わが家へ
スパルクスへ戻ったリアナは、アンティの執務室へ向かった。
「無事でなによりだ、よくやったね。首尾はシーラから報告をうけた。
クッカラド国がなぜバルギスの山への侵入をやめなかったのか判明したし、君のおせっかいの方もうまくいったんだね」
「え? うまくいったって……なぜそれを」
「君より一足先に到着したクッカラドの使者が、もう山に侵入しないという書簡を持ってきた。
解決したから入らなくていいことになったものと理解したのだが?」
「はい、その通りです、解決しました。 あちらには私がスパイであったことは伝えていません」
「それが正解だ。これで任務は完了となる。約束通り許可証は作っておいたよ」
アンティは2枚の許可証を机に置いた。
「君の姉さんが早く見つかるといいね」
許可証を受け取るとリアナは笑顔になった。
「ありがとうございます」
「どうだろう、ここにとどまる気はないか?」
「ありがたいお誘いではありますが、片付けなければならないことが残っていますので。
今回の任務でそのことを終わらせる必要があることに気づけました」
「そうか……。気が変わったらいつでも来なさい。
困ったことがあったら遠慮なく言ってくるように」
アンティの気遣いと優しさにリアナは胸が熱くなった。
「はい、ありがとうございます。お世話になりました!」
リアナは敬礼すると部屋を出て行った。
ドアを開けるとすぐ横に、壁にもたれて立っているシーラがいた。
リアナは黙ってシーラに抱きついた。
「短い間だったけどありがとう」
「やだな……もう会えなくなっちゃうみたいじゃない。
また来てね! 絶対だよ!」
少し照れながらシーラがそう言った。
「うん、必ずくるから」
リアナはエンリッツへ一度戻るつもりだった。
(天空の村で会った人たちのように穏やかにそして正直でいたい。
私の心や考え方は汚れてしまって真っ白には戻らないけど、これからは正直に生きて行きたい)
罪があるならばそれを償って、また生きなおしたいと心に決めた。
そのためにもエンリッツへ帰ってデイビッドに全てを話さなければならない。
(自分のために……やり直す)
2日後、エルリッツへ戻ったリアナはクーバスの別荘へ行きそこの使用人から、自分たちが昔住んでいた場所に新しい家が完成したと話を聞いた。
家の敷地まで向かう途中で、すでに目が潤み視界が曇っていた。
近づくと新しい家の屋根が見えてきた。
(父様、母様、ようやく……家が。家族の家が戻りました!)
アエロから飛び降りたリアナは勢いよく扉をあけた。
「デイビッド!」
奥から足音が聞こえ、姿を現したデイビッドが全力で走ってくる。
「姉さま!」
デイビッドはリアナに抱きついた。
「姉さま、やっと僕たちの家がもどってきたよ! 戻って来たんだよ!」
「ええ……ええ。 戻って来たわね」
泣き出したデイビッドの頭をなでて、そっとデイビッドを離すと言った。
「あなたの居場所ができたわね」
「うん! でも僕だけじゃないよ、姉さまたちもだよ!」
「そうね……」
答えたリアナだったが、罪を償い人生をやり直すにしても、エンリッツに残るべきではないと思っていた。
(私の中できれいだった思い出は全部ここに置いていく。
12歳の夏に終わってしまった、楽しかった、愛おしかった家族の思い出も)
ユベールのことを思って切なくなっていたのがいつだったかうまく思い出せないほど、いろいろなことがあった。
それでもユベールの記憶には、罪をおかす前の自分の姿だけをとどめておいてほしかった。
生涯会わずにいるためにも、この国から去るしかなかい。
「おかえり、リアナ!」
後ろからクーバスが現れ声をかけた。
「ただいま、クーバス様!」
そしてリアナは今まであった出来事の詳細をデイビッドとクーバスに話し、今から罪を償うためにバンデルク国へ行って出頭することを話した。
「そのことはもう心配いらないんだよ。ちょっと待っていなさい」
そう言ってクーバスは席を立った。
「心配いらないって……どういうこと?」
戻ってきたクーバスは手紙をリアナに渡した。
「デイビッドは何があったか知らなかったから私の口からは言うべきではないと思って黙っていたのだが
君が全てを話した今ならこの手紙の内容を話せる。
デルホーンからの手紙でね。
少し前に届いたものなんだが、バンデルクで起こったことや君とシンシアの置かれている立場のことも書かれている。
そしてリアナ、君の罪はなくなったそうだ」
「え?」
「君が周りにつくしたことが、きっと返ってきたんだろうね。君は無罪で、自由なんだよ」
「ああ……」
リアナは口を手で押さえ目をうるませた。
デイビッドも袖で涙を拭っている。
「ただし、残念だがシンシアは罪に問われるらしい。
何か手がないかデルホーンは考えてくれていると思うが……」
リアナとデイビッドは顔を見合わせ困惑の表情を見せた。
「デルホーン先生を訪ねてみます」
「そうだね、そうしたほうがいいだろう」
そのあとデイビッドから、少し前に届いたルーシャから送られてきた手紙を渡された。
手紙には罪がなくなったことと、アンジェリカが戻ってこいと言っていたことが書かれていた。
そして折りたたまれた紙が入っていた。
それはリアナが伯爵家へシンシアを訪ねて行ったときにルーシャから借りたウィッチローブのポケットに入っていたものだという。
その紙を開くとそれは、あのとき部屋にあったシンシアが描いた家族の絵だった。
シンシアはリアナをマヒさせて立ち去る前に、自分の描いた家族の絵に走り書きをして、リアナの服のボケッとに忍ばせた。
それがこの絵だった。
「こ、これって……」
リアナが最初にシンシアの部屋でこの絵を見つけたときは、絵の右下に『私の家族』と書かれていたが、その文字の前に『愛する』という文字が付け加えられていた。
「愛する私の家族……」
その絵のなかの家族はみんな笑顔だった。
リアナはデイビッドにその絵を見せて、あの日あったことを話して聞かせた。
デイビッドはその絵を壁にピンでとめた。
そして2人で絵の前に座って話をした。
「姉さま、シンシア姉さまもここに連れてきて……お願い」
「できるかしら……。もう姉さまのことは追わないつもりだったの。
姉さまも放っておいてほしいかもしれないと思って。
でもこの絵をみたら……。
本当は姉さまも私たちと一緒にいたかったのかもしれない。
フッ、この絵の中の私たちは、なにが起きてもずっと笑顔のままね」
「これからは、ずっと笑っていたい。 姉さまたちもだよ!」
「そうね……」
「それにしても、シンシア姉さまってこんなに絵が上手だったんだね。あとで額にいれなきゃ!」
「うん、お願いするわ、ステキな額にしてね!」
そしてその日の夜、デイビッドからユベールが白い馬を返しに来たことを聞いた。
その話を聞いたリアナは、ドックンっと心臓が強く鼓動し思わず胸を押さえた。
(馬をって……どうして? あのとき助けたのが私だって気づいていたの?)
「それで姉さまへの伝言をたのまれたの」
「そ、そう、伝言を。 なんておっしゃっていたの?」
リアナはなんとか平常を装った。
「えっと『長い間かりていてすまなかった』それと『君に会えて良かった』と、伝えて……」
リアナは部屋を飛び出した。
「姉さま!」
リアナはいてもたってもいられなかった。
デイビッドの前で取り乱してしまいそうだった
アエロに乗ってマルベスの丘へ向かった。
(この胸の痛みは未練とか悲しみとかじゃない。何かが終わってしまった寂しさ)
止まらずに速度を上げて低空で夜の丘を走った。
そうすればこの気持ちを振り切れる気がして。
(ユベール様と出会ったときのこと、再会したときのこと、そして夜宴……。
少ない思い出を回想すると、うれしいような悲しいような複雑な気持ちになる。
初恋の残り香が全て消えていく……。さようならユベール様、私もあなたに会えてよかった)
大切なものをなくしたときに感じるせつなさだけが残った。




