだが、そのまま深い口づけへと引き込まれた。
激しく絡み合う舌と恋歌から漏れる吐息で、湯船で火照った体がさらに火照っていく。
湯船の中で、恋歌の甘い香りが鼻をくすぐり、愛を確認するようにお互いを求めて合い、やがて恋歌の豊かなふくらみを俺の手のひらが優しく包み込み、丁寧に揉みしだいた。
恋歌の二つの果実の可愛い小さな先端を指でじっくり弄ぶと、それは甘い熱を帯びて主張を強くしていく。
「……あ……うん……」
恋歌の甘い吐息が漏れだす。ゆっくり唇を離すと、恋歌の口元から粘り気のある銀糸が垂れていた。
「……はあ……はあ……ははあ……」
恋歌の激しい息遣いが、耳元で囁かれる。
「……壮真さん。続きはベッドでしましょう」
恋歌は俺の手を強引に引っ張り、風呂場から出ると、お互いの体を急いで拭いてから寝室へと向かった。
俺たちはお互いの熱を確め合うかのように、一晩中、激しく肌を重ね合わせた。
(明日……朝練だったな……)
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