第23話
ジリジリと夏の強い陽射しが照りつける球場。高校生活で二度目の夏の大会が、ついにやって来た。
──夏の予選大会、初戦。俺は先発投手として、この灼熱のマウンドに上がっていた。
3対0で勝っている9回表。二死、ランナー無し、カウントは2-2(ツーボール、ツーストライク)。俺はグラブを振りかぶると、しなるような左腕を思い切り振りぬく。
放たれた白球が熱を帯びた大気を切り裂いた。
バァン。
ボールは、女房役である秀樹のキャッチャーミットへと真っ直ぐ吸い込まれた。
右バッターの、アウトローに突き刺さる渾身のストレート。ストライクでスリーアウト。
「ストライク!バッターアウト!」
審判の鋭い声が響き。試合終了のサイレンが鳴り渡る。
初戦を無事完封で投げ抜き、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ナイスボール。今のは148km出てたぞ。150kmまでもう少しだな」
秀樹がニヤニヤしながらマウンドへ駆け寄ってくる。
「スピードガンの勝負してるわけじゃないか、打たれなきゃ何kmでもいいさ」
「まあな、でも、相変わらずエグい球投げるな。壮真は」
試合を終え、バスに乗り込もうとした時だった。
「壮真さん、おめでとうございます」
振り向くなり、恋歌がダイブしてきた。
「汗臭いから、離れた方がいいよ」
恋歌は俺の言葉などお構い無しにくんかくんかとユニホームの匂いを嗅ぎ始める。
「や、山口先輩は疲れてるんです! 離れてください!」
言いながら猪鹿川さんも、俺に抱きつき、同じようにユニホームの匂いを嗅ぎ始めた。
「牛乳クソストーカー女!どさくさに紛れて何してんですか!壮真さんから離れなさい!」
(なんだ、このカオスな状況は)
「あらあら、モテモテね。山口くんは。ふふ」
その様子を眺めながら、士門先輩が楽しそうに悪戯っぽく笑っている。
「……そんなんじゃないですよ」
「でも、山口くんは疲れてるからバスで休ませてあげて。ね?オチビちゃん」
「胸の薄いマネージャーは黙っていてください!」
恋歌の決して言ってはいけない言葉が引き金となった。
パキリ、と士門先輩の理性が弾ける音が、幻聴となり俺の耳に届いた。
「……どの口が言ってるのかしら。ふふ」
笑顔のまま鬼の形相になった士門先輩は、恋歌の左右の頬っぺたを両手でつねると、餅のようにビヨーンと伸ばした。
「い、いひゃいです。ひゃめてくださふぁい」
俺の中で『士門先輩』最強説が確定した瞬間だった。
(恋歌の頬っぺは柔らかいからよく伸びるな……)
◇◇◇
その後、二回戦は5対0と順調に勝ち進み、三回戦の試合が始まった。
しかし、マウンドには館山先輩。
俺は肩を休ませるために、『一番レフト』で出場していた。
投球を終えるたび、館山先輩の肩が大きく上下する。限界のはずなのに、その瞳にはまだ静かな闘志が宿っていた。
試合は4対4の同点で迎えた、8回裏。
館山先輩の粘りを無駄にはさせない。先頭バッターの俺は執拗にカットで粘り、最後は四球をもぎ取った。
──初球。迷わずスタートを切った。
館山先輩を援護するため。そして、この均衡を破るため。
決死の盗塁は成功。無死二塁。
次のバッターが手堅く送りバントを決めて、バッターは三番の秀樹。
──その、初球だった。
秀樹の放った逆らわない逆方向へのバッティング。高く上がったライトフライを見て、俺はタッチアップのためにベースへと戻る。犠牲フライには十分な距離──そう確信した瞬間だった。
突如、球場の空気が変わった。スタンドの応援旗が激しく波打つ、巻き起こった突風が白球を強引に押し上げる。失速しかけた打球は、まるで魔法にかけられたようにふらふらとライトスタンドへと吸い込まれた。
手応えのなさに、打った本人の秀樹が一番呆然としている。
──ツーランホームラン。
結局、これが決勝点になり、俺たちは四回戦への切符を掴み取った。
◇◇◇
試合を終え、帰宅した俺は、恋歌と一緒に風呂に入っていた。
二人で入るには狭い湯船で恋歌を背後から抱きしめるようにして、肩まで湯に浸かる。
「恋歌、熱くないか?」
「……はい、大丈夫です」
恋歌は湯船で火照る頬をほんのり赤く染めていた。
「……恋歌」
「何ですか?壮真さん」
「……いつもありがとう」
「急にどうしたのですか?うふふ」
「野球を頑張れてるのも、恋歌のおかげかなぁっと思って」
「私のですか?」
「うん、やっぱり好きな人の前では格好つけたいし、頑張れるよ」
「……嬉しいです。壮真さん」
恋歌は、振り向くと耳まで真っ赤にしてとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
俺は恋歌を抱きしめる腕の力を少し強めると、応えるようにすり寄ってきた。
「次の試合も頑張るよ」
「はい! あ、今日の夜も頑張ってくださいね。うふふ」
恋歌が俺の股間のソレにお尻を擦り付けてくる。
「……いや、今日は試合で疲れてるから」
「今日は投げてませんよね!」
恋歌はさらに力を込めてお尻をソレに擦り付けてきた。
「……投げてなくても試合に出てるし」
「投げてませんよね!」
恋歌のお尻の抗えない弾力に、俺の理性が悲鳴を上げた。
「……はい、頑張ります」
(……今夜も試合より疲れそうだ)
◇◇◇
夏の予選大会四回戦。
登板を一試合回避したおかげか、俺の肩の調子は絶好調だった。
唸りをあげるストレートがミットに吸い込まれていく。三振の山を築き、気付けば9回まで16奪三振。2対0で、去年と同じベスト16へと勝ち進んだ。
──しかし、去年はベスト16で負けた。気を引き締めなければ。
◇◇◇
夏の予選五回戦の相手は、去年四回戦で死闘を演じた聖ライオンズ学園。
噂に違わぬ、去年以上の強力打線になっていた。特に四番の池山は別格だった。全てフルスイング。その打球はフェンスを越え、ホームランを量産している。
「聖ライオンズ学園のマネージャーは相変わらず可愛いな……」
マウンドに駆け寄ってきた秀樹が、この緊迫した状況でアホなことを呟く。
「おいおい、高畑さんに怒られるぞ」
「大丈夫だよ。麗華はそんなことで怒らないから」
(それは大変羨ましいな……)
俺は初回から飛ばした。
7回まで、12奪三振。試合は0対0。緊迫した投手戦が続いていた。
──しかし、8回裏。二死、ランナー無し。
不用意に投げた指にかからなかったストレート。
瞬間、カキーンという金属音が鳴り響く。打球は一直線にバックスクリーンへと吸い込まれていく。
……四番の池山のフルスイングの一撃。ついに均衡が破られた。
何とか後続を三振で撃ち取ったが、流れは相手チームに向かっていた。
ベンチに戻ると、『まだこれからだ』、『たった一点だしな』とチームメイトが声を掛け合った。
「失投だったな」
ベンチに座ると秀樹がニヤニヤしながら俺の隣に座り、キャッチャーのプロテクターを外している。
「はっきり言うな」
「まあ、普通のバッターならただのセンターフライだったけどな」
「次の打席でお前がホームラン打てば同点だよ」
「俺はアベレージヒッターだって」
次の打席に備え秀樹はネクストバッターズサークルに向かった。
先頭バッターが粘って四球で歩くと、秀樹がバッターボックスへと向かう。
ここはバントかと思いきや、宮本監督のサインはバスターエンドラン。
器用な秀樹が右方向に流し打ちすると、セカンドの頭を越え綺麗なライト前ヒットを放った。
無死、一塁三塁。
次の四番の坂本先輩が送りバントを決めると。
一死、二塁三塁。
宮本監督のサインはまさかのツーランスクイズだった。
カウント1-1から五番バッターの中村先輩が絶妙なところに転がすと、三塁手が一塁に投げた瞬間に、秀樹が三塁を周る、慌てて一塁手がホームへと送球。秀樹がホームへとヘッドスライディング。
呼吸が止まるような一瞬。土煙が舞う中──審判のセーフという、かき消されそうな絶叫が球場に響き渡る。
見事にツーランスクイズが決まった。
2対1で勝ち越すと、俺は残りの力を振り絞り0点に抑え、夏の予選大会、初めてのベスト8へと勝ち進んだ。
(初めての準々決勝か)
◇◇◇
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