SO-081「見えない火種とお嬢様・前」
『なかなか話が本題に入りませんね』
「それだけ何とも言えない状況なのでしょう……恐らく」
小さな書く音と、つぶやきは会議の騒ぎに消えていく。王も帰還しての会議は重苦しさと、騒がしさが混ざり合うとてもややこしい状態だった。その理由は宝物庫の地下に合った物……だけではない。むしろそちらは些細な扱いだったと言える。
結局、北国は正常ではないことが改めてわかったのだ。人が戻ってこないという北の王都へ、ブリザイアの精鋭がついにたどり着いたとき……王都は人と魔物、どちらともつかない異形であふれていたという。
ブリザイアと同じように、王都の異変に気が付いてやってきた北国側の兵士と、一時休戦を結び一緒に確認を行うという普通では考えられない行動も王都の異常性が生み出した物と言える。
竜をよみがえらせようとした奴らや、他にも動いていた奴らはこの事を知っていたのか、知らなかったのか。あるいは……異常だと思えない存在になっていたか。
ともあれ、王都にひしめく異形を前に、一体どれだけの激戦となるかと思った戦いはあっさりと終わった。数は多いものの、抵抗らしい抵抗が出来ずに刃や矢の前に沈んだというのだ。考えてみれば、補給も何もなくただただ、王都にとどまり続けた集団だったのだ。
攻めこむ直前には同士討ち、共食いのようなことすら始めていたために攻撃を決意したのだというから、後には屍が残るのみだったのも納得だ。
気が付けば会議はそのことに話が移っていた。俺が記憶する限り、3回目の説明をさせられた遠征組は少し疲れた様子だが姿勢を崩すことなく、立っている。アレストお嬢様はそれに気が付き、王へと顔を向け……ちょうどこちらに視線を向けていた王と向き合う状態となる。そらした視線の先にいる兵士達に気が付いた王は、下がっていいと告げた。
当事者がいなくなることで、逆に会議は活発になったような雰囲気が産まれる。出来れば彼らを糾弾するような内容でないと良いのだが……。
「被害はその時の囮に使った食料と荷馬のみ、ですか」
「人の食料に誘われるとは、やはり元は人間……」
「失われた邪法の1つでありましょうが、一体どこから……」
俺の願いはある意味伝わらず、あれやこれやと議題は踊り話がまとまらない。今は色々と意見を出させようというのか王は静かなままだ。そんな中、お嬢様は壁際で佇んだまま。戦地には出向いていないのだから話すことがないだけであるが、考えることもあるからだ。
そんなお嬢様の代わりに会議から重要な話を聞き逃さないようにと意識を向ける俺。多少寄り道はしていると言っても、やはり国を運営してるということは優秀な証なのか話はいつしかいくつかの要点に絞られた。
1つは、何が原因で異形と化したのか。そしてそれはどこから来たのか。他にもありそうなのか、そんなところだ。北国の領土の占領は今後他国と調整のうえで行うことになるだろうことが決まった。戦争の勢いで多少は奪い取った形になったが、北国の異常さはすぐに他にも伝わる。となれば普通の戦争とその結果ではないと気が付き……そのまま全部占領すると厄介な話になりそうということだった。
(というか、謎が解明されてないのに占領したところで同じことが起きないとも限らないもんな)
どちらかというと、原因不明の呪いやら病気やらで占領した兵士達が異形と化す方が怖いだろう。
「妙な魔力反応があったというのは確かなのかね?」
「ええ、王城を中心に……玉座には、緑軽銀を加工した宝珠が鎮座していたそうです。異様な力を放出し続けていたため、魔法使いたちがその場で処理をしたようですが……独断と処罰するのは得策ではないでしょう。むしろ、対処できただけ幸運です」
緑軽銀。俺の宿るさすまたにも使われている特殊な金属だ。使いようによっては伝説の勇者の振るう剣ともなり、悪役の使う秘密の儀式にも役立つある意味ではトンデモの塊である。多くは一般には考えにくいだけの力を発揮することで知られている。
「……道具は使いようですわ。ただ、お聞きしてる限りではその宝珠は最初からそう言う目的だったようですわね。私から申し上げられるのはそのぐらいですけれども……」
視線が集まったのはもちろん俺。緑軽銀が使われていることは周知の事実である。だからと言って緑軽銀を使った物全てが同じようなことが出来るとは思って欲しくはない。お嬢様はそんな気持ちを代弁するかのように告げ、正面から視線を受け止める。
「原因はその宝珠として、どこから来て何のために……仮に狂王と化したとしても回りがいさめるでしょうな。その様子が無いということは、最初はそんなつもりではなかったが気が付けば……という場合と、黒幕がいるかのどちらかではないでしょうか……王よ、身辺にご注意なされませ」
「無論。アレストよ、宝物庫より臨時に守りとなる物を見繕って名簿を提出せよ」
王の言葉に場が少しざわめく。これまで1人1つとしてきた宝物庫の物品の制限を解除するという宣言なのだ。それは力に頼りすぎても己の成長が鈍くなるという考えからで、多くの支持を集めていた考えでもある。だが、正体不明の出来事はその考えを改めるほどの影響を与えているということか。
「すぐに。地下の封印も同時に行うため、いくらか既知の魔女から素材の確保をしても?」
「お待ちください。王よ、地下の精査はよろしいのですか?」
許可をもらい、退室しようとしたお嬢様の足を止めたのはジャスタ卿……ではなく、そのそばにいた別の人間だった。彼と同じく、国内の問題に対処する偉い人だったはずだ。普段顔を合わせないから特に印象には残っていない。
「お言葉ですが、下手に干渉すると何が起こるかわかりません。であれば元々そうであったように、あることすらわからない状況に戻すのが一番かと思います。それに……」
そこで言葉を切り、こちらに集まる視線の熱を感じながらしっかりとお嬢様は彼らを見つめ返す。手の中の俺ですら感じる視線の強さだ。相当な物に違いないのだが、さすがというべきだろう。
「一振りで山を削る斧や、そっと撫でただけで肉が腐れ落ちる魔性の杖。地下にあるのはまさに伝説そのもの、それだけの力を感じる物ばかりでした。万一にも使われて欲しくない物品は人の手に余りますわ」
きっぱりと断言したその中身の異常性に、他の面々も呻きながら黙り込む。沈黙を肯定とし、一礼の後に部屋を出ていく。
速足で歩く先は外部からの人間が待たされる応接間の数々がある区画。偶然と言えば偶然だが、たまたま知り合いの魔女たちに集まってもらい、北国で起きていた事件の相談をするところだったのだ。扉を開けばそこは魔女のお茶会となっている。
「ごきげんよう、皆様方」
「おや、不機嫌が顔に張り付いているよ」
開口一番、魔女たちの中でも一番年上っぽいおばあちゃんの差し出すカップには並々とお茶。結構な勢いがあったのに静かな水面のそれにお嬢様もじっと押し黙り、小さく頷いてまずは一息となる。
部屋には魔女たちの持ちこんだ様々な薬草や機材等である意味怪しい状態だ。知らない人が見たら、どんな怪しい実験をするのかと勘違いされてもおかしくない。
「失礼しま……!?」
「ホルダー、ノックぐらいしなさいな。……あら? 貴方方は」
部屋の光景に驚いた様子のホルダーの背後には2人の人影。それは北国から逃げる形でブリザイアに身を寄せた2人組だった。彼らなら何か知ってるかも、しれないところだ。
帰るべき国ももうないも同然となれば彼らが裏切るといった心配もないと判断したのか、簡単に事情を説明すると2人そろって頷きを返してきた。
「私も話だけだが……古い遺跡を見つけらしいのだ。かつての大戦期の。そこには多くの知識が眠り、当時の物品も残っていたという。正直に言えば、その中の1つがかの竜が目覚めた原因ではないかと思っている。ともあれ、恐らくはその中に件の宝珠があったのだろう。幸いというべきか、我々は影響を受ける前にこちらに出てきていたわけだが……」
話を聞いたお嬢様の先導で、宝物庫からの見繕いと、地下への道の封印。両方が動き出す。問題は……結局中で動いて良いのはお嬢様とホルダー、そして王族ぐらいだということだった。




