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それぞれの場所へ

 朝日の差し込む明るい食卓で、おはようと声をかけ合って家族でテーブルをかこむ朝は、もう二度と手に入らない。

 ダスカルは、自分たちに何かあった場合、子供たちが頼ることができる親戚や知人の連絡先を、随分前にピエールに渡してあった。

 2年前には子供たちに身分証の刻印をし、ガタルンド国には家までも準備してあった。

 おそらく襲われる可能性も相手も、そしてその理由も承知していたのだ。


(父様と母様がいなくなったのは本当のことなんだろうか。

 待たせたねと言って、2人がここに訪ねてくるかも……。

 家は燃えていなくて、ほんとうはすべて夢だったんじゃ……)


 幾度もそう考えては、やはり現実なのだと思い知らされ、こぼれる涙と苦しみにもがく自分がいた。

 シンシアはいらつき、デイビッドは泣き疲れて眠ることを繰り返している。

 そんな2人の様子を見たリアナは、父が言った「何かあったときはデイビッドを頼む」という言葉を思い出した。

(父様はこうなることがわかっていた。私がデイビッドを守らなくちゃ……)


 下唇を強くかむと袖で涙をぬぐい、住まいを整えるために家具を配置したり片付けをしているピエールの手伝いに行った。

 体を動かしていれば、すこしは悲しみから解放される気もする。


「リアナ様、私がやりますので大丈夫です」

「いいえ、ピエール。

 あなたのおかげで私たちは生き延びられたけど、これからは務めて庶民にならなければ、と思っています。

 泣いている暇もないわ」

 そんなリアナを見てピエールは悲しそうに笑った。


(犯人は身近にいたのかもしれない。いったい誰が……)


 リアナたちが今頼れる大人はピエールしかいない。

 姉であるシンシアをあてにすることはできなかった。

 ピエールはガタルンドに到着後、以前ダスカルから渡されていた親戚や知人たちの連絡先にすぐに手紙を出した。

 だが戻ってきたのは2通だけだ。

 1人はダスカルの遠縁で大国バンデルクにいるスノーラン伯爵。

 ひきとってもいいが、子供1人だけならとの条件付きだった。

 もう1人は同じエンリッツ国のエリトバ領出身で友人のデルホーン。

 現在はここガタルンド国で魔法学校の教師をしている。

 デルホーンはとても真面目で厳しいが信頼のおける人物だとダスカルはピエールに伝えていた。


「私はスノーラン伯爵家へ行くわ!」

 シンシアは即答した。


「姉さま、私たちと離れてもいいの?」

「別に……問題はないでしょう?」

「寂しくは……ないのですか? 妹や弟を見捨てても平気なのですか!」

「デイビッドにはあなたがいるじゃない。 デイビッドも私といるよりリアナがいいでしょ?」


「そう言うことじゃない!」

 うまく言いたいことを言えないリアナは、言葉のかわりに涙があふれた。

 でもその涙を今この姉には見せたくはなかった。


 不安げなデイビッドの顏を見たらますます悲しくなり、リアナはデイビッドの手を引いて2階の部屋に行った。

 小さなバルコニーに出て、手を伸ばして近くの木の葉を数枚とると、デイビッドに渡した。


「さあ、今夜は何をして遊ぶ?」

 不安そうだったデイビッドの顏が一瞬で笑顔になった。


「んーとね。 夜空に光の玉!」

「よーし、今日は私に勝てるかしら?」


 前の家にいる頃から魔法の練習もかねて、リアナはよくデイビッドと魔法をつかった遊びをしていた。

 リアナが葉の1枚を指ではじき夜空へ飛ばすと、葉は飛びながら光の玉になり、パンっと大きく輝いてはじけて消えた。

 デイビッドはこれと同じことが目で合図するだけでできてしまう。

 この子は将来、きっとすごい魔法使いになるとリアナは思った。


「あーあ、やっぱり姉さまの大きさにはかなわない」

「あらでもだいぶ大きくなったわよ。もっとやりましょう!」

「うん!」


 シンシアがスノーラン伯爵家へ行くのを止めることはできない。

 姉に頼るつもりではなかったが、いなくなることへの心細さはあった。


 数日後スノーラン伯爵家からの迎えの馬車に乗り、シンシアはバンデルク国へ嬉しそうに旅立っていった。

「ごきげんよう。 みんな元気で、たまには遊びにいらっしゃいね」


(なんて簡単に去って行ってしまうの……)


 デイビッドは小さな声で「さよなら」と何度も言いながら馬車が見えなくなるまで手を振っていた。


 そして同じ日、リアナとデイビッドはピエールにも別れを告げた。

「ピエール、この家はあなたのものです。

 父から預かったお金もあると言っていましたが、それもあなたの為に使ってください。

 こんなことでしかお礼の気持ちを伝えられませんが、あなたは私たちの命の恩人です。

 もし今後、私たちが困ったときには……泊めてくださいね!」


「リ……リアナ様……いつでも来てください。ここはあなた方の家だ」

 泣き出したピエールと握手をして、リアナとデイビッドはデルホーン家の迎えの馬車に乗った。

 今度は馬車の小窓からピエールの姿が見えなくなるまでデイビッドはずっと手を振っていた。


(デイビッドはこの2つの別れをどう受けとめたのだろう……)

 リアナはデイビッドの手に自分の手を重ねた。


「シンシア姉さまとはもう会えないの?」

 そうリアナに聞くデイビッドの目には今にもこぼれそうなほどの涙がたまっていた。

「そんなことはないわ。 落ち着いたら会いにいきましょうね」

「うん!」


 デルホーンの邸宅は実にりっぱで、伯爵である自分たちの以前の住まいと遜色がなかった。

 出迎えてくれたのは執事長のステファノとメイドだった。

 荷物をほとんど持っていない2人にステファノが驚いていた。

 2人は最初に体を洗われて、どこかの学校の制服を着るように渡された。


「デルホーン様からお二人を魔法学校へお連れするように仰せつかりました。

 御者が待っておりますのでお乗りください。

 あちらで一緒に昼食を取りたいと仰せでした」


 言われるがままに馬車にのり、しばらく走ったあと馬車は王宮に入っていく。


「王宮!? 魔法学校は王宮内にあるんだわ。

 着いてそうそう王宮に入れてしまうなんてすごい。

 デイビッド見てごらんなさい」


「うわぁ……こんなに広かったら迷子になっちゃうよ。 姉さま、手を放さないでね!」

「フフ、もちろん!」

 デイビッドの表情が明るくなるとリアナも笑顔になれる。


 デルホーンの部屋に通されると、待っていたのは想像したよりも随分と若い人物だった。

 茶色の巻き髪を後ろで束ね、鋭い切れ長の目つきには近寄りがたい雰囲気があった。

(友達って聞いていたけれど父様よりずっと若い……)


「ダスカルのことは残念だったね。

 レイチェルのこともよく知っている。希な才能の持ち主だった。

 君たちには出来る限りのことはしたいが甘えた人間にはなってほしくない。

 生きるために努力を惜しまないこと……これは約束してほしい。

 それと私のことは先生と呼びなさい」


「はい、お約束いたします。 デルホーン先生」

「よろしい」


「私の受け持つクラスは特別なクラスで優秀な生徒が多い。

 昼食までに1つ授業があるから2人で見学するといい」


 デルホーンの後についていくと、そこは教室ではなく校舎裏にある大きな広場だった。

 そこには30名ほどの生徒がいて、2人を見るなりみんな一様に怪訝そうな顔をした。

 デイビッドほどの年の子供もいればリアナより明らかに年上の人達もいた。


「見学の生徒がいるが気にせず授業に集中するように」

 デルホーンのその一言で生徒たちの表情は明るくなり、一斉にざわつきだした。

「よかった、見学だって」

「追い出されるかと思ってひやひやしたよ」

「僕もだよ。 こんな時期になぜ新入生がって」


「静かに。明らかな不適正が認められない限り君たちが追い出されることはない。

 人を連れてきただけでそんな心配をするような者は不要になる可能性はあるがな」


 話をしていた生徒たちは下を向いてしまった。

(デルホーン先生、厳しい……)


「今日はまずライリというネズミに似た魔獣に刻印を行ってもらう。

 ライリは個人に付き従う魔獣になるので、大切にしてやってほしい」


「姉さま、ネズミの魔獣だって。僕もほしいな」

「シーッ、私たちは生徒じゃないの」


 その後、ヒラリーと言う教師が刻印の仕方の説明をした。

 そしてデルホーンはどこかに行ってしまった。

(えーっと。デルホーン先生はいなくても、私たちは最後までここにいればいいのよね……?)

 そんな疑問を抱きつつ授業を眺めていた。


「まず洗脳の呪文を体得するため、私の書いた伝呪紙から呪文をはがすことから始める!」

 ヒラリーは大声でそう説明しながら、小さな伝呪紙を生徒に渡し、それを生徒たちが順番に次の生徒へ回していった。


「伝呪紙に手を置いて、呪文をはがしてみて。

 自分のものになるように念じればいいのよ。

 洗脳の呪文が体得できれば、伝呪紙の呪文記号は消えるわ。

 そしたら次は、刻印石に洗脳の呪文を書き込む。

 これも刻印石に手を置いて念じるの。

 成功すれば石に文字が現れる。

 失敗がかさんで魔力量が不足したら魔力補充薬を渡すので申し出るように」


 ライリは呪文を刻印した者の命令にだけ応じ、成長するとさまざまな変化を見せるが、持ち主の個性や力により成長の度合いやその変化の仕方は変わってくる。

 伝呪紙の上に手を置き呪文をはがすことに奮闘する生徒たちを、2人はただぼーっと眺めていた。


「リアナ、デイビッドこちらへ」

 ヒラリーが2人に声をかけると、生徒が一斉にこちらを見て、向けられた視線は決してやさしいものではなかった。

(私1人ならいいけど……デイビッドがいるのに)

 少しイラつく心を落ち着かせながらヒラリーのもとに行った。


「あなたたちも試してみて。 デルホーン先生がそう言ったのよ」

 伝呪紙からの呪文はがしは物心ついたときから2人ともやっていた。

 よほど難しい呪文でなければ難なくできてしまう。

 2人は伝呪紙に手を置くこともなく、持った瞬間に体得し、呪文記号は消えていった。


「あら驚いた。あなたたち、すごいわね」

 周りの生徒たちの中には、さっきよりももっと嫌な視線を向けている者がいる。


 刻印石への洗脳の呪文の書き込みも1回で成功し、ライリを選ぶように言われた。

 箱の中には黒や茶色のライリがおとなしく座っていた。

 1匹だけグレーのライリがいてそれをデイビッドが手にとった。


「姉さま、僕これがいい」

「そう。じゃあ私は真っ黒なこの子にするわ」


 刻印石をライリに当てると、小さな魔法陣が浮かびすぐにすっと消えた。

 その途端、リアナのライリは頭の上にのり、デイビッドのライリはポケットにもぐりこんだ。


「わあ、姉さま、僕のライリだ!」

 リアナはうれしかった、あの事件のあとで一番の笑顔をデイビッドが見せてくれた。


 ふと周りを見ると、またにらまれている。

 デイビッドの手をひいて、集団の後ろの方に移動した。

(デルホーン先生、いつ帰ってくるの!)



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