第3話
朝、学校へ行こうと玄関のドアを開ける。──とそこには、向日葵のような笑顔の恋歌が立っていた。
(……どんどん近づいて来るな、メ◯ーさんかよ?)
明日の朝、目が覚めたら枕元にいた、なんてホラー展開にならないことを祈るしかない。
「おはようございます。壮真さん。……えへへ、早く顔が見たくて来ちゃいました」
恋歌は今日も、逃げ道を塞ぐようなまぶしい満面の笑みを浮かべている。
「お、おはよう、恋歌」
「恋歌って呼ばれると何かまだ恥ずかしいですね。うふふ」
(……あんたが半強制的に呼ばせてるんだろうが)
「あの……、これ受けとってください」
耳まで真っ赤にした恋歌が震える手でイチゴ柄の封筒を差し出してきた。
「えっ、なにこれ?」
「私の『重い』……あふれそうな気持ちを、手紙に綴ってきました」
(受け取らないとダメな流れか……嫌なんだけど……)
「壮真さんはもう私の気持ちに気づいていると思います。……でも、ちゃんと言葉にしないといけないと思いまして……」
恋歌は視線そらすようにうつむき、頬を林檎のように赤く染めている。
(その気持ち、一生心の中にしまっておいてほしかったんだが……)
『はぁ』。──俺は心の中で大きなため息をつき、手紙をポケットの中に突っ込んだ。腕にしがみついて離れない恋歌を引きずるようにして、駅へと歩いていく。
◇◇◇
俺はいつものように電車のドアの脇で恋歌の盾となって守っていた。恋歌もいつものように俺に寄り添っている。
電車の中は相変わらず通勤通学でごった返していた。
「大丈夫?」
「はい、壮真さんがいるので大丈夫です」
恋歌は俺の胸に小さな顔を埋めてきた。
「壮真さんはお昼ご飯はどうしているのですか?」
「俺?学食か購買でパン買うかだよ」
「なら、明日からお弁当作って来ますね」
「えっ、悪いからいいよ」
「大丈夫ですよ、気を遣わないでください。私と壮真さんの仲じゃないですかぁ」
(だから、俺達どんな仲なの?)
「でも、弁当作るのにお金かかるし、悪いよ」
「…わ、私が作ったお弁当食べるのそんなに嫌なんですか…、本当は他に作ってくれる女性がいるんじゃ…ブツブツ…ブツブツ」
さっきまで明るかった恋歌の声のトーンが垂直落下していく。
(マズいぞ、顔は見えないが、また、恋歌の地雷を踏んでしまったみたいだ……)
「じ、じゃあ、作って貰おうかな、恋歌のお弁当食べたいし」
「本当ですか、私の精一杯の愛情が入ったお弁当を楽しみしててくださいね。うふふ」
恋歌の抱きしめる腕の力が、ほんの少しだけ強くなる。
(ほどほどに頼みます……)
◇◇◇
その日の夜、学校から帰宅し、晩御飯を済ませる。一息ついてソファーに腰かけると、俺は恋歌からもらった手紙を開いた……,
『愛する壮真さんへ
壮真さんと毎日一緒に居たいです。
壮真さんの事が死ぬほど好きです。
壮真さんがいないと私は生きていけません。
壮真さんの愛がないと私は死んでしまいます。
私は生涯壮真さんを愛し続けます。
あなたの傍から一生離れません。
あなたの事をずっと見てます。
愛してる 愛してる 愛してる 愛してる
愛してる 愛してる 愛してる 愛してる
愛してる 愛してる 愛してる 愛してる
愛してる 愛してる 愛してる 愛してる
愛してる 愛してる 愛してる 愛してる
私と結婚を前提にお付き合いしてください』
(……なにこれ。呪いの手紙?)
俺は手紙を丁寧に畳んで引き出しの奥底にしまうと、ガチリと厳重にに鍵をかけた……。
(……よし、何も見てない。手紙の事は忘れよう)
◇◇◇
朝、目が覚めた時に部屋に恋歌が居なかった事に俺は安堵した……。
(流石にないよね)
今日は朝から雨が降っていた。
そろそろ学校に行く支度をしようかなぁっ、と思っていた時に家のインターホンが鳴る。
ガラリ、と古びた引き戸を開ける。そこには、傘をさした恋歌が立っていた……。
「おはようございます、壮真さん」
恋歌はどんよりした雨雲を吹き飛ばすような、満面の笑顔を浮かべている。
「お、おはよう、雨降ってるからとりあえず玄関の中で待ってて」
俺は恋歌を玄関の中に招き入れた。
「お邪魔します。あ、あの、お母様にご挨拶させてください」
「あっ、うちの両親は俺が小さい頃に亡くなってるんだ」
「す、すみません、私、知らなくて……」
「気にしなくていいよ。俺、一人暮らしだし、家には誰もいないから」
「一人暮らしなんですか?」
「うん、そうだよ」
(何で軽くガッツポーズしてるんだ……)
さっさと支度を終わらせて俺は玄関へと向かう。
「お待たせ、雨の日は嫌だよね」
「私はちょっと楽しみです。好きな人との相合傘って、昔からやってみたかったんですよね」
(相合傘決定なの?傘持ってるのに?)
「あっ、そうだ、これ約束のお弁当です」
恋歌は嬉しそうに可愛らしい包みに入った弁当を手渡してくる。
「あ、ありがとう」
俺は弁当を受け取るとリュックに入れた。
「全部、私の手作りですので、うふふ」
「そ、それは楽しみだな」
ガラリ、と古びた引き戸を開け外に出ると小雨が降っていた。
俺が傘をさすとササッと恋歌が傘に入ってきた。
「もっとくっつかないと濡れちゃいますよ、うふふ」
傘に入るといつものように大きな胸を押しつけるように俺の腕に抱きついてくる。
「そろそろ、行きましょう」
「う、うん」
小雨の中、俺達は駅へと向かった。
「あっ、昨日の手紙のお返事はいつでもいいので」
「そ、そうして貰えると有難いよ」
「もう、私達は付き合っているようなものですしね。うふふ」
恋歌はもじもじとと身をよじり、林檎のように頬を赤くしている。
(そうなの…?俺に逃げ場はないの……?)
◇◇◇
平和な昼休み。いつものように俺と秀樹は、机の上に弁当を広げた。
「なぁ、壮真、彼女と相合傘で歩いてたって本当か?」
「彼女じゃないって、前から思ってたんだが、何で俺の情報がそんなに入ってくるんだ?」
「お前を見かけたヤツがクラスのグループチャットに写真をUpしてるだよ」
(俺のプライバシーゼロかよ……しかも、隠し撮りって……)
「ところでなにその弁当?もしかして彼女の手作りとか?」
「彼女じゃない」
「ふーん、でも、例の女の子から貰ったんだろ」
「そうだけど……」
「羨ましいやつだな」
俺はそっと弁当の蓋を持ち上げる。ご飯の上にはこれでもかと主張するように海苔がLOVEの形に並んでいる。……一瞬固まった。
「なにそれ、LOVEとかやっぱり彼女じゃん」
「彼女じゃないって……」
ハンバーグとか唐揚げとか茶色いおかずのオンパレード。まさしく俺好みの弁当だ。本当に全部手作りなのだろうか?
とりあえず美味しそうなハンバーグを一口食べてみた。
(……美味しい)
気づけば箸が止まらなくなっていた。そのまま俺は弁当をあっという間に平らげた。
◇◇◇
放課後、駅のホームに降り立つと、恋歌がスマホをいじることもなく、ただじっと俺が来るのを待っていた。
「壮真さーん」
大きな声で俺を呼びながら、恋歌がタタタッと小走りで駆け寄って来た。
「弁当、ありがとう、ご馳走様でした」
俺は空になった弁当箱を恋歌に手渡した。
「お口に合いましたか?」
恋歌が少し不安そうに顔を覗き込んでくる。
「うん、凄い美味しかった」
「ほ、本当ですか?嬉しい……」
恋歌はホッと胸を撫で下ろし、とびきりの笑顔を浮かべた。
「あれ全部、手作りなの?冷凍食品じゃなくて?」
「はい、全部、私の手作りです」
「へぇ……すごいな、料理上手なんだね」
「いつでも壮真さんのお嫁さんになれるように……トックン、してるんです」
恋歌はほんのり頬を紅潮させ、照れ隠しに視線をそらした。
(……今のは聞かなかった事にしよう。うん、そうしよう)
読んでくださりありがとうございました




