SO-079「血で染める覚悟」
大地から空へと舞い上がるかのように立ち上がる巨体が王都の城壁を襲っていた。その正体は、巨人族のスプリガン。遠い土地にいるはずの彼らがどうしてかこんなそばにまで来ていた。
『まさか、地下をずっと!?』
「だとしても速すぎますわね。恐らく……かつての時代にも同じことを計画していたのでしょう」
ブリアイザにとっては幸いなことに、戦争そのものは大規模な物とはなっていない。どこで何があるかわからないという点では不用意に進軍できないが、抵抗らしい抵抗のないまま徐々に陣地は増えている。後はこのまま相手の王都へと攻め入るかどうかといったところだ。
だからこそ、王都の守りも予定よりは確保できている。まさに突然の出来事だというのに、既に避難が始まっていることからも兵士達の優秀さがわかろうというものだ。屋根の上を走るというちょっと普通ではできないことを行いながら、眼下で行われているそんな兵士達の活躍を見る。
足を止めずに向かう先はスプリガンの1体。その手には地下を掘り進んできた証拠だろうか? スコップにも見える板切れを鈍器のように使い城壁に叩きつけている。確かにあの巨体がくぐるにはこちら側の門は狭いし、乗り越えるのも大変だ。だからと言って……頭がいいのか悪いのか、イマイチ判断がつかないところだ。
『と言っても放っておくわけにもいきませんね!』
「数が出てこないとも限りませんわ……今のうちに!」
火災の原因はそんなスプリガンが壁越しに投げた瓦礫のせいだった。たまたま民家を直撃し、火事になったようだ。そちらにも兵士達が向かっているのを確認しながら、一気に壁を飛び越えてスプリガンに迫る。
「ガッ!?」
『遅いっ!』
迫る気配に気が付いたようだがこちらを向く前に棒状になった俺が首元に力強く叩きつけられる。相手への打撃になっているかは少々怪しいところだが、注意を引くには十分だろう。まるで大きな虫に刺されたかのように慌てて首元を抑えるスプリガンはまさに人を大きくしたかのような姿だった。
着地した場所からも、思った以上に王都に近い場所から相手が出てきたのがわかる。恐らく地下をそのまま進もうとし、例の結界にはじかれて地上に出てきたのだろう。もぐらもどきのビッケを追い立てただけでなく、ここまで来るとは……目的はやはり、宝物庫にある物の一部だろうか? 当然と言えば当然だが、お宝の中には人間の手による物ではない物もある。自然の宝石もその1つではあるが……。
「欲しい物があるからと、奪いに来るようではお話になりませんわよ」
ここまで来ると、どっちが良い悪いという話でなくなってくるのが難しいところだ。どういう経緯で宝物庫にそれらが収められたかはわからず、元々彼らの物だろうからと単純にあげるわけにもいかない。こちらが出来ることは、こうして守り防ぐことだけだ。
先にお嬢様をなんとかしないと邪魔、と判断してくれたらしいスプリガンがその手の板切れを振り回している中、視界に新たな影が現れる。予想通り、追加のスプリガンだった。それが最終的には5体。
『まずいですね……どうにかしないと』
「電撃も連発は出来ませんわね……? 良い反応ですわ!」
お嬢様がスプリガンを睨みつけている間に、無数の矢が飛んでくる。それは避難を終えたのか城壁の上に立ち並ぶ兵士達からの援護射撃だった。1本1本は人で言えば大した大きさではない矢だろうが、当たり所やその鋭さを考えると十分な力となる。
「油と火矢を! 相手は生き物ですわ!」
「しかし、それでは!」
お嬢様に当たる、その言葉はお嬢様自身の行動でかき消して見せた。まだ飛んでくる矢の雨の中を敢えて進み、自身は無傷でスプリガンたちに一撃を加えて見せたのだ。見れば門からは剣や斧を構えた兵士達も出てきている。恐らくはいくらかは騎士団長の元、既に討伐経験のある兵士達なのだろう。
彼らと共に牽制をしている間に準備された火矢が次々にスプリガンを脅かし、さらに現れたスプリガンも同様に対応となる。俺はその間、お嬢様が望むままに腕を打ち、足を打ち、スプリガンの動きを止めていく。
「立ち去るならばよし、去らぬのなら……ここまでです」
小さくつぶやいたお嬢様に、俺は覚悟を感じていた。プラクティス家、そしてお嬢様の信条は不殺必縛だ。宝物庫や城内を血で汚すわけにもいかないという考えであるが、あくまでもそれは守る先にある物だ。そもそもの問題として、守ることの方が大事なのは言うまでもない。
ここは覚悟のある人だけがいる戦場でもなく、閉じられた空間でもない。すぐそばに、戦えない人もいる日常の場所なのだ。信条を優先するあまり、本当に守るべきものを守れないのでは意味がない。
「自分が抑え、誰かが殺めたのならばそれは私が殺めたのと同じこと……ずっと、わかっていたはずですもの」
『お嬢様……』
例えばそう、捕えた侵入者がどうなるかと言えば碌な目に合う訳がない。でも自分が手を下してないから問題ない……それは見方を変えればとてもおかしな話だ。だからといってみんな自分の手でどうにかしたらいいのかというと難しいところではある。
「ここは通すわけにはいきませんから……いざ!」
気迫に満ちた体が振るうのは俺というさすまた。俺自体は相手を殺すための道具ではない。それでも使い方によってはそう変わらない、それを証明するときが来た。
咆哮をあげるスプリガンの1体へと迫り、その足に繰り出される一撃が鈍い音を立てた。俺にとってみれば素手を叩きつけているかのような感覚ではあるが、確実に相手の骨を砕いたのがわかる。咆哮の代わりに悲鳴を上げて倒れ込むスプリガンに兵士達が素早く駆け寄り、刃を沈めていく。
緑の草原が、所々血色に染まっていく。漂う匂いが、命が奪われたことを否応なしに全員に知らせた。この時ばかりは、匂いも感じられない自分の体がもどかしく、せめて気持ちだけは一緒にいよう、そう思いながらお嬢様の振るうままに力を繰り出す。
それから太陽が傾くまでの間に、出現したスプリガンは20を超えた。
「アレスト様」
「……終わりですの?」
動くスプリガンがいなくなってもなお、お嬢様は俺を構えたまま奴らの出て来た穴を睨み続けていた。兵士の1人に言われ、ようやくそれに気が付いたようだった。構えを解いたお嬢様の視線は下に向かい……返り血で赤くなった自身の服にため息が漏れるのだった。
スプリガンの目的が宝物庫の中にある物だとしたら、彼らが全滅するまで襲われる恐怖は残るのだろうか……そんな不安を残したまま、王都の襲撃事件は終わりを迎えた。




