取り戻せたもの
デルホーンからの朗報は聞かれず、叔父ジャンカルの件もお墓の件もわからぬまま1年がすぎた。
リアナは時間があればいつもデイビッドに会いに行く。
相変わらずシンシアからの連絡はこなかったが、以前よりも寂しさは薄らいでいた。
(姉さまは心が痛くないのかしら。
父様も母様も……それに私とデイビッドも、あなたには誰も必要ないの?
風に乗ってこの思いが届けばいいのに)
腹が立っても冷たくあしらわれても、やはり姉を求めてしまう。
会いたい気持ちが消えることはなかった。
時々思い出されるユベールの姿は、アエロに乗るリアナを寝転がったまま見上げて笑っている。
初めてあったときの、うつろな瞳の記憶は、笑顔の記憶にかわっていた。
(マルベスの丘には今日もきっと、あのころと変わらない風が吹いている。
あの場所は何も変わらないのに……私は変わっていってしまう)
さらに1年が過ぎ、15歳になったリアナは特別クラスの合格証を手にした。
それと同時に国家上級諜報員の資格を得て、背中に諜報の刻印がされた。
12歳になったデイビッドはリアナの身長を超えてしまいそうだ。
ある日、会わせたい人がいるから邸宅に戻るようデルホーンに言われた。
通された部屋には初老の眼鏡をかけた男性が立っていてリアナを見ると目を細めた。
「紹介しよう、ダスカルの友人で元同僚でもあるクーバスだ」
「はじめまして、リアナだね」
「はい。 はじめまして……あの同僚ってもしかして」
「そうだ、今は引退しているがエンリッツの元諜報員だ」
そう言いながらデルホーンはソファーに腰をおろしリアナとクーバスもそれにならった。
「君の叔父のジャンカルは、近いうちに拘束されるだろう。そして罪を償うことになる。
ジャンカルが領主の権利をはく奪された場合、現状のままだと身分を隠している君たちのもとに権利が戻らなくなる。
そこで、ことの事情を国に説明し君たちの存在を証明して領主の権利を取り戻すために、クーバスに協力してもらおうかと思ってね。
エンリッツ国への説明や手続きはすべてクーバスが引き受けてくれる。
君が了承してくれればの話だが」
突然の申し出で当然考えがまとまるはずはなかったが、自分たちの立場が少しは元に戻る気がしたリアナはお願いすることにした。
「私の了承なんて……とんでもございません。宜しくお願いいたします」
叔父ジャンカルが捕らえられることで起こる、先の状況を見越して動きを起こすなどリアナには到底できなかった。
血のつながりもない友達の子供のために、ここまでしてくれるデルホーンに感謝しかなかった。
「わかった。 それで……君とデイビッドのどちらが当主になるんだ」
「それは、デイビッドです」
リアナは即答した。
「そうか、だがデイビッドはまだ幼い。
君もデイビッドや家のことにかかりきりになるわけにはゆくまい。
領主の権利が戻ってきたら、デイビッドが領主としての務めができるようになるまで、クーバスに管理をまかせるのはどうだろうか」
ためらうことは何もなかった。
この2人の親切が身に染みて目が潤むのを押さえるのに必死だった。
「可能ならば、是非お願いいたします」
「さら地になってしまった邸宅のことも含め、私たちに任せてもらっていいのか?」
「はい、全てお任せいたします」
(私とデイビッドは守られている。
この2人は父の友達というだけなのに、こんなにも私たち姉弟のことを考えていてくれる。
父様、デルホーン先生にどうやって恩返しをすればいいの?)
「あの……私たちを……」
(泣いちゃダメ!)
「私たち姉弟を助けてくださって……。ほんとうにありがとうございます」
リアナは立ち上がり胸に手をあてると深々と頭を下げた。
恥ずかしいけれどあふれる涙をとめることはできなかった。
デルホーンとクーバスは優しくほほえんでいた。
(私はまだ子供だ。大人ぶった考えは持てるけれど、出来ることは少ない。
申し訳ないと思っても頼るしかない。
神様、2人がいてくれたことに感謝いたします)
そして数日後、ことは一挙に動き出した。
魔女イーライはエンリッツ国の第1王子により葬り去られた。
第2王子と財務大臣は武器の改良や密輸以外に、5年前未遂に終わったが、第1王子の暗殺計画を仕組んだことが発覚し処刑となった。
ベンジャス商会は取り潰されベンジャスも処刑された。
そこでわかったのは、ダスカルの家の襲撃を指示したのがベンジャスだったことだ。
「襲撃をさせたのはベンジャス商会だったのですね。できれば私がこの手で討ちたかった……」
「あんな者のために君が手を汚す必要はない」
デルホーンが言った。
「武器の改造や違法に国外から武器を持ち込んでいることを、私とダスカルは知っていたんだ。
感づかれたことをジャンカルがベンジャスに告げ口したのだろう」
クーバスはそう言ってため息をついた。
ガタルンドの武器は返却されたが、改良の刻印があるものは破棄され、武器を隠すために手をかしていた領主ジャンカルも処刑された。
叔父とはさほど親しいわけではなかったが、身内がなくなることには複雑な思いがあった。
そして爵位と領主の権利はデイビッドへ渡り、その保護者としてクーバスが登録されることになる。
その手続きのためリアナとデイビッドはエンリッツ国へ向かった。
クーバスは子爵で、邸宅の他に別荘があり、その別荘へ滞在することになった。
広い庭は花が咲き乱れ手入れがよく行き届いている。
「少し散歩をしよう」
クーバスに言われリアナとデイビッドは一緒に庭を歩いた。
途中クーバスは2人に花を摘んで渡した。
そして広い庭の西の角にある大きな木の近くまでくると、そこにだれかの墓石があった。
「ダスカルとレイチェルがあそこに眠っているよ」
(あ……)
デイビッドが走り出し、リアナもすぐに後を追った。
「父様! 母様!」
デイビッドは転がるように墓石の前に座り込むと大声で泣き始めた。
リアナもデイビッドを抱きしめて声を上げて泣いた。
ゆっくりと歩いて来たクーバスも眼鏡をはずして泣いていた。
クーバスが摘んでくれた花を墓石に置いてやっと会えた父と母に、リアナは報告をした。
「私たちの物を少しだけ取り戻すことができました。
失った物は多いけれど、これからたくさんの物や思い出を増やしていきます」
「父様、母様ほんとうはたくさん話たいことがあったけど……。
僕は……僕は、そばに来ることができてうれしいです!」
リアナはデイビッドの頭をなでた。




