第33話
恋歌の家の別荘に行く日の朝。玄関の引き戸をガラリと開けるた俺は、目の前の光景に、思わず目を見開いた。
家の前に、場違いなほどの高級リムジンが鎮座していたからだ。
運転席から降りてきたのは、黒のタキシードがピチピチではち切れんばかりの、銀髪ゴリマッチョのイケオジ。彼は俺と恋歌を一瞥すると、見事な動作で一礼した。
「初めまして、壮真様。私、本日、運転手を務めさせて頂きます。愛瑠歩烈度と申します」
「え、外国の方ですか……?」
「いえ、純粋な日本人です。愛瑠歩烈度・太郎と申します」
「……あ、よろしくお願いします」
(……珍しい名字だな)
「恋歌お嬢様。お久しぶりです。ご立派になられて……」
愛瑠歩烈度さんは、胸ポケットから白いハンカチを取り出すと目にあてがい涙を拭っている。
「愛瑠歩烈度さん。今日は運転よろしくお願いします」
「知り合いなんだ?」
「はい、私が生まれる前から家の執事をやってくれていたんです。今は母の世話係ですが」
「お荷物をお預かりします」
愛瑠歩烈度さんは俺のキャリーバッグを慣れた手つきで、リムジンのトランクルームに手際よく積み込み、ドアを丁寧に開ける。
促されるまま乗り込むと、なんと後部座席にはワイングラスを片手に持った和歌さんが座っていた。
「壮真くん!久しぶり!」
和歌さんが抱きついてきて、豊かなふくらみを顔に押し付けてくる。
(この人、もう酔っ払ってるな……)
「お久しぶりです。和歌さん」
「もう、和歌でいいわよ」
(恋歌の母親を呼び捨ては、さすがにハードルが高い……)
「お母さん!壮真さんに抱きつくのは止めてください!」
「いいじゃない、少しくらい。本当に……誰に似たのかしら」
(思わず鏡を見ろっと、言いそうになったがぐっと堪えた)
ふかふかのシートに腰かけると、恋歌が誰にも渡さないとばかりに腕にくっついてきた。
エンジン音が響き、リムジンは静かに別荘へと走り出した。
◇◇◇
一時間半ほどリムジンで揺られ、ようやく目的地の別荘へと辿り着いた。
……が、目の前に立つと、もはや海沿いにある老舗のちょっとした旅館かと思うほどの、木造の豪華な建物がそびえ立っていた。
重厚な扉をくぐれば、そこは吹き抜けのロビー。ずらりと並んだメイドさんたちが、一斉に深々とお辞儀で迎えてくれる。
(いや、これ完全に旅館だろ……)
案内された客室も、高級旅館の最高級スイートルームを彷彿とさせる質の極み。
恋歌と二人ではあまりにも広すぎた。
(俺の家の二倍くらいありそうだ)
「壮真さん、お昼まで近くを散歩しませんか?」
「行こうか」
俺たちは別荘を出て、二人で海へと向かうと、海を眺めていた。冬の海は穏やかでとても青く澄んで綺麗だった。
人がいない海岸に、びゅう、と頬を叩くような冬の潮風が吹き抜ける。
「恋歌。寒くない?」
「風が強いので少しだけ寒いです」
俺は恋歌を優しくそっと抱きよせる。
恋歌の柔らかな感触と、冬の寒さを忘れさせるような心地よい温もりが体に伝わってきた。
「大丈夫?」
「はい、これなら暖かいです。えへへ」
恋歌は嬉しそうな声で笑っていた。
「……恋歌」
「……壮真さん」
どちらともなく、唇を重ねたその時──パシャパシャパシャパシャ!!という連続音が人気のない海岸に鳴り響く。
横を向くと、少し離れた場所で高そうな望遠カメラを構えた愛瑠歩烈度さんが立っていた。
「……なにしてるんですか?」
「お嬢様の幸せな瞬間をカメラに収めておこうと思いまして。私の事は、お気になさらずに続けてください」
そう言うと愛瑠歩烈度さんは『パシャパシャ』とシャッター音を響かせる。
(気にするなという方が無理だろ……ってか、そのカメラはこんな至近距離で撮る用ではないだろ……)
写真を取り続ける愛瑠歩烈度さんを無視して、俺と恋歌はそのまま別荘に戻ることにした。
◇◇◇
豪華な昼食を終えると、俺は客室の座り心地が非常に良い高そうなソファに座り寛いでいた。
恋歌は相変わらずソファに座らず俺の膝に股がって、俺に抱きついている。
恋歌の温もりを感じながら、俺は愛瑠歩烈度さんが淹れてくれた──フォートナム&メイソンというどこかのプロレスのタッグチームのような名前の紅茶を一口飲んだ。
(相変わらず美味しいな)
「恋歌。愛瑠歩烈度さんって何歳なんだ?」
「愛瑠歩烈度さんですか?確か父より六つ上ですから五十六歳です」
「結構、歳なんだな。見た目がダンディで若いから三十代半ばくらいかと思ったよ」
「私が小さい頃と、ほとんど見た目は変わってませんからね」
(愛瑠歩烈度さんより六つ下ということはお義父さんは五十歳か……あれ?凄い若く見えるけど、和歌さんも同じくらいなのかな?)
「恋歌。和歌さんって何歳なんだ?」
「母ですか?母は……」
恋歌が和歌さんの年齢を口にしようとした、その時。
バンッ!と、客室のドアが勢いよく開き、ワイングラスを片手に持った和歌さんがそこに立っていた。
「壮真くん!女性の年齢を聞くのは失礼よ!」
「……すみません。今後は気をつけます」
「わかればよろしい。じゃあ、また後でね」
和歌さんは颯爽と部屋を出ていった。
一瞬、部屋の中が静寂に包まれる。
(この部屋って盗聴器とか仕掛けてあるの?)
◇◇◇
夕方、俺は恋歌と二人で、広大な別荘の大浴場へと向かった。
そこは旅館かと見紛うほど広々した天然温泉で、十人は余裕で入れそうな贅沢な空間だ。
「──はい、終わり」
恋歌の体を隅々まで洗い、シャワーで流してあげてから、二人で浴場へと滑り込む。
熱すぎないお湯にほっと息を吐くと、タオルを頭に乗せた恋歌が迷いなく俺の横にちょこんと座り、肩まで浸かって俺を見上げた。
お互いの肩と肩がぴったりとくっつくほど、恋歌との距離は近かった。
「広いんだから、もっと離れたら」
「ここが私の特等席ですから。うふふ」
温泉の蒸気で霞む笑顔でそう言われると何も言えなかった。
「しかし、和歌さんは凄いな。こんな別荘を持ってるなんて」
「母は日本には後二件ほど別荘を所有してます」
「日本には?」
「はい、ハワイに一軒ありますので」
(住む世界が違うな……そんな人の娘が俺の彼女とは……ちょっと待て俺じゃ釣り合わないんじゃない?)
「壮真さん、どうしました?もしかして、気分が悪くなったとか?大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫。。ちょっと考え事してただけだから」
「考え事ですか?」
「俺と、お金持ちの恋歌じゃ釣り合わないんじゃないかと思ってさ」
「何を言ってるんですか!釣り合わないわけありません!怒りますよ!」
恋歌は、温泉で火照って赤い顔をさらに赤くさせて頬をぷくっと膨らませた。
「ごめん、ごめん。悪かったよ」
俺は恋歌の湿った唇に自分の唇をそっと重ねた。
すると、突然背後から声が……。
「あらあら、相変わらず仲がいいわね。ふふ」
和歌さんが、タオルで全く隠そうともせず堂々とした姿で立っていた。
唖然とする俺たちをよそに、和歌さんは体を洗い流すと、何事もなかったかのように温泉へと入ってきた。
和歌さんのたわわな二つの果実が、湯船に浮いている。
「お、お母さん!何で入ってくるんですか!入浴中の立て札ありましたよね!」
「未来の息子と裸の付き合いでもしようかと思って。ついでに違う意味での息子ともご対面しようかなって。ふふ」
和歌さんが不気味な笑み浮かべて、ゆっくりと俺に近づいてくる。
(酒が入って、下ネタ全開だな。酔っ払って温泉入って大丈夫なのか?)
恋歌は慌てて俺の前に座り、和歌さんから俺の息子を守ろうと立ちはだかる。
「何言ってるんですか!壮真さんの息子は私だけの息子です!近寄らないでください!」
恋歌は耳まで真っ赤にさせて、激怒している。
「壮真くんの息子にちゃんと挨拶をしようと思って。ふふ」
「挨拶なんてしなくていいです!!壮真さんの息子は私だけのものですから!!」
「ケチケチしないでよ!義理の息子の息子を少し触るくらいいいでしょ!」
「いいわけないでしょ!!壮真さんの息子に触っていいのは私だけです!!」
そう言うと恋歌は、俺の息子を和歌さんから隠すように抱きついてきた。
(親子で一体なんの争いをしてるんだ君たちは……恥ずかしくないのか……)
結局、恋歌は俺の息子を和歌さんから守り抜くと、勝ち誇った顔をして、俺を連れて温泉を出ていった。
その後、俺の息子は恋歌に、勝ったご褒美とばかりに一晩中、弄ばれた……。
(俺の息子を巡る仁義なき戦いは、恋歌の勝利で幕を閉じた。……まったく、くだらない戦いだったが)
読んでくださりありがとうございました




