第31話
大晦日。新年を一緒に祝うため、昼過ぎから姉ちゃん夫婦と聖愛が家に来ていた。
あれから聖愛とはたまに会っていたのだが、かなり大きくなり、俺は子どもの成長の早さに、改めて驚かされる。
そんな中、俺と恋歌は聖愛を遊ばせるため、近くの公園へ向かっていた。
「そーま。だっこぉ」
「はいはい」
俺はひょいと持ち上げ抱っこすると、聖愛が『きゃはは』と愛くるしい笑顔を浮かべる。
「こうやって、三人で歩いてると親子みたいですね」
砂場遊びセットを手に隣で歩いている恋歌が満面の笑みを浮かべて言ってきた。
「そうかな?」
「はい、まあ、来年になれば結婚できますし、私たちの子どもとこうやって歩く日も近いですね。うふふ」
恋歌の天使の笑顔が、一瞬だけ悪魔に見えた気がした。
(……避妊具に穴とか空けないよね!?)
公園へ着き、聖愛を降ろすと彼女は俺の手をぎゅっと握りしめてきた。
「そうま。あっち」
聖愛が指差したのは砂場だった。
「お団子作りましょうか?」
恋歌が手際よく泥団子を作って見せると、聖愛も見よう見まねで挑戦し始める、だが、出来上がったのはとても団子には見えないどろどろの未確認物体。──いや、ただの泥の塊だ。
それを俺たちに差し出し、あどけない瞳で食べるように促してきた。
「れんかしゃん」
「ありがとう。聖愛ちゃん。パクッ、もぐもぐ……おいしー!」
恋歌が食べるふりをしてにっこりと微笑む。その演技は完璧だ。
「そーま」
(なんで恋歌はちゃん付けで、俺は呼び捨てなんだ?)
そんな疑問を感じつつ、俺も恋歌の真似をした。
「ありがとうな。聖愛。あむ。……うん、うまいな」
だが──。
「そーま。たべてにゃい」
聖愛のジト目が俺を射抜く。
(俺の演技力が足りないのか……それとも聖愛の洞察力が凄いのか……)
「いや、ちゃんと食べたよ」
「たべてにゃい!」
(……なにこの砂地獄は)
「……あー、美味しかったよ。聖愛」
もう一度、今度は少しオーバーに食べたふりをしてみせたのだが……。
「そーま。たべて!」
(なんで俺にだけそんなにシビアなの……!?)
その後、何とか誤魔化すことができ、俺たちは公園の水道で手を洗うとブランコに乗った。
俺の膝の上に聖愛を乗せてゆっくりとブランコをこいだ。
「きゃはは」
楽しいのか聖愛は、俺の膝の上ではしゃいでいる。
「もっと」
俺は危なくない程度にこぎ続けていたら聖愛が急にもじもじしだした。
「そーま。しーし」
その一言で、平和な空気は一変した。
「おしっこか?ちょっと待て」
俺は、聖愛が粗相をしないように慎重かつ迅速に抱え上げると、公園のトイレへ猛ダッシュした。
トイレへ着くと、恋歌にバトンタッチして聖愛を任せた。
少しすると、トイレから恋歌と手を繋いでる聖愛が笑顔で出てきた。
(良かった、間に合ったようだ)
聖愛が俺の方にとことこと近づいてくる。
「そーま、だっこぉ」
聖愛を抱っこして公園の中を少し歩いてから、俺たちは帰路へとついた。
◇◇◇
家に帰ると、リビングのソファで姉ちゃんが義兄ちゃんの膝枕で爆睡していた。
「悪い、壮真。聖は色々と疲れてるから少し寝かせてやってくれ」
義兄ちゃんにそう頼まれた俺は、まだ遊び足りなそうな聖愛を俺の部屋に連れていった。
(正確には、俺と恋歌の部屋だけど)
部屋に連れていくと、聖愛は棚に飾ってある恋歌のぬいぐるみで遊び始めた。
「聖愛ちゃん、遊びましょう」
恋歌は声色を変えて、ピンクのくまのぬいぐるみを器用に操っている。
聖愛は、楽しそうに喜んでめちゃめちゃはしゃいでいたのだが……。
「そーま。ねむねむ」
どうやら遊び疲れて眠くなったみたいなのだが、なぜか俺を呼ぶ。
促されるまま聖愛の隣に寝そべると、聖愛は俺の胸に乗ってきてそのまま寝てしまった。
「くすくす。寝ちゃいましたね。何か聖愛ちゃんを見てたら私も眠くなってきました……」
恋歌も隣に寝そべると、俺の腕枕ですやすやと寝てしまった。
(……身動きがとれないんだけど)
どうしようかと思ったその時、部屋のドアが、ガチャリと開いた──姉ちゃんだった。
「あらあら、三人で仲よさそうに寝てるわね。あはは」
「助けて、姉ちゃん」
「晩御飯は私が作るから、そのまま三人で寝てなさい。聖愛をよろしくね」
助けを求める俺を見捨てて、姉ちゃんは颯爽と部屋を出ていった。
◇◇◇
聖愛と恋歌が目覚め、解放された俺はリビングのソファで、義兄ちゃんと聖愛と三人で寛いでいた。
聖愛は俺の膝の上に座り、子ども向けのテレビをじっと見ている。
「壮真。今日はすき焼だぞ。高い牛肉買ってきたからな」
「随分、豪勢だね」
「大晦日だから奮発したんだよ」
「姉ちゃんとは仲良くやってるみたいだね」
「ああ、あれからガールズバーにも行ってないしな」
「また行きたいの?」
「まあ、たまに行ってみたいんだけどな。壮真。今度一緒に行かない?」
「いや、俺は未成年だし、そんなに楽しいの?」
「一人、若くて凄い可愛い女の子がいるんだよ」
「へー、そうなんだ。そんな可愛いの?」
「るなちゃんっていうんだけどさ。細いんだけど出るところは出ててさスタイルもいいんだよ。聖もスタイルはよかったんだけど、年のせいかな?最近ちょっと太ってきて」
「へー、そうなの……あっ……」
その時、いきなりスーッと現れた鬼の形相の姉ちゃんが義兄ちゃんの背後に立つ。あまりの恐怖に俺は言葉が出なかった。
その隣で、恋歌は瞳の光を完全にオフにしていた。……俺の背筋は完全に凍りついた。
「あんたたち!聖愛の前でなんの話してんの!」
「ひ、聖。これは冗談だから。なっ、壮真。あはは」
完全に狼狽えていて、汗だくの義兄ちゃん。
「はは。そ、そうだよ。ただの冗談だよ」
必死に笑って誤魔化そうとしたのだが、無駄な努力だった。
「若くて、可愛い女の子が……いるそうですよ……お義姉様」
「ほほー、まだ懲りてないみたいね。泰隆」
いつの間にか最強のタッグが結成されていた。
義兄ちゃんはすぐさま姉ちゃんの足元に美しい土下座を決めると、床に額をぴったりくっつけて、必死に謝っている。
なぜか俺も土下座させられて、姉ちゃんと恋歌から説教をされた。
姉ちゃんに抱かれた聖愛は、それを見て無邪気にきゃっかきゃっかと笑っていた。
(俺はガールズバーに行きたいとは言ってないんだが……)
◇◇◇
女性陣の怒りもなんとか収まり、リビングのテーブルのカセットコンロの上に鍋が置かれ、すき焼が始まった。
聖愛用に恋歌が、予め作っておいた小さな鍋も用意されている。
「はい、聖愛。少し熱いからふうふうしようね」
姉ちゃんが、小さなとんすいに取り分けたすき焼を聖愛に食べさせている。
子ども用なので、そこまで熱くないのだが、火傷したら大変だからしっかり冷まさないとね。
「はい、壮真さん。お肉たくさん入れときました」
恋歌がすき焼をとんすいに取り分けて、俺の前にそっと置いた。
「ありがとう。恋歌」
「いえいえ、うふふ」
満面の笑みから一変して、恋歌はすんと無表情なりすき焼を取り分けると、とんすいを義兄ちゃんの前に無造作に置いた。
「あの恋歌ちゃん……俺も肉が欲しいんだけど……」
義兄ちゃんが恋歌が取り分けた、しらたきと野菜が大量に入っているとんすいを見て呟く。
「……何か言いましたか?」
恋歌が、温度の下がった氷のような冷たい声で答える。
ガールズバーの件があって以来、相変わらず恋歌は義兄ちゃんに対して当たりが強い。いや、完全に敵と認識している。
「肉も欲しいっなあって……」
義兄ちゃんが甘えた声で肉を所望すると。
「……るな」
恋歌が物凄い低い一言で、義兄ちゃんに会心の一撃を叩き込んだ。
「……うっ」
義兄ちゃんの顔が青ざめ、すべてを諦めた目をしていた。
「ありがとうね。恋歌ちゃん。気を遣ってもらって、若い時より泰隆は最近太っちゃってるから野菜を食べないとね。あはは」
姉ちゃんのわざとらしい笑いが、リビングに響く。
「……ごめんなさい。これで大丈夫です」
義兄ちゃんは目の前の野菜を食べ始めると、涙目で冷えた缶ビールを一気に飲み干した。
俺は不憫に思い、悪魔二人に気づかれないように義兄ちゃんに肉をわけてあげた。
(義兄ちゃんファイト!)
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