デルホーンへの信頼
両親の埋葬場所を確認できないまま、後ろ髪を引かれる思いで夜のうちに国境を超えた。
宿には泊まらずアエロと野宿をしながら、人の往来の少ない場所を飛んでガタルンドを目指した。
アエロは1度行った場所を記憶するため、リアナが思うだけでそこに運んでくれる。
空を飛んでいて、こんなに気分が落ち込むことは経験がなかった。
自分のしたことを振り返り、スパイという任務にたいする自分の意識の低さを反省した。
(まだ教わっていないとか、初めてだからとかそういうことじゃない。
私の心構えがまったくダメだったんだ。
デイビッドを抱えて生きて行くには、デルホーン先生に助けてもらうしかない。
分ったつもりでいたのに……スパイになる決心をしたはずなのに。
今日の失態は、私の考えが甘かったせいだ。
見学さえまともにできないなんて……)
仲間を危険にさらす行為だと、キーシャに言われたことにリアナはショックを受けていた。
自分の行動で他人の身に危険が及ぶなど、まったく考えてもみなかった。
国に命を捧げるなどと、たいそうなことを口にした自分が恥ずかしかった。
ただ、許してもらいたい気持ちも少しはあった。
自分も必死なのだと。まだ幼く初めての出来事で失敗したのだからと。
でもそれを誰に訴えればいい。
誰に慰めてもらえばいい。
持って行き場のない感情をかかえてアエロにしがみついて声を上げて泣き、やがて泣き疲れたリアナは深い眠りについた。
目覚めたとき、わりと立ち直れている自分に驚き、まだ頑張れると気持ちをふるいたたせてアエロに飛び乗った。
町の近くまでくると杖に乗り換え、そのときうろから取り出した勲章が見当たらないことに気づいた。
勲章は失くしてしまったようで、少しだけ胸の奥が痛んだ。
(助けたことへの見返りを求めるわけでもなし……必要ない物だった。
再会した日に失くしてしまうなんて。
それで良かったのかもしれない。気にとめずにすむから)
エンリッツ国を出てから2日後の昼にデルホーン邸に戻った。
持ち帰った父と母の絵を机にしまうと、体を洗い制服を着てすぐに学校へ向かった。
そしてデルホーンの部屋のドアを勢いよく開けた。
「先生! いちから勉強させてください!」
ノックもしないでドアを開けた途端、声を張り上げたリアナを見たデルホーンは、眉の端をピクピクと震わせながら平静さを装った。
「リアナ、まずノックをしなさい。それと、なぜ君がここにいる!」
「そ、それは……」
家に帰らせてくれたことのお礼を言って、これまでのいきさつを説明し謝罪をしてから、自分の思いを口にするべきだった。
だが失敗したことで焦ったリアナは、反省とやる気を見せるような気持ちが、先に口をついて出てしまった。
「あ、あの、この度は家に帰る許可をいただき、ありがとうございました。
それと……申し訳ありません!
規則違反を犯してキーシャさんに帰るよう言われました」
表情を変えずにリアナを見たデルホーンは、机に視線を落とすと何かを書き始めた。
「家は……見ることができたのか?」
怒られると思っていたデルホーンから、思いがけずやさしい口調でその言葉が出た瞬間、リアナの目から涙があふれた。
慌てて手で涙をぬぐうと少し下を向いて答えた。
「はい、家は……。家は焼け落ちていましたが、父と母の絵を持ち帰ることができました」
「そうか、行ったかいがあったね。
いちから勉強したい……か、スパイになる気持ちは固まったようだ。
では、寮に入るといい。
がむしゃらになることで、癒える傷もある。
だが焦る必要はない。それに自分を出していいんだよ、リアナ」
デルホーンは手を止めて、何かを書いた紙をリアナに差し出した。
「これを学校の寄宿管理部へ出してきなさい」
「あ、ありがとうございます、先生」
リアナは気づいた。デルホーンが自分を理解してくれていることを。
(まだ未熟で何もできないことも、私が焦っていることも……みんなわかってくれている)
デルホーンが身内のように感じられ、廊下を歩きながらうれしくて涙がこぼれた。
数日後、リアナは1人部屋の寮に入り学校で学びながら、諜報の任務の手伝いを始めることになった。
寮に入ると言ったとき、デイビッドはひどくすねて納得させるのが大変だった。
持ち帰った父と母の絵を見せて、家がなくなってしまったことを話し、2人で生きて行くためにも寮に入って学ぶ必要があることを話した。
しばらく泣いていたデイビッドは父と母の絵をベッドの脇のテーブルに置いて、眠りにつくまでずっと眺めていた。
翌朝デイビッドは、
「姉さま、僕は軍の学校に入れるようにがんばる。姉さまも寮でがんばってね」
そう言ってリアナを送り出した。
もうすぐデイビッドは10歳になる。
突然両親がいなくなり、姉のシンシアも遠くへ行ってしまった。
一度も連絡をしてこないシンシアは兄弟がいなくても寂しくないのだろうとリアナは思った。
シンシアの話をまったくしなくなったデイビッドが、どんな理由をつけて自分を納得させているのかと思うと涙がでてきた。
(姉さまに会わせる約束は守らなきゃ……。でもいつになるかわからない。
こうして毎日学校に通っているだけじゃ、あの家を出てデイビッドと2人で暮らすこともできない。
諜報の仕事をして、一人前になって、お金もためて……。
やだな……また泣けてきた)
授業を受けながら机に涙が落ちた。
答えは出せなくても考えなければいけないことが多すぎて、リアナの心は不安定になっていた。
半月後キーシャとモニカが帰国して調査の結果が報告された。
リアナはなぜかその件でデルホーンに呼び出された。
(見学さえもまともにできなかった私に、いったい何の説明があるの?)
呼び出された理由はすぐにわかった。
ベンジャス商会と魔女イーライの調査で新たにわかった関係者の中にエリトバ領主ジャンカルの名前があったからだ。
ジャンカルは父の妹の夫だ。
叔母のアンは病気で亡くなっていて、2人には子供がいなかった。
家に戻ったとき目にした、無残に捨てられた両親の肖像画や調度品などは、血のつながっていない叔父からしたらゴミ同然なのかもしれない。
だがあまりにも心ない扱い方でリアナは叔父に不信感を持っていた。
叔父がエリトバの領主としてこんなにも早く国から承認されたことも不可解だった。
キーシャとモニカの持ち帰った調査結果を受けて、軍の統括指揮官である王女アンジェリカが事態収拾に向け、急速に舵を切った。
当初の計画では、武器の横流しをした軍の幹部と、黒幕のベンジャス商会を両方つぶす予定だった。
だが今回の調査で、エンリッツ側の権力者が多数関わっていたことが発覚した。
当然ガタルンドが制裁を与えることができない者たちだ。
アンジェリカは仕方なしに、エンリッツ国にあるベンジャス商会本社への手出しはあきらめた。
エンリッツ国へはこちらが持つ情報を全て渡し、引き続きベンジャス商会をつぶすための協力はするが、ガタルンド国内の武器横領の一味は即座に捕らえることになった。
国内で泳がせていた武器横領に関わった者は即日捕らえ、保管場所の武器は回収、ベンジャス商会の支部は国外追放にし、それでこの件は手打ちとなった。
今後はエンリッツへ渡った武器の回収とバンデルク国へは使者を送り状況説明をする。
エンリッツの使者も同行し両国で起きたことをバンデルクへ報告することが決まった。
「先生!」
「な……なんだ」
「叔父のことを私に調べさせてください!」
デルホーンは少しため息混じりにチラリとリアナをみると、椅子にかけるようにうながした。
「それは他国の問題だ。言われればこちらも協力はするが、簡単に手を出すわけにはいかない。
全ての物と人のつながりは見えているんだよ。
あとは魔女イーライの問題だけだ。
先に商会の人間や関わった者を捕まえてしまったら魔女が逃げる。
時間はかかるだろうがイーライを捕まえることができればすぐに解決するだろう。
こちらは横領をとめたのだから、あとはあちらの結果を待つしかないんだ」
「両親の……。埋葬されているはずの両親のお墓がないんです。
叔父はなにもしてくれていないのかもしれない……」
「そのことか。実は私のほうでも動いている。大丈夫だリアナ、私を信じなさい」
デルホーンは正面からリアナの目を見つめて諭すようにそう言った。
「さあ、出かけるから君も教室へ戻るんだ。
君の叔父の件はなにかわかれば教えるから、首をつっこまないように」
(私を信じなさい……って。
先生は確実になにかをわかっていて、大丈夫だと言ってくれたのだろうか。
先生の言葉を信じよう)
デルホーンの心の内を読めるほど大人ではないが、最初の頃騙されたのではないかと思っていた気持ちはもうなかった。
(先生は厳しいけれど、私のことをわかってくれている。
言葉であれこれ説明をしなくても、ちゃんと気を配ってくれる。
お父様が私たちを託したいと思うほどの人……疑った私が間違っていたわ)




