第37話
猪鹿川小蝶視点
中学生になった私は、クラスに馴染めなかった。
元々、人見知りで引っ込み思案な私は、自分から話しかけることができず、友達ができなかった。
いじめられてるわけではないが、完全なぼっちになっていた。
いつも教室の隅にある私の席で、一人でラノベを読んでいる。
そんな味気ない日々が続く中、あの人と出会った。
あれは中学二年生になったばかりの春の日。
放課後。私は、亡くなった母からもらった手作りのキーホルダーを無くして途方にくれていた。
どこで落としたのかもわからず、ただ広い校庭を一人で探していると、突然後ろから声をかけられた。
「君、ずっといるけど何しているの?」
「ひゃい!?」
急に声をかけられて焦った私は、思わず変な声を漏らしてしまう。
心臓が口から飛び出るかと思った。
「あ、びっくりさせちゃったかな。ごめんね」
振り返ると、そこにいたのは、爽やかな表情で穏やかに佇む男子生徒だった。
優しそうな笑みを浮かべるのが、とても印象的だった。
「い、いえ、大丈夫です」
「それで何してるの?何か探し物?」
「た、大切な物を落としたみたいで……」
「大切な物なの?どんなの?」
「な、亡くなった母が作ってくれたキーホルダーです……」
「それは大変だ!俺も探してあげるよ!」
彼はただ優しい笑みを浮かべて、一緒にキーホルダーを探してくれた。
もうすぐ十八時。校門が閉まりそうになった時には、彼が先生に必死に頭を下げて、何とか五分だけ時間を引き延ばしてくれた。
そして、タイムアップ寸前。私が諦めかけたその時。
「ねえ、これじゃない!?」
彼は汗を拭いながら走ってきて、手のひらの上のキーホルダーを差し出してきた。
「こ、これです!」
「見つかって良かったね」
「あ、ありがとうございます……!」
私は、何度も彼に頭を下げた。
その後、彼の名前が『山口壮真』さんということがわかった。
他人と話すのがあんなに怖かった私が、クラスの女子に勇気を振り絞って聞き込みをしたのだ。
山口先輩は野球部のエースで学校の有名人だったらしく、名前とクラスはすぐに判明した。
それから私の世界は先輩中心に回り始めた。
山口先輩の部活が終わるのを物陰からそっと見守り、彼が帰路につけば、その麗しい背中を一定の決して見失わない距離を保って追跡する。
自宅を特定してからは、早朝から先輩が家から出てくるのを待ち伏せし、姿を現したらその背中をこっそり追う。
ここから、私たちの誰にも邪魔されない『愛の登下校』が始まったのだ。
もっと彼を近くに感じたくなった私は、先輩が部活に打ち込んでる隙にこっそり部室に忍び込み、彼の脱ぎ立ての制服から先輩の残り香を胸いっぱいに吸い込む。そんな、天国のような幸せの日々はあっという間に過ぎ去り、季節は夏になった。
山口先輩の中学生最後の大会が、もうすぐ始まる。
私も力になりたくて、手作りのおにぎりを作り、山口先輩の教室を訪ねた。
「えっと、何かな?」
「こ、これ良かったら食べてください!!」
愛おしい先輩の顔を至近距離で見るのが耐えられず、私はおにぎりの入ったお弁当箱を押し付けると、逃げるようにその場を後にした。
「え?ちょっと!」
という山口先輩の困惑した声が背中に刺さる。心臓がバクバクして倒れそうだったけど──うん、大成功だ。
それから、何度もおにぎりを渡したが、私がいつも逃げ出してしまうため、まともに話す事はできなかった。
夏の大会は、全試合全力で応援に行ったが残念ながら準々決勝で負けてしまった。
私の愛が足らなかったのだと反省した。
部活を引退した先輩は受験勉強に忙しいみたいで、図書室にいることが多くなった。
私は、勉強に励む山口先輩の真剣な横顔を、陰からこっそり眺める日々を過ごした。
やがて山口先輩は無事に志望校に合格し、桜を咲かせることができた。
そして、私が来年受験する高校も決まった。
もちろん山口先輩と同じ高校だ。
先輩の卒業式。山口先輩の第二ボタンが欲しかったけれど、どうしても勇気が出なかった。
このままではダメだ。そう思った私は、まずは外見から変えることにした。眼鏡をコンタクトに変え、お下げ髪もほどいて、美容院でセミロングにカットしてもらった。
山口先輩が卒業して、二人の『愛の登下校』は一旦の休止を余儀なくされた。でも、山口先輩の自宅に毎朝挨拶しに向かうルーティンは変わらない。
そして、迎えた山口先輩の高校の入学式。
駅まで山口先輩の後ろをこっそりついて行き、改札に入るのを見届けてから自分の学校へと向かう。
その日は中学校を仮病で早退し、帰りも駅で出待ちして、家まで彼の背中を優しく見守るように追いかける。
これが、私たちの新しい愛の形。
今日もそうして、山口先輩の安全を見守っていたのだが。──その時、突如として、それは起こった。
突然、山口先輩の前に泣き腫らしたような赤いアイメイクをした小柄な女子高生らしき不届き者が現れたのだ。
女の私から見てもとても可愛らしい人だった。
でも、それと同時に何とも言えない背筋を凍らせる怖さを感じる。
その女子から山口先輩が何かを受け取っている。
そして、その女子は山口先輩の腕にいきなり図々しくも抱きつくと、二人で歩きだした。
私は二人の後を尾行すると、二人は改札へと消えて行った。
誰なの?彼女?いや、山口先輩にそんな存在はいないはず。
私の、私だけの山口先輩が汚されていく。
ある日の朝。山口先輩の家に行ったら、家の前にあの女子が立っていた。
その女子は山口先輩の家を眺めながら微笑んでいる。
はっきりいって不気味だ。
それから次の朝も、あいつは来ていた。
雨の中、傘をさしながら山口先輩の家を眺めながら微笑んでいる。
昨日よりも、確実に不気味さが増している。
あいつがインターホン押すと、山口先輩が顔を出した。
かなり困惑してるように見える。
そりゃそうだ、あんな不審者が毎朝家の前にいたら怖い。先輩がかわいそう。
私は確信した。
あいつはストーカーだ。
朝、山口先輩の家に行きストーカー女をなんとかしようと、待っていたら私はさらなる驚愕の光景を目にした。
あのストーカー女が、山口先輩の家の中に不法侵入しようとしてるのだ。
山口先輩は必死に抵抗している。
頑張って山口先輩!そのストーカー女は危険よ!
先輩の抵抗虚しく、ストーカー女が家の中に入ってしまった。
先輩の身が心配でたまらなくなった私は、やむを得ず先輩の家の敷地へと侵入し、窓のカーテンの隙間から中を覗いた。
よく見えないが、どうやらストーカー女が料理をしているみたいだ。
あいつ、先輩に何を食べさせる気なの?毒?──それとも媚薬!?
湧き上がる怒りで、私は肩を震わせていた。
私は山口先輩がそれを無事に食べ終わるのを、じっと窓の外から監視を続けた。
今日は休日だけど、胸騒ぎがして山口先輩の家へと向かった。
先輩の家につくと私は驚愕した。
全身ピンクに着こんだ物体が、先輩の家を眺めながら微笑んでいる。
よく見たらストーカー女だった。
今までで一番不気味だった。
その後の私の徹底的な監視により、あのストーカー女はいつの間にか、山口先輩の家に住み着き、あろうことか二人が交際し始めたという事実を突き止めた。
きっと、山口先輩はあのピンクのストーカー女に騙されてるんだ。
私が助けてあげないと!!
まずは、あのストーカー女が何者なのか調べよう。
山口先輩は、私と結ばれるのは運命の糸で決まっている。
あんなストーカー女と付き合っているのはおかしい。
絶対に渡さない。
山口先輩は私だけのもの。
あんな不気味なストーカー女なんて山口先輩には相応しくない。
私は山口先輩を見守りながら、受験勉強を頑張り、先輩と同じ高校に合格することができた。
待っててね!私が山口先輩の目を覚ましてあげるから!
この頃の私はあのピンクの悪魔の本当の怖さを知らなかった……。
読んでくださりありがとうございました




