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別れの挨拶を花びらに変えて

 山を下りる日、メリッサから手織りの布に包まれた荷物を預かった。

 何色もの糸で織られたその布には、メリッサの名前が刺繍されていた。

「お預かりいたします。お元気で」

「ありがとうリアナ。この感謝の気持ちは言葉では言い尽くせないわ」

 メリッサはリアナを抱きしめた。


 アエロの登り路は氷の粒がぶつかることも皮膚が切れるほどの風もなく、空気の筒が下まで続いてるような場所だった。

 ただしそこから外れてしまうと、再びあの風雪に巻き込まれてしまうため、慎重に真っ直ぐ下降した。

 難なく地表に降り立つと、チャガスが話していた大木が立っていた。

(次に来るときはここから上る……そんな日は来ない気がするけど)

 戻ることはないと言いながら、記憶にとどめようとしてしまう。

(ほんの少ししかいなかった場所なのに……。

 アエロに乗る人たちの村なら、どんな私がそこにいても、許されるような気がしてしまう)

 山にかかる雲に目をこらして、その先にあるはずの天空の村が見えないか試してみる。

(見えるはずないのに……)


「メリッサ様からの預かりものをお届けに参りました!」

 わずか3日での帰還に王も王妃も驚いていた。

 手織りの包みの中にはガルベスとメリッサの手紙、そして王の孫であるレミナの描いた絵も添えられていた。

 織物に刺繍されたメリッサの名前を見た王妃は、それを胸にあてて涙を流した。

 そんな王妃を見ながら王も目を潤ませていた。

「リアナ、ありがとう。 近々2人がここへ来てくれると手紙に書いてあった。

 私は家族として暖かくむかえるつもりだ。 王妃、異存はないね」

「はい、もちろんごぜいません。リアナ、本当にありがとう。

 私はあなたに何をしてあげたらいいの? 感謝の気持ちを形にしたいわ」


「でしたら……。私を解放してください」

 王と王妃は一瞬驚いた表情をし、王妃はとても残念そうに視線を落とした。

 このまま黙ってクッカラドを抜け出して、スパルクスへ戻ることはできた。

 でも今のリアナは堂々とこの国を出て行きたかった。


「そうか……わかった。

 では私からのお礼として、王の縁者だけが持つことを許されている特別な許可証を君に発行しよう。

 今後、君がいかなる立場になろうともこの国に無条件で入国でき、いつまでも滞在を許す。

 それくらいはさせておくれ」

「はっ、謹んでお受けいたします」

 そう言ってリアナは下肢づき頭を下げた。


 翌朝、王宮の庭園で散歩をする王妃とおつきの者たちの前に、アエロに乗ったリアナが現れた。

 リアナはアエロからは下りずに庭園の花を空中に舞い上げ、それを細かい花吹雪にしてまき続けた。

 たくさんの花吹雪がやむと、遠くにさっていくリアナの姿があった。

「ありがとう、リアナ。いつかまだあなたに会いたいわ」

 王妃はつぶやいた。


 ◇――ガタルンド国で。

 その日ガタンルドのセイゲル隊長のもとにラミが訪れた。

 セイゲルは、リアナの足取りは一向につかめないが、彼女を引き取って面倒をみていたデルホーンに会ってみてはどうかとラミに提案した。


 そしてデルホーンの執務室にラミが案内された。

「マルテ国のラミレス王子がリアナを探しておられるとは……」

 困惑した表情でデルホーンが言った。

「あなたはリアナの保護者だったのか?」

「はい、リアナの父とは古くからの友人でした。両親がなくなったあと私が面倒をみておりました」

「そうか……。そんなあなたでも行き先がわからないと」

「はい。リアナは自分も姉も逃亡者だと思っているのでしょう。

 姉を守り、そして周りに迷惑をかけないために姿を隠しているのかと。

 リアナに関してはもう容疑はなくなっているのですが」


 そのときドアをノックしキーシャが入って来た。

「至急、諜報部へお越しください。シンシアがバンデルクに現れたようです」

 顔を見合わせたラミとデルホーンは、すぐに部隊棟地下の諜報部へ向かった。

 部屋にはバンデルクから来たチャドがいて、シンシアがバンデルク王都に現れたことを伝えにきていた。

「兄が……マーシャルが言うには、シンシアはリアナの罪を消すために死ぬ気なんじゃないかと。

 わざと1人で戻って来たんだろうと言っていました」


 デルホーンは顔色を変えた。

「私はシンシアを止めに、バンデルクへ行く」

 デルホーンの言葉を聞いたセイゲルがすかさずキーシャに命令を出した。

「キーシャ、次の任務までは間があるはずだ。デルホーン先生について行くように」

「了解です!」


 それを聞いていたラミも、デルホーンたちとは別に、1人バンデルクへ向かった。


 ◇――バンデルク国で。

 翌日、バンデルクへ到着したばかりのデルホーンに伝えられたのはシンシアの拘束の情報だった。

 デルホーンはマーシャルを介し、牢の中で治療を受けているシンシアへの面会を申し入れた。

 だがシンシアの意識が戻るまで待つようにと言われた。


「ダスカル、レイチェル……君たちの娘を守ってやってほしい。

 あの子たちは望んで今の状況にいるわけではない。

 運命に翻弄され、親もなく自分の力だけで歩こうとした結果なのだ。

 どうかお願いだ、シンシアを助けてやってくれ」

 夜の庭園でデルホーンは不憫な姉弟たちのために天に祈った。


 翌日、シンシアは意識を取り戻し、牢に入る許可が出た。

 デルホーンは牢に入ると、今朝庭で摘んだ花をシンシアの枕もとに置いた。

 つぶれてしまったシンシアの片目は傷は治っても視力は戻らない。

 シンシアは香る花の匂いに少し笑みをうかべた。

「いい香り。どなたですか?」

「デルホーンだ。会うのは初めてだね」

「デルホーン……。あ……リアナとデイビッドがお世話になった」

「そうだ。ダスカルの友人であり、レイチェルのこともよく知っている」


「はっ……私が生きていたらリアナが!」

 そういってシンシアは起き上がろうとしたがデルホーンが静かに肩を押さえた。

「大丈夫だ。リアナは罪に問われない。安心していい」

「ほ……本当に?」

「ああ、本当だ。君のこんな姿を見たらリアナが悲しむ。早く元気になるんだ」

 シンシアの目から静かに涙がながれた。

「よかった……」


 その夜、留置所の高い位置にある窓から、シンシアは夜空の星を眺めていた。

 片方の目で眺める夜空は、ぎこちなく物足りない。

 そしてルルクスのことを考えた。

「あなたもかわいそうな人だった。 力がほしかったのは、怖いからなのよね……」

 シンシアはゆっくりとベッドから降りると、デルホーンにもらった花を手にとった。

「この香りが……天のあなたに届きますように」

 そう言って花を持った手を窓に向けて高くかかげた。

 すると、ステッキを持っていないのに風の魔法が発動し、花を窓の外に送り出した。

 花は散り散りになりながら風にのり、ルルクスがなくなくった杭の周りに散らばった。



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