蘇った記憶
マルベスの丘の近く、なだらかな丘陵地帯に入ったところで、杖をしまってアエロに乗った。
この辺りで人に会うことは滅多にない。
人との接触は禁じられていたが、両親の埋葬場所が気になり思い切って叔父に会おうか迷っていた。
答えがでないまま、懐かしい風を全身に受けてアエロで進む。
しばらくして、深い緑色の草が波のように揺れる丘に入った。
(大好きな私の丘……。ただいま!)
馬で走るように低空でマルベスの丘を飛んだ。
景色も風も以前と変わらず心地がよく穏やかだった。
木立をこえ、見守りの木のそばにおりた。
そこから遠くにみえる海を見たが、もう楽しい空想はできなかった。
以前、水辺で倒れていた人を助けたとき、その人が上着からひきちぎって手渡してきた勲章を、この木のうろに隠しておいた。
リアナはうろに手をいれ勲章を取り出した。
馬を返してもらうつもりはなかったので、ここに放置したままきちんと見たこともなかった。
赤いリボンの下にぶらさがる平たい花のような形の勲章は、白と金色の台の上に赤や緑の石がはめられている。
一目で国への大きな貢献者であることがわかるりっぱな物だった。
まだ2年前なのに随分と時がたってしまった気がした。
(あの人は無事に帰れたのだろうか……。私の馬は元気かしら)
そんなことを考えながら、遠くに見える海をみていた。
そのとき、こちらへ向かって丘を駈けてくる馬の足音が聞こえ、リアナは慌てて立ち上がった。
アエロに飛び乗り木立をこえて、マルベスの丘の草原に勢いよく飛び出すと、ちょうど走ってきた2頭の馬と鉢合わせをしてしまった。
上昇してよけたが、馬は驚いて両前足を高く上げてのけぞり、その勢いで1人が振り落とされた。
とっさに魔法で辺りの草に風を送り、その人をゆっくりと着地させた。
そのまま上昇しアエロに乗った状態で下の様子をうかがった。
(ど、どうしよう。 私のせいだ)
仰向けに倒れたままのその人は、上空のリアナを見つめて動かなかった。
「おい、大丈夫か!」
一緒にいた男性が馬を飛び降り駆け寄った。
(接触は禁止されているけど大丈夫か確認したい……。降りてしまおうか)
「アハハハ。 まいったね……すごいや」
その人は突然笑い出し、寝転がったまま額の上に腕をのせ、笑顔でリアナを見つめている。
「何言ってるんだ、頭を打ったか?」
「大丈夫だよヘンリー。見ただろう? 僕が浮いたの」
「あ……ああ、確かに。 いったい何者なんだ……」
ヘンリーは上空のリアナを見た。
落馬した男性は立ち上がると大声で叫んだ。
「君! おりてこないか、話がしたい!」
(もう……こうなったら、どうにでもなれ!)
リアナは降下しアエロから飛び降りると、すぐに謝った。
「申し訳ありません。 おケガはありませんでしたか?
脅かすつもりではなかったのですが……」
りっぱな軍服に身を包んだその人は、すっと片手を出して握手を求めてきた。
握手をうけるべきか迷いながらも、その場を取り繕いたい気持ちもあって、遠慮がちにリアナも手を出した。
改めて見たその人は、銀色の髪を赤い紐で束ねていた。
(あ……)
記憶は一瞬で呼び覚まされた。
(この人……あのときの……)
「ユベールだ。こっちのおじさんはヘンリー」
真っ直ぐにリアナの目を見つめるユベールから、リアナは少し視線をそらした。
「おじさんて言うな!
えーコホン、まあ多少おじさんかもしれないが、でもユベールとは10才しか離れていないぞ。
ヘンリーだ。よろしく」
ヘンリーは胸に手をあて頭をさげて挨拶をした。
リアナも片足を後ろに引いて、引いた足のつま先で地面をコンっとたたいて挨拶をした。
「私はリアナと申します。ほんとうに、ごめんなさい」
「もう謝らなくていい。私は大丈夫だから」
「馬も大丈夫そうだ。ユベール急がないとまずいぞ」
ヘンリーは2頭の馬の手綱を引いてユベールの横に並び1つの手綱を渡した。
「ああ、わかっている。
だが今は……彼女より重要なことがないような気がしてね」
「あ、怪しいものではありません。 身分証もここに……」
身分証を取り出そうとしたリアナの手の上にユベールが手を重ねてそれをとめた。
「そういうことじゃない」
「あらら……」
ヘンリーがあきれた顔でため息をついている。
「一応、身分証だけは確認させていただきますよー。私の役目なんでね」
身分証をヘンリーに渡し、偽物かばれないか落ち着かない様子で返してくれるのを待った。
「へえ……ガタルンドから来たのねー。いつ帰る予定かな?」
そう言いながら身分証をリアナに返した。
(良かったすぐに返してもらえた。怪しまれてはいないみたい)
「2日後には帰ります」
「なぜ町じゃなくてこんなところにいたの?」
質問に耐えられなくなったリアナはアエロに飛び乗り上昇した。
「あの……本当にごめんなさい」
「あっ、ちょっと!」
「あ……。ヘンリー、おまえのせいだぞ。 行っちゃうじゃないか!」
リアナは振り返らずにその場を飛び去った。
(かえって怪しまれてしまったかしら。でもうまく答えられる自信がなかった……)
リアナが去ったあとにヘンリーが言った。
「なにものかねー」
「なにものでもいいさ。鳥に乗る魔女かすごいな。 あれ?」
空からくるくると回転しながら落ちてくる小さな布の切れ端のようなものがユベールの目に入った。
ユベールはそれを拾い上げると、フッと笑って握りしめた。
「なんだったんだ?」
「大切なものを見つけたようだ」
そう言うとユベールは、リアナの飛び去った空を見つめた。
「へえ、まあいいけど。 あ、まずい、ユベール急ぐぞ! また王に叱られちゃうよ!」
リアナは宿に戻ると、他人と接触してしまったいきさつをキーシャたちに話した。
「まじか……。 やっちゃったか」
そう言いながらモニカが頭を抱えた。
「今回の任務の内容からして何か起きるってわけじゃないが。
人と接触するなと言ったはずだけど」
キーシャは明らかに怒っている。
「す、すみません」
リアナは2人の顏をまともに見ることができなかった。
「起きちゃったことは仕方がないが。
自分の身分証を見せて、相手の素性は聞いてない……か。
いた場所からしても、今回の調査対象者であるとは考えにくい。
だけど、任務中にこんなことがあっちゃいけないんだよ。
危険度が高い作戦だったら、仲間全員を危険にさらす行為だ。
リアナ、今夜ここを去れ」
キーシャはリアナには視線を向けずに言った。
「は……い」
その言葉に涙を必死にこらえながら部屋をでた。
あのとき接触してもなんとかなるだろうと思う自分がいた。
(スパイになるなら……自分を変えなきゃだめだ……)




