第34話
朝、いつもの胸の上の柔らかい温もりを感じながら目を覚ました。
重い瞼を開けると、恋歌が豊かなふくらみを俺の胸に押し付けるように抱きつき、すうすうと愛らしい寝息を立てている。
家のベッドよりふかふかで大きなダブルベッドだったせいか、実によく眠れた。
だが、意識がはっきりしてくるにつれ、右腕に奇妙な違和感を覚え始める。
(……なんだ、この右腕に当たる尋常じゃない柔らかさの温かいものは?)
恐る恐る横に目をやった俺は、文字通り度肝を抜かれた。
なんと、全裸の和歌さんが俺の右腕にしがみついて寝ているではないか。
俺は慌てて恋歌の肩を左手で揺すり、恋歌を起こした。
「……ん……おはようございます。壮真さん」
「恋歌……和歌さんが隣で寝てるんだけど……」
「なにしてるんですか!!お母さん!!」
恋歌の怒鳴り声で目を覚ました和歌さんは、気だるげに上半身を起こした。
すると、白いシーツがするりと落ちて、和歌さんの豊満な二つの小玉スイカが露になった。
(昨日も見ちゃったけど……本当にでかいな……)
「……朝からうるさいわね」
「なんて格好してるんですか!!服を着てください!!」
「私は昔から寝るときは何も着ないのよ。恋歌も知ってるでしょ。って言うかあなたも全裸じゃない」
「それは昨夜は壮真さんとごにょごにょ……じゃなくて、なんでここで寝てるんですか!!お母さんの部屋は他にあるでしょ!!」
「あなたたちの激しいエッチも終わったみたいだから、一緒に寝ようかと思って」
「なんで、お母さんがそんなことを知ってるんですか!!」
「娘のことなら何でもわかるのよ。母親だからね。ふふ」
(絶対あるだろ盗聴器……)
◇◇◇
昼間、和歌さんが庭でBBQをやろうと言い出したので、愛瑠歩烈度さんやメイドさんたちがタープテントを設置してBBQ の準備を始めた。
「壮真様。どうぞお召し上がりください」
愛瑠歩烈度さんが、高そうな牛肉や野菜などを盛り付けた取り皿を俺に丁寧に差し出してきた。
「ありがとうございます」
俺は軽く会釈してから皿を受け取ると、肉を愛瑠歩烈度さんお手製のタレに付けて口にした。
(めっちゃ美味しい。肉の質も最高だけど、なにこのタレ。信じられないくらい旨いんだけど)
「どうですか?お口に合いましたでしょうか?」
「最高に美味しいです!特にこのタレの味が格別ですね」
「それは幸いです。フフフッ」
愛瑠歩烈度さんは、嬉しそうにニヒルな笑顔を浮かべている。
「愛瑠歩烈度さん。私にもお願いします」
隣に立っている恋歌が愛瑠歩烈度さんにお願いしてる。
「どうぞ、恋歌お嬢様」
愛瑠歩烈度さんが綺麗にバランスよく取り分けられた皿を恋歌に渡した。
「ありがとう。愛瑠歩烈度さん」
「こうやって恋歌お嬢様と、バーベキューをするのは恋歌お嬢様が子供の頃以来ですね」
「懐かしいですね。うふふ」
「子供の頃の恋歌ってどんな感じだったんですか?」
俺は素朴な疑問を愛瑠歩烈度さんに投げ掛けた。
「そうですねえ。一言で言えば独占欲が尋常じゃなかったですね。執着心も人一倍ありました」
「……そうですか」
(今と変わってないじゃん)
「後は、一度欲しいと決めたものはどんな事をしてでも必ず手に入れてましたね」
「……へー」
(聞かなきゃよかった)
「確かあれは恋歌お嬢様が四歳の時。猫好きな恋歌お嬢様がイリオモテヤマネコを見たいと言ったので、私は恋歌お嬢様の誕生日プレゼントに、イリオモテヤマネコを捕獲しようと西表島まで向かい、一ヶ月探し続けたのですが、見つからず。途方に暮れて帰ったら、恋歌お嬢様は笑顔でそんなこと言ったっけと仰ってくれました。あのお心遣いは今でも忘れません」
(いや、普通に忘れてただけだろ。子供だし、それより特別天然記念物を捕獲したら反対にあなたが捕まるよ)
「妙にすばしっこい小汚ない猫は捕まえたんですが、すぐにリリースしました」
そう言うと、愛瑠歩烈度さんはスマホをタキシードの内ポケットから取り出すと、猫を捕まえてる写真を俺の目の前に差し出した。
(いや、それがイリオモテヤマネコだから。小汚ない猫とか言ったら怒られるよ)
「やだ。照れちゃいます。えへへ」
恋歌は桜色に染めた頬に手をやると、恥ずかしそうに照れている。
(今の話のどこに照れる要素があった?)
「愛瑠歩烈度さん、ワインのおかわりお願いします」
向かいの席で、ワイングラス揺らす和歌さんが彼を呼んだ。昼間から酒浸りだが、その姿には、どこか大人の妖艶さが漂っていた。
「かしこまりました。では、お二人とも失礼いたします」
愛瑠歩烈度さんは俺と恋歌に綺麗なお辞儀をすると、ワインボトルを手に和歌さんのところへと向かった。
「恋歌。そういえばお義父さんはなんで来てないの?」
「父は南の離島で左遷……ではなくて長期出張中なんです」
(今、はっきり左遷って言ったよね!?)
「……何かあったの?」
「父は性懲りもなく、また会社の女性と『親睦会』と称して二人きりのディナーに行こうとしたのが母の逆鱗に触れまして……。今は最果て、電気もガスもない南の孤島でサバイバル出張中です」
「そ、そうなんだ」
(聞かなきゃよかったよ)
「今回は、母がかなり怒ってたので三年は帰ってこれないと思いますよ」
(それで酒ばっか飲んでるのか?)
平和な(?)BBQ を終え、別荘へと戻ろうとしたその時、俺の背筋に冷たいものが走った。
庭の茂みから、立ち上がれば170cmくらいありそうな巨体。その瞳は血走り、明らかにこちらを獲物と定めている。
都会では、ほぼ遭遇することはない巨大な野生の猪だ。
「……そ、壮真さん、私、怖いです」
恋歌が、体を震わせながら俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。
(マズいぞ、猪を恋歌から引き離さないと、恋歌が危ない!)
「恋歌。ごめん、手を離して」
「え……壮真さん……っ?」
俺は少し強引に恋歌を突き放し、手頃な石を手に持つと猪の鼻に目掛けておもいっきりぶん投げた。
そして、すぐさま恋歌と反対方向に走りだす。
作戦は上手くいって、猪は俺の方に食い付いてきた。
地響きのような足音と共に、巨体が物凄いスピードで俺に迫ってくる。
猪は時速50kmくらい出るとかいうし、走って勝てるわけがない。だが、恋歌が無事ならそれでいい。一瞬で追いつかれ半ば諦めていたその瞬間。視界の端から黒い影が割り込んできた。┄┄ドスンッと後ろで凄い音がした。
振り返ると、愛瑠歩烈度さんが猪の腹をがっちりと掴んでいた。
そのまま巨体を軽々と持ち上げると、力任せに頭から地面へと叩きつける。
ドォォォンッという地面が割れるような物凄い音が響き渡った。
何度かそれを繰り返すと、先ほどまで猛威を振るっていた獣はぐったりとして動かなくなった。
「壮真様。お怪我はありませんか?」
「はあはあ……大丈夫です……助かりました……ありがとうございます」
俺は胸を押さえながら、呼吸を整えていた。
「壮真さん!大丈夫ですか!?」
今にも泣きそうな顔して、恋歌が走ってきた。
「……心配しないで、大丈夫だから」
「愛瑠歩烈度さん、壮真さんを助けてくれてありがとうございます!」
恋歌は愛瑠歩烈度さんに深々と何度も頭を下げる。
「頭を上げてください。恋歌お嬢様の大切な方を助けるの当然のことです。私は恋歌お嬢様のためならどんなことでもやりますよ」
愛瑠歩烈度さんは『いいぼたん鍋が作れそうですね』と呟くと、猪をひょいっと持ち上げ肩に担いで歩いていった。
(……野生の猪に素手で勝てる人間がいるとは。今度から心の中で兄貴と呼ばせてもらおう)
◇◇◇
夕方、俺は一人で大浴場へと向かっていた。
恋歌と一緒に行こうと思ったのだが、『お母さんから壮真さんの大事な息子を守らないといけませんので』と言われたので、お母さんを見張る恋歌を置いてきて、広い廊下を歩いている。
「壮真様。どちらへ?」
大浴場の入り口の前で、愛瑠歩烈度の兄貴と遭遇した。
「お風呂には入ろうかと思いまして」
「私もご一緒してよろしいですか?」
「全然大丈夫です」
二人で温泉に入る事になった。
間近で見た兄貴の体は圧巻だった。
凄まじい傷跡と鋼のような筋肉、股間には物凄いバットをぶら下げていた。
俺は体を丁寧に洗うと、兄貴と二人で温泉に浸かった。
「壮真様は、野球をやってるだけあって素晴らしい筋肉をしていますね」
「……ありがとうございます」
(その半端ない筋肉の人に褒められても)
「壮真様。一つ質問してもいいですか?」
「はい?なんですか?」
「恋歌お嬢様の事を何があっても、一生大事にしてくださるのですよね?」
「……え?、はい、大事にします」
「それを聞いて安心しました。壮真様はお嬢様を裏切るような事はしないのは調査済みですが、もし、裏切るようならこの手で抹殺するしかなかったので。フフフッ」
(今、流れるように物凄い怖いこと言ったよね?)
俺は、それから温泉に入ってるのになぜか寒気しかしなかった。
(恋歌と別れるつもりはないのだが、別れられない大きな理由ができた……)
読んでくださりありがとうございました




