第27話
秋季大会。一次予選を突破した我が野球部は本戦でも躍進を続け、二年連続ベスト4に入る快挙を成し遂げ大会を終えた。
季節はすっかり秋めき、少しひんやりとした心地よい風が吹いている。
駅に向かう俺の隣には、いつものように慣れ親しんだ様子で恋歌が腕にしがみついていた。
柔らかく温かいふくらみの感触が、腕に伝わってくる。
「壮真さん、今度の休日、母が久しぶりに壮真さんに会いたいから家に連れてきなさいって言ってるんですが」
「そうなんだ。それじゃ、お邪魔しようかな」
「母に伝えときますね」
「和歌さんに会うのは、久しぶりだから楽しみだな」
「母もきっと喜ぶと思います。うふふ」
「和歌さん、元気にしている?」
「はい!元気ですよ。まあ、私もあまり会ってないのですけどね。うふふ」
(……ほとんど俺の家に泊まってるからね。ってか、もう、ほぼ同棲じゃないか)
駅に着き、ホームで恋歌と電車が来るのを待っていると背後からやつの気配がした。
「や、山口先輩、おはようございます」
猪鹿川さんは丁寧にお辞儀をしてきた。
「……おはよう。猪鹿川さん」
(……最近、家には来なくなったけど、必ず駅のこの位置、この時間に彼女は現れる……俺たちの後を付けてるよね……)
「牛!また私たちの後を付けてきましたね!」
「ち、違います。行く方向がたまたま一緒だっただけです」
「嘘をつくんじゃありません!」
恋歌は猪鹿川さんの制服のボタンが悲鳴を上げそうなほど、育ちすぎた豊かな果実を両手で鷲掴みして揉み始めた。
「あぅ、や、やめて……あん……っ」
「この無駄にデカいだけの脂肪の塊が!」
恋歌はさらに豊かなふくらみを強く揉みしだく。
「あ……う……い、痛いです。」
(今日も平和だな……でも、公共の場でそういうのは止めようね)
俺は周囲の痛い視線に耐えかねて、猪鹿川さんの柔らかい感触に夢中な恋歌を剥がすように引き離した。
その後、轟音とともにやってきた電車に乗り込み、俺は恋歌と猪鹿川さんを溢れる人混みから守りながら、学校へと向かった。
◇◇◇
休日。俺は久しぶりに恋歌の実家へと遊びに来ていた。
豪華な昼食を堪能した後、俺はリビングの高級そうなソファに深く腰掛け、恋歌が淹れてくれた紅茶を手にしていた。
「壮真さん、フォートナム&メイソンです。お口に合うといいんですけど」
俺は聞いたこともないブランド名に少々緊張しながら一口飲む……芳醇な香りとコクが口の中に広がり、思わず目を開く。美味い。
「壮真くん、久しぶりね。また一段と男前になったんじゃない。ふふ、素敵よぉ」
ワインの香りを漂わせ、すっかりできあがってしまった和歌さんが、俺の腕に抱きついてくる。
恋歌にも負けないくらいの豊かで柔らかい感触と大人の女性の妖艶な香りが俺を襲う。
(勘弁してほしい)
「ちょっと!お母さん、壮真さんから離れてください!」
恋歌がお母さんを羽交い締めにして引き離すと、そのまま隣に座り、ぎゅっと腕に抱きついてきた。
「少しくらいいじゃない。ケチ娘。ふふ」
「お母さん、お酒を飲みすぎですよ!」
そんな騒ぎの中、リビングのドアが開き、明らかに頬がげっそりやつれて、顔に全く精気のないお義父さんが現れた。
「……君か……来てたのか……まあ……ゆっくりして行きなさい」
お義父さんはそのままふらふらしながらリビングのドアへ向かいドアに手をかけた。
その瞬間、何もないところで足をもつれさせたお義父さんは、バタンと派手に転けると、そのままヘッドスライディングをするようにリビングの外へと消えていった。
「……恋歌?お義父さんってあんなにやつれてなかったよね?何か病気とか?」
「健康面は大丈夫ですが、この前、お母さんにお仕置きされたらしくて、それで少し痩せちゃったんです」
(……少しどころじゃなかったけど……ほとんど骨と皮だったぞ)
「お仕置きって?」
「浮気したんです。会社の女性とお食事をしようとしたところを、お母さんに取り押さえられたみたいで」
(浮気って、それ未遂じゃない?ってか、どんなお仕置きなの?怖いんですけど)
「恋歌、会社の女性と食事するのって浮気なの?」
「当たり前です!壮真さん!母にお仕置きされるのも当たり前です!少し甘いくらいですし!」
(お義父さんのあの様子だと、かなり厳しいことされたと思うけど……怖いから聞けないけど……)
恋歌の瞳は完全に光が消え、暗黒の炎を燃やしていた。
「人聞きが悪いわねぇ。愛する夫の行く末を案じてちょっと『教育』しただけよ。ふふ」
和歌さんの瞳のハイライトがすうっと消えた笑顔を見て、俺は地雷を踏んだ時の恋歌を思い出し背筋が凍りついた。
(似たもの親子……そして、明日は我が身か……)
◇◇◇
放課後。野球部の練習中、ピッチング練習を終え、グラウンドの片隅で休憩していると、夏でマネージャーを引退した士門先輩がグラウンドにやって来た。
「お疲れ様、うちのエースの調子はどうかな?」
士門先輩は、聖母のような微笑みを浮かべながら俺の隣へ腰を下ろした。
「士門先輩、お疲れ様です。まずまず順調ですよ」
「それは良かった」
「大学推薦で決まったそうですね。おめでとうございます」
「ありがとう。ふふ」
トイレに行っていた秀樹が、士門先輩に気付いてヘラヘラしながらやって来た。
「あ、士門先輩、大学推薦決まったそうですね。やっぱりあの怒らせたら即病院送りの強さが評価されたんですかね」
その瞬間、先輩のスカートがひらりと舞った。
綺麗な放物線を描いたローリングソバットが、吸い込まれるように秀樹のみぞおちへ。
「……ぐえっ」
変な声を漏らし、秀樹は腹を抑えて悶絶しながらゆっくりとスローモーションのようにグラウンドへ沈んでいった。
「じゃあ、壮真くん、またね」
士門先輩は何事もなかったかのように、静かな微笑み浮かべて去っていった。
後に残されたのは、土埃と痙攣してうずくまってる秀樹の姿だけだった。
(わかってるのになぜ怒らせる)
◇◇◇
野球部の練習を終え、秀樹と帰ろうとしたらいつものように猪鹿川さんも隣に寄ってきた。
校門で待っていた高畑さんと合流して、四人で駅まで向かうことになった。
最近はこのパターンが定着しつつある。
「や、山口先輩。腕組んでいいですか?」
無邪気な笑顔を浮かべた猪鹿川さんが、当たり前のように聞いてくる。
(この子の距離感は未だに理解不能だ)
「いや、ダメに決まってるでしょ」
「腕ぐらい別にいいんじゃねえ?」
横では秀樹が、むかつくほどのヘラヘラ顔で茶化してくる。
(恋歌にバレたらどうするんだ。ってか、絶対お前がバラすだろ)
「そ、そうですよね。へへへ」
猪鹿川さんは、俺の腕に抱きつき育ちすぎた柔らかな果実を押し付けてきた。
「い、猪鹿川さん、お互い恋歌に怒られるから止めようね」
俺が必死に距離を保とうとした、その時。
「…………」
不意に、高畑さんの凍えそうな冷たい視線が突き刺さった。……痛い、精神的に痛い。
(う、浮気してるわけじゃないからね)
「ちょっと腹減ったな。駅前で何か食べてかない?」
「い、いいですね。私、ハンバーガー食べたいです」
猪鹿川さんは秀樹の提案に食い気味で答える。
「私もいいよ」
高畑さんのオッケーも出た、俺がこの場の空気を壊すのは気が引けるので、一緒に某ハンバーガーショップに寄ることにした。
猪鹿川さんは特大サイズのバーガーセットをペロリと平らげ、俺のポテトを物欲しそうに見てた。
俺はポテトを猪鹿川さんに少しあげた。
……その横で、高畑さんの氷のような冷たい視線が痛くて、ハンバーガーの味どころではなくなった。
◇◇◇
帰路につくと、リビングには、光が完全に消え失せた瞳でソファに座る恋歌がいた。
「……壮真さん、スマホを貸してください」
恋歌の驚くほどの冷たい声に俺はスッと……スマホを恋歌に差し出した。
そして、スマホをチェックしながら、無言の圧力をかけてくる恋歌に俺は負けその場に正座した。
「……れ、恋歌、何かあったの?」
「牛と仲良く腕を組んで歩いて、一緒にハンバーガーを食べたみたいですね」
(……秀樹が密告したか)
「……秀樹から教えてもらったのかな?」
震える声で尋ねる俺に、恋歌はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、深海の底みたいな真っ暗な闇が広がっていた。
「いえ、先ほど高畑さんからの密告がありました。牛といちゃいちゃするなんていい度胸ですね。壮真さん」
その後、三時間ほど、恋歌の説教が続いた。
(いつの間にか恋歌のスパイが増えていた)
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