第35話
夜、恋歌が真剣な表情で発見器を片手に持って部屋の中をうろうろしている。
俺はふかふかのベッドの上に寝転びながら、その姿をぼーっと眺めていた。
「壮真さん!発見しました!」
恋歌はコンセントの蓋をマイナスドライバーとプラスドライバーを器用に使って開けると、指先ほどの黒い塊を取り出した。
「それが盗聴器なの?」
「はい!こんなもの仕掛けるなんて常識という概念が欠如してるのですかね!母は!」
(君がそれを言う?家に君が仕掛けたやつも撤去してほしいんだけど)
ハンマーで盗聴器を叩き壊すと、恋歌はドアの方に歩いていった。
「さて、後はこれを設置して終了です」
恋歌は、赤く点滅する物騒なセンサーをドアの隙間に固定した。
「恋歌。なにそれ?」
「防犯ドアアラームです。深夜に『やつ(母親)』がまた侵入してくるかもしれませんからね」
(おいおい、ついに自分の母親をやつと呼ぶようになったよ)
「これでよしっと」
カチリ、と施錠される音が、別荘の夜に重く響いた。
──直後。
ふわりと甘い香りが鼻を突き、柔らかく心地よい重みが胸に乗る。
「壮真さん。これで今夜はお邪魔虫を気にしなくて大丈夫ですよ。うふふ」
恋歌はそのまま俺にのしかかるように抱きついてくると、熱を帯びた唇を重ねてきた。
侵入を拒む隙もないほど、滑り込んできた舌が執拗に絡みつく。
鼻をくすぐる恋歌の甘い香りと、パジャマ越しに伝わる体温。俺を抱きしめる腕に力がこもり、彼女の熱量が伝わってくる。
我慢の限界だった。俺も背中に手を回し、激しく舌を求めていく。
恋歌のピンクのパジャマ、その第一ボタンに手を掛けた──その時だ。
……コトッ。
静まり返った部屋に、場違いの音がクローゼット奥から響いた。
恋歌は、素早く大きなクローゼットへと向かいドアを開いた。
──そこにいたのは、ワイングラスを片手に優雅に微笑む和歌さんだった。
「なにしてるんですか!!お母さん!!覗きですか!!」
恋歌は、顔を林檎のように真っ赤にして怒っている。
「恋歌の事だから私を入れないように何か仕掛けてくると思ったから、前もって侵入しといたのよ。ふふ」
「笑いごとではありません!!さっさと部屋を出ていってください!!」
「私の事は気にしないでいいから、さっきの続きを始めちゃっていいわよ。ふふふ」
「母親の前でできるわけないでしょ!!」
(そういう常識はあるのね)
「……寂しかったのよ。明日には、恋歌は壮真くんと帰っちゃうでしょ。恋歌とまたしばらく会えなくなっちゃうし」
和歌さんはワイングラスをテーブルに置くと、手を目の下にやり少し涙ぐんでいる。
(やっぱり、娘に会えないのは寂しいんだな。今夜は親子水入らずで寝かせてあげるか)
「恋歌。今日は和歌さんと二人で寝たらどうだ?俺は別のところで眠るから」
「壮真さん。騙されてはいけません。お母さん。それ嘘泣きですよね?何が目的ですか?」
「ふふふ、バレちゃった?別に目的なんかないわよ」
和歌さんは、悪戯っぽい笑みを浮かべると舌をぺろっと出した。
(俺の善意を返してほしい)
「早く部屋から出ていってください!!」
「お母さん。一人じゃ寂しいのよ。昨日みたいに、親子三人で寝ましょうよ。ふふ」
「ダメです!!」
「壮真くんは私と寝るのはいや?」
「……別にいやではないですが」
「壮真さん!!『やつ』を調子に乗らせては駄目です!!」
「でも、なんか和歌さんがかわいそうだし」
「壮真くんは優しいのね。さすが義理の息子ね。それに比べて実の娘は、絶対零度より冷たいわ……」
和歌さんは物凄いジト目で恋歌を見つめている。
「な、なんですか?その目は」
「明日は家に帰っちゃうんだし、最後の夜は三人で寝ましょうよ。一人で寝るのなんて、母さん寂しいな」
「わ、わかりました。今夜だけですよ。絶対に壮真さんに変なことしないでくださいね」
「義理の息子にそんなことするわけないでしょ」
と言いながら和歌さんは服を脱ぎだした。
「さっそく、なにしてるんですか!!」
「私、寝るときは全裸なの知ってるでしょ」
結局、俺は親子に挟まれて川の字で寝ることになったのだが。
右腕には恋歌のいつもの柔らかな感触、左腕には和歌さんの熟れた果実を思わせる暴力的な弾力、俺の理性という名の防波堤が、今にも決壊寸前だった。
しかし、何やら和歌さんの手がもぞもぞと動きだし、俺の下半身へと近づいてきた。
もう少しで、和歌さんの指先が俺のジュニアに触れそうになったその時。
恋歌が和歌さんの腕をがっちりと掴み、俺のジュニアから遠ざけた。
「お母さん!!なにしてるんですか!!」
「壮真くんの『息子さん』にご挨拶しようかと」
「挨拶なんかいりません!!早く寝てください!!」
「恋歌。痛い、痛い、爪が食い込んでるわよ!」
「私の壮真さんの息子に、手をだそうとするお母さんが悪いんですよ」
そんな攻防がしばらく続いた後、二人とも疲れたのかすやすやと寝息を立てて寝てしまった。
こうして俺の長い夜は幕を閉じた。
翌朝、あろうことか、自分が仕掛けた『罠』の存在を綺麗さっぱり忘れていた恋歌が、寝ぼけ眼で不用意にドアを開け放った──その瞬間。
──ピィィィィィィィィッ!!!
静寂を切り裂き、鼓膜を容赦なく蹂躙する電子音が、静寂な別荘中に鳴り響く。
──まさしく自業自得。
びっくりして飛び起きた和歌さんが、破壊力抜群の二つのふくらみを俺の胸に押し付けおもいっきり抱きついてきた。
「恋歌!朝からうるさいわよ!」
◇◇◇
次の日。昼食を終えると、愛瑠歩烈度の兄貴が運転するリムジンに揺られ、我が家へと帰着した。
帰り際、一瞬、和歌さんが寂しげな表情を浮かべた気がした。
俺はリビングのソファに深く腰かけ、旅の疲れからしばし微睡んだ。
(別荘では、色々あってかなり疲れたけど、とても楽しかったな)
──そんな心地よい思い出に浸ってるうちに、俺は深い眠りへと落ちていた。
目が覚めると、優しい温もりのブランケットが体を包んでいる。
「あ、目が覚めましたか?」
隣を見ると、恋歌が子犬のような瞳で俺を覗き込んでいた。
「……恋歌がかけてくれたの?ありがとう」
「いえいえ、私の壮真さんが風邪を引いたら大変ですから」
恋歌は俺の唇にそっと柔らかな熱を残すと、楽しげな足取りでキッチンへと向かう。
(そういえば、恋歌の手料理食べるの久々だな)
包丁がまな板を叩くリズム。漂ってくる食欲をそそる香ばしい匂い。
別荘での大騒ぎが嘘のような、愛おしい日常が戻ってきたのだと感じた。
『晩御飯できましたよ』という恋歌の声と共に、俺はダイニングテーブルへと向かった。
テーブルの上には、恋歌の美味しそうな手料理が所狭しと並べられている。
俺はふっくらバター蒸しハンバーグを箸で切り分け、口に運んだ。
(やっぱこれだよね)
「お味はどうですか?」
「凄く美味しいよ。やっぱり恋歌の作る料理が世界一だね」
「え、そんなに褒められると照れちゃいますね。うふふ」
「恋歌。あーん」
俺はハンバーグを箸で一口サイズにすると、恋歌の口元に運ぶ。
「ありがとうございます。はむ……っ」
もぐもぐ嬉しそうに咀嚼すると、今度は恋歌が俺に向かってハンバーグを差し出してきた。
「あーん」
俺はハンバーグを頬張ると、愛おしさが極まって恋歌の肩を抱きしめた。
「恋歌。愛してるよ」
「私もですよ。壮真さん」
そんな甘いやり取りを続けながら、俺たちは楽しい晩御飯の時間を終えた。
◇◇◇
その後、恋歌と二人で風呂に入ると、俺は恋歌に頭を洗われていた。
「痒いところはないですか?うふふ」
「うん、大丈夫だよ」
「洗い流しますね」
「よろしく」
温かなシャワーが泡を洗い流すと、続いて、コンディショナーを滑らかな手つきで馴染ませてくれた。
そのままシャワーで洗い流され、体にボディーソープを優しく擦り付ける、俺の息子も優しく洗い上げる。
「母からここを守れて良かったです。うふふ」
(あれは和歌さんが、恋歌をからかっていただけだと思うけど)
シャワーで綺麗に体を洗い流されると、二人で湯船に浸かった。
「やっぱり恋歌と二人だと癒されるね」
「え、そうですか?嬉しいです」
「別荘の広い温泉も良かったけど、こうやって恋歌とぴったりくっついてるのが、何か落ち着くね」
「ふふ、私も壮真さんからこうやって後ろから抱きしめてもらえると何か落ち着きます」
風呂から上がり、お互いの体をバスタオルで丁寧に拭き終わると、深いキスを交わした。
そのまま吸いよされるように寝室になだれ込み、お互いを情熱的に求め合う。深く長い夜、俺たちは愛を確かめ合うように、何度も何度も重なり合った。
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