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壊された明日

 ガシャンとガラスが割れる大きな音とともに馬のいななきが聞こえ、子供部屋の同じベッドで寝ていた3姉弟は驚いて目を覚ました。


「なに……なにが起きたの」

 窓の月明かりが差し込むベッドの上で、動揺した姉シンシアがシーツを強く握りしめている。

 3人はすぐにベッドをおりて、リアナは弟のデイビッドの両肩に手をおいた。

「姉さま、お父様たちのところへいきましょう。 外でなにかが……」


 バタンと勢いよくドアが開き父ダスカルが子供たちのもとに駆け寄った。

「すぐに裏口から馬車に乗りなさい。ピエールが待っている」


「い……いや! お父様と一緒でなきゃいや!」

 ダスカルはデイビッドの手を握ると、シンシアの言葉には答えずに部屋を出て行った。

「姉さま、行きましょう」

 リアナは姉の手を取り、引っ張るようにして廊下に出た。

 ふと、靴だけはもって出ようと姉の手を放し部屋に戻ると3人の靴を抱えて廊下にでた。

 すでに姉の姿はなく少しがっかりしたが、いつもの姉の所業とあきらめ裏口に急いだ。


「リアナ、早くしなさい!」

 小声で言う父のシャツは夜目でもわかるほど汗だくだった。


「ねえ、お母様は?」

 ダスカルが口に手をあてシーっと言うがシンシアは聞く耳をもたない。


「おい! そっちは見たか!」

「いや、火の手がすごくて中に入れない!」

 誰だかわからぬ男たちの怒号が聞こえ馬車の中でぶるぶると震えるデイビッドをリアナは抱きしめた。


「私こんなの嫌よ!」

「レイチェルは……おまえたちのお母様は……もう助からない。

 ピエール頼んだぞ!」


 ピエールが馬にムチを入れると、その瞬間、裏口近くの部屋の窓が割れ炎が吹き出した。

 泣き出したデイビッドが後ろを振り向かないようにリアナは弟の頭をかかえた。

 シンシアは馬車の床にへたれこみ呆然としている。


「ハィヤー!」

 ピエールの掛け声がかかるたびに馬車は大きく揺れ、3姉弟はどこに向かうとも知れない旅にでた。


 ◇


「さあみんな、ここに来て並びなさい」

 父の呼びかけに部屋で遊んでいた3姉弟はすぐに駆け付け横一列に並んだ。

 父はテーブルに置かれたアクセサリーケースの中からひし形の輝く石を3つ取り出した。

「これは魔光石に竜の鱗を入れて加工した刻印石と呼ばれるものだ。

 この石に竜の爪で作ったペンで文字を書くと、その文字を体に刻印することができる」


「きれいな石ね、赤、緑と青……宝石みたい!」

 シンシアはそう言いながらその石を日の光にかざした。


「きれいだろう? 同じ竜の鱗でも発色はさまざまなんだ。

 色の違う3つの石を手に入れたから、おまえたちの出生証明を書いてみた。

 赤はシンシア、緑はリアナ、そして青はデイビッドだ。

 さっそく今から刻印をしてみよう」


「お父様どうして出生証明の刻印がいるのですか? すでに身分証ももっていますのに」

 シンシアが言うのはもっともで、生まれたてでもなければ庶民でもない自分たちになぜ今、出生証明の刻印が必要なのか疑問だった。


「まあ、ちゃんと説明はするから。とりあえず刻印をしよう」

「跡にのこるような物でしたら、私はいたしませんわ!」

「大丈夫、透鏡(とうきょう)を当てなければ見ることはできないよ」


 透鏡は王家だけが所有することが許され、王宮内にある聖堂に保管されている。

 この大陸にある他の国もみな一様に王家が透鏡を管理していた。


「そうだな、左腕の肩のあたりにしよう」

 リアナは父がすることには無条件で従う。

 そこに疑問があったとしても、尊敬する父のすることに間違いはないと信じていたからだ。

 その石を腕にそっと押し当てると、一瞬輝き痛みもなく吸い込まれるように消えていった。

 少しの間、緑の枠の中に文字も浮かんだが、それも徐々に見えなくなった。


「本当だわ。 消えてしまった」

 シンシアは刻印された腕の部分をこすって感心していた。


「さてなぜ刻印が必要か……まあ一言でいえばもしもの備えといったところかな。

 実は御者のピエールの家族としての偽の身分証もつくってあるんだ。

 戦争や襲撃はいつ起きてもおかしくない。

 ここを離れ、身分をいつわって生きなければならないことが起きても、本当の身分はこの刻印で残る」


「そんな恐ろしいこと……考えたくもありませんわ!」

 そういうとシンシアは部屋を出て行ってしまった。

 父は苦笑いしながら小さくため息をつくと、デイビッドを抱き上げた。


「重くなったなデイビッド。 もう抱き上げることが難しくなってきた」

「僕もう7歳だよ、だっこの歳じゃありません!」

「アハハ、そうだな。

 シンシアは13歳だが……リアナ、10歳のおまえのほうがいつも冷静だ。

 何かあったときはデイビッドを頼む」


「はい、お父様。 でも……どんなときもデイビッドを守るのはお父様であってほしいです」

 父は目を細めてこれ以上ない笑顔をみせると、リアナの頭をなでた。


 エンリッツ国で一番大きなエリトバ領を治めるダスカルは、伯爵の身分ではあったが庶民からの信望も厚く領主としての評判もよかった。

 妻レイチェルは病弱だが国王のいとこであったことから、一族からは一目置かれる存在であった。


 リアナとデイビッドは母の部屋のドアをそっと開けて中の様子をうかがった。

 母は起きていて傍らにはシンシアがいた。


「母様!」

 我慢できないデイビッドは母に駆け寄り靴もぬがずにベッドに飛び乗った。

「デイビッド、靴はぬぎましょうね」

 デイビッドは慌てて靴をぬぎ始めた。


「母様、今日はおかげんがいいの?」

「ええ、リアナ。 とっても気分がいいの」

「よかった!」

 リアナも母に抱きついた。


「さあ今日はみんなに何の魔法を教えてあげようかしら」


 母レイチェルは杖やステッキがなくても魔法が使えた。

 リアナと弟は母と同じ魔法が使えたが、父と姉はステッキがないと魔法を出せなかった。

 母はそんなシンシアのために、ステッキで出せる魔法ばかりを選んで教えた。

 本当は、周囲のあらゆる物に魔力をのせられる母の魔法をリアナは教えてほしかった。


 リアナは家庭教師が来ない日はきまって馬でマルベスの丘を走り回る。

 そしてお気に入りの『見守りの木』のそばで遠くにみえる海に思いをはせた。

 ここからは北の隣国、バンデルク王国の城のシルエットも見えて、空想の題材には事欠かない。


(船にのって異国の旅にでたら、最初にどんな出来事がおこるかしら。

 海賊船におそわれる? 勇敢な私は海賊と渡り合いやがて友になる……)

 そんな空想の世界に身を置く時間がとても好きだった。


 リアナには、呼べばすぐその場に姿を現してくれる秘密の鳥がいる。

 リアナと母にしか見えない鳥アエロ。

 それは姉には見えないから母とリアナ2人の秘め事だ。

 アエロにまたがれば杖がなくても空がとべる。

 だが大人になるまで内緒にすると母と約束させられ、普段は馬に乗ってこの丘まできていた。


 町の散策も大好きだった。

 御者(ぎょしゃ)のピエールに頼んで父には内緒で町の子供たちが着ている服を用意してもらった。

 母に結ってもらった髪をほどいてその服を着ると、その瞬間町の子に変身する。

 そして自分の庭のように町の中を歩き回った。

 今日もこのあと町へおりる。リアナは楽しみで仕方がなかった。


 寝転がれば青い草の匂いに包まれて、聞こえるのは木々にぶつかる風の声だけ。

(なんて気持ちがいいんだろう……)

 ちょうどいい気温と自然だけの音にかこまれ、うとうとしだした時だった。


 ダーンっと何かが落ちるような音がして驚いたリアナはすぐに立ち上がると近くの木の裏に隠れた。

 こんなに用心深くなったのは母のせいだった。

 アエロが見える子供は悪い人にさらわれるとさんざん脅かされてきたせいで、1人でいるときは神経が過敏になってしまう。


 馬を手で引きながら、音のした方向へ歩いていくと山から流れてくる浅い川に人が倒れていた。

 上着の下の白いシャツは真っ赤に染まり、一目でケガをしているのがわかる。

 赤い結び紐で結わえられた銀色の髪の先にも血がついていた。


『アエロ、姿を見せて。その人を草の上に寝かせてちょうだい』

 リアナがアエロに命令すると、姿を見せたアエロは、あしゆびでその若者を掴んでそっと草の上に寝かせた。

 動かすとき、かすかだが声を上げたので生きていることはわかった。

 治療の魔法が使えないリアナは、持っているだけの万能薬を飲ませ、魔法で生命力の回復を行った。


 辺りをみると、倒れていた場所の上の崖が崩れている。

(あそこから落ちてしまったのかしら……。でも傷は、刃物の傷)

 意識はないが止血はできたので、再びアエロに命令をした。

『アエロ、馬にのせて』

 若者をのせた馬をひいて帰ろうと、リアナが手綱をもった瞬間、その若者がリアナの手首をつかんだ。


「何者……だ。 私をどこへ」

「き……気づかれたのですね。

 万能薬を使いましたが完全に傷がふさがっているかわかりません。

 体力は魔法で回復しました」

 するとその若者はずり落ちるように馬からおりて、ふらつきながらそこに座り込んだ。


「まだ無理はなさらないほうが……」

 うつろな目でリアナを見た若者は上着についている勲章を乱暴に引きちぎり、リアナに手渡した。

「すまなかった。馬を……貸してもらえないか。

 その勲章を役人にみせれば、後で馬とともに褒美を届けさせる」


 そう言って立ち上がると、勢いをつけて馬にまたがった。

「驚いたな……どんどん体が軽くなっていく。君は優秀な魔法使いなんだね」


 若者はこちらの返事もまたずに馬のわき腹を強く蹴ると、走り去ってしまった。

(まだ馬をかすって言ってないのに……しかも褒美って……)

 そう思いながら、自分の服装を見て納得した。

(確かに、褒美をあげたくなるわね)


 ザワザワと音をたてる木が、ポツンとそこに残されたリアナを笑っているようだった。


(あの人は……おきざりにされた私がここからどうやって帰るのかを考えなかったのかしら。

 まあ、アエロがいるから大丈夫だけど!)


 お気に入りの白馬だったが、馬を返してもらいに行く気はさらさらなかった。

 それなりの身分のある人だとわかったし、自分を助けた馬なら大切にしてくれるだろう。

 褒美がほしかったと思われることがとにかく嫌だった。

(さて、馬をなくした言い訳をどうしよう……)


 リアナの魔法は近くにある小石や枝など何にでも魔力を乗せて、思うようにそのものを動かすことができる。

 さすがに人のような大きなものは無理だが。

 魔法は杖やステッキをもたなくても指や手を動かすだけで発動する。

 機能系の魔法は生命力の回復しかできないためいつも万能薬を持ち歩いていた。

 母はまだ成長できると言っていたが、習得できる魔法はその者の個性に関わるらしいから何ができるようになるのか予想はつかない。


 馬をなくした事件から2年の月日がすぎ、刻印の話や失くした馬のことも話題にのぼらなくなったころ、プライドの高さに拍車がかかった姉シンシアの横暴ぶりが目に余るようになった。

 シンシアは15歳になり爵位持ちの貴族の子供たちが多く通う学校に入ったが、家族のみならず学友にまでわがままをごり押ししたり、人を傷つけるセリフをはくのは天下一品になっていた。


端正(たんせい)な顔立ちに父親譲りの青い瞳と母に似た透けるような金色の髪をなびかせ王女のような立ち居振る舞いで闊歩するシンシアを、将来息子の嫁にと申し出てくる伯爵もいるほど彼女は美しく優雅だった。

 毎朝メイドにコテで丁寧に髪を巻いてもらい、その日着る服や靴は前日の夜に準備する徹底ぶりだ。

 そしてある日、とうとう王族になると言いだした。

 妄想のなかで王妃になっていたシンシアは、家族すら見下すようになった。

 両親も手をやいてはいたが、家族みんながシンシアを好きだった。

 だからこそ変わってほしいと心から願った。


 デイビッドは、栗色のくせ毛も青い瞳も、父のそれと同じだった。

 なぜかリアナだけは赤毛だったが、瞳の色は母と同じ青みがかったグレーだ。


 12歳になったリアナは家庭教師から教わる礼儀作法や貴族の所作などを仕方なくやっていた。

 でも許されるなら野山を裸足でかけまわったり、異国の地へ冒険の旅へ出てみたかった。

 それがかなわないことは承知している。

 だからお気に入りの『見守りの木』のそばで、火山洞窟で魔獣と戦ったり魔王軍と対峙する……なんて、激しく危険な空想をして楽しんでいた。


 そしてその年の夏。 あの事件が起きた。

 後にピエールに聞いた話だと、家に火をつけたのは父だった。

 リアナたちを逃がすための時間稼ぎをするためだ。

 あのとき既に父は毒の矢を受けていて、母も同じ矢で射貫かれたのをピエールは見ていた。


「燃えている間は家族の生死の確認ができないから、追っ手を送られる前に国境を越えるようにと。

 野盗にみせかけた誰かの仕業だと旦那様は言っておられました」

 ピエールは涙をぬぐいながらそのことをリアナに伝えた。


 あの夜、ピエールは止まらず馬車を走らせ、夜中に国境をこえることができた。

 そして宿をとりながら3日後に父がガタルンド王国に準備しておいた家に着いた。

 失意の中のはずなのに、シンシアは住まいのみすぼらしさに狂ったように泣きながら怒っていた。

 彼女は悲しみをそんな形でしか表現できなかったのかもしれない。


 泣き疲れて眠ってしまったデイビッドを膝に抱えながらリアナも泣いた。

 涙はぽろぽろと絶え間なく流れ落ちるのになぜか泣き声が出なかった。

(母様、涙を止める魔法を教えてくださったらよかったのに……)


 リアナたちに訪れるはずだった明日は、あっという間に壊されてしまった。

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