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スパイになる決意

 ◇

 特別クラスの訓練風景を校舎2階の廊下から眺める人影があった。

 1人はデルホーン、そしてもう1人は白い軍服を着た者とその従者。

 白い軍帽には金色の帽章(ぼうしょう)が付き、頭に乗せた程度のその軍帽からは金色の巻き髪があふれ出していた。


「ほう、他の子供達とは毛色が違うか。おもしろい。身元は確かなのだろうな、デルホーン」

「はい、あの子たちの父ダスカルとは、一緒にエンリッツ国の諜報員をしておりました。

 ダスカルの父が亡くなりエトリバ領主を引き継ぐことになったため、彼はその役目を退きました。

 妻レイチェルは古代魔法士であり、道具を持たずに魔法を使いその威力もすばらしいものでした。

 子供達がその血を継いでいる可能性は十分にあるでしょう」


「ダスカルと言う者……そちの友であったのだろう?

 その子供たちを国の道具にしてしまって構わないのか?」

「しかるべきときに、引きあげさせて頂きます」


「なるほどな……お前らしい。

 そういえば、一昨日崩御したエンリッツのフランツ国王の葬儀が3日後に行われる。

 葬儀前だというのにバンデルク国から国の統合の申し入れがあったそうだ。

 ユベール王子はまだ17だ。 強気にその話をつっぱねたそうだが、政治をするには若すぎる。

 優秀な側近がそろっていたとしても内部からの火種もわいてくるだろう。

 あちらが落ちれば次は我が国が狙われる」


「バンデルクへの諜報活動を増やしますか」

「そうだな……エンリッツと手を組むことができれば、バンデルクへ対抗できるだろう。

 それにはバンデルクの弱みがほしい」

「承知いたしましたアンジェリカ王女様。 策を講じてみます」

 ◇


 数名を残してほとんどの生徒がライリを手に入れた。

 大はしゃぎするデイビッドをいさめるのに手こずっていると、そこへデルホーンが戻ってきた。


「出来なかった生徒はまた後で挑戦しなさい。 ヒラリー先生その手はずをたのみます」

「はい、承知いたしました」


「ライリは諜報活動をするうえで非常に重要な役割を果たす。

 だから手に入れられないものは、不適正となり必然的に一般クラスに戻される」


(ちょ……諜報活動? このクラスはスパイを養成するクラスなの?)


 昼食をとるため、校内の食堂の屋外にあるテーブルにリアナとデルホーンは座った。

 デイビッドはヒラリーに小さい子供向けの食堂につれていかれた。

 リアナにだけ話したいことがありデルホーンがヒラリーに命じたのだった。


「先生、今日見学したクラスに入るというわけではないですよね?」

「入れるつもりがあるから見学させた」

 デルホーンはリアナに視線をむけることもなくそう答えた。


「諜報活動の話をしていましたが……スパイを養成するクラスなのですか?」

「そうだが、何か不服なのか」


「ど……どういうことですか、私たちにスパイになれと?」

「ダスカルも……君の父親もそうだった」

「え……」


 父親がスパイであったことを始めて知った。

 スパイの仕事を理解していないリアナには、それがショックを受けるべきことなのかも判断できなかった。

「君の両親を襲った者たちが単なる野盗でなかったとしたら、国へ戻ればまた狙われる可能性がある。

 だから犯人が明らかになるまで、君たちは元の身分で自国へ戻るべきではない。

 そしてここで暮らすのであれば私の養護を受けるしかない。デイビッドもいるしね。

 私は養護するその見返りとして、君たちが諜報員になることを望む。

 独り立ちできるようになれば、いつでも解放してあげるよ」


(私たちに養護が必要なのはわかってる……でもひどすぎる。

 父様の友達じゃなかったの! 私に選択できる道がないことを知っていて追い詰めている。

 この人は最初からこれが目的で私たちを引き取ったのかもしれない)


 デルホーンが言うことはもっともで言い返せない自分に腹が立った。

(私だけなら食べられないことがあっても問題ない。でもデイビッドには不自由を感じさせたくない)


「君たちがスパイになれるかはまだわからない。

 今日会ったばかりだし、力がまだ測れていないからね。

 適性がない、あるいはあっても拒否をすると言うなら、ピエールの所に戻って仕事を探すがいい」


「弟は……もし適性があっても見逃してもらえませんか?」

「見逃してほしい……か。 では見逃すかわりに、君は何をしてくれるんだ?」

「え……そのかわりって」


(今度は弟を見逃すための見返りを求めている……どうすればいい)


「あなたのもとを離れることができるその日まで、この国に命を捧げます」


「フッ……。よろしい。 弟には世話係を付けよう。

 君は立派な諜報員になるために死にもの狂いでがんばるんだ。

 ほしい物はね……そうやって手に入れるんだよ」

 ナプキンをテーブルに置くと、デルホーンは去っていった。


 姿が見えなくなってからリアナは泣いた。

 ぬぐってもぬぐっても涙が止まらない。

(涙とまれ!)


 邸宅に戻ると、デイビッドがライリをなでながら今日食べたデザートやお菓子の話を楽しそうにしてきた。

(この笑顔を続けさせるためにも早く独り立ちしてここを出る。

 父様、母様見ていてください。

 デイビッドを一人前にして、私は……あなたがたの仇を討ちます)


 諜報員としての活動を始める前にどうしても一度家に戻りたかった。

 あの家で暮らしていた自分に、今までの自分にけじめをつけるために。


 夜デルホーンの部屋を訪ねた。

「お願いがあってまいりました。明日エンリッツ国へ行きたいのですが、許可をください。

 それと装備を買いたいのでご用立てください」


「何をしにいくのだ」

 デルホーンは口元で手を組むと厳しい目でリアナを見た。


「家を見に行きたいのです。 おそらくもうじき取り壊されるでしょう」

「家か……いいだろう許可する。 馬でいくのか?」


「いえ……私にはアエロという鳥がいますので」

「レイチェルが持っていた……あの鳥をもっているのか?」

「はい」

「そ……うか。 わかった。

 今持っているこの国の身分証は預かろう。

 君に何かあったとき、養父である私の名前がでるのも面倒なのでね。

 装備はステファノに言えば店を教えてくれるから、そこで好きな物を買いなさい。

 デイビッドには、明日から世話係のメイドが付くから安心して行ってくるといい」

「ありがとうございます」


「ああ、それと。 明日学校に立ち寄りなさい」

「承知しました」


 リアナは、連れて行けとだだをこねると思い、家に帰ることはデイビッドには言わなかった。


 変わり果てた家を見るには勇気がいる。

 家を見れば、封じ込めておいたあの夜の記憶も引っ張り出される。

 ただ、何もなくなってしまう前に行っておきたかった。

 消えてしまう前に家にのこる愛すべき人たちの面影を追ってみたかった。

 そして父と母の絵を持ち帰りたかった。


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