SO-078「争いの先は」
「行方不明者多数とは、穏やかではないな」
「ええ、まったく。だからと言って、前線に確かめに行くとは……」
事情を知る者にとっては頭が痛い、としか言いようのない北からの報告。それはフェリテ王子にとっては前線への興味を引く物に違いないと思う。安全な後方であるブリザイア王都にて待機していることに対するもどかしい気持ちはわからないでもない。
「わかっている。護衛をつけるなとも言えず、かといって自分が動けば人も動かないといけないことは……な。それでも兄上たちが前にいるということはもどかしいのだ」
「私は、フェリテがいてくれて嬉しいですよ」
陽だまりの中、花咲くような笑顔でそうささやくフリーニア様に、何も言えないでいるフェリテ王子は歳相応の男の子、といったところだろうか。2人とも心配するのは北国へと向かっている王たちだった。個人的には王か長男ぐらいは王都にとどまった方が良いと思うのだが、早め早めに処理をすることを狙っているらしい。
「お二人がいらっしゃるからこそ、王たちは前を向けるのだと、私はそう思いますわ」
お嬢様の慰めにも、二人の表情はやや硬いところがある。大きな問題はなくなったと言っても、まだこちらに反撃する輩がいないとも限らない現状、前線はやはり安全ではないのだ。どうしても心配してしまうだろう。それに、今話していたことも気になる。
『帰ってこない、か。こちらの兵士に倒されたとか捕えられたではないんだよな……』
一人、いや一さすまたで壁に立てかけられた状態で微妙に揺れて呟く。お嬢様が報告を受け、ざっくりとだがフェリテ様たちにも話した内容は不思議な話であった。別の国の、敵対している相手のことだからと単純に喜べる話ではない。
話の内容は、あちこちで行方不明者が多数いる、ということだった。ある日突然、ということではないようで、とある場所に向かって用事があってでかけた人が兵士、一般人を問わず戻ってこないらしい。それもこの半年ほどだというのだ。
(それだけなら、ただ単に都会に行って戻ってきてないだけという線もありうる……少し苦しいが)
いつの時代も、都会の生活を夢見て出ていき、戻ってこない若者はいる。多くは夢破れてと戻って来た利、現地であまり良いとは言えない生活になったりするのだが……どうもそれとは違うように思う。
手紙も何もなく、本当に戻ってこないのだ。
「問題は、王都に行って戻って来たという人物が皆無ということですわね」
『そんな馬鹿な話が? 商売のために行き来するぐらいあるでしょう……』
俺が微妙に揺れていることに気が付いたのか、手に取ってつながるお嬢様へ向けて考えを伝える。前よりも書き出さなくても伝わることが増えた。やはり一度入れ替わったということは大きいようだ。あれは魂と言える部分が入れ替わるからなってそれは別の話だ。
ともあれ、王都となれば例えば畑の数は少ない。どうしても外から食料やあらゆるものを取り込む必要がある。都市というのは、物を消費する場所なのだ。加工品が出てくることもあるが、基本的には……都市だけでは存在できない。
随分と思い出してきた記憶をたどっても、大きくなればなるほど外部に依存する物だ。だというのに、食料の動き、それすらないというのは異常も異常だ。
可能性としては1つ。例の古代の邪法による洗脳のようなものが結構前から始まっており、王都はその影響に飲み込まれていたということだ。恐らくはアダムたちが戻ったころはまだ正常だったのだろう。少なくとも、表向きは。裏では既に始まっていたかもしれない。
『目的は、なんなんでしょうね? 首謀者が死んでしまってるのでは、計画も何もありませんよ』
「首謀者? そうか……北の王は死んだのだったな。どういうことだろうか」
「そんな、どうして……」
まだ年若い2人にこういった話をするのは教育の内に入るのだろうか? ちょっと気になるところだが知らないまま動かれるよりはきっと、良い。2人が驚いているように、一連の動きにはおかしな部分がある。仮に竜をよみがえらせ、死を気にしない兵士で戦争を続けたとして、その後はどうなるのか。
その土地を占領していく人材が必要だし、支配する人間も必要だ。この場合、勝った側の王が支配するというのが当然のことだ。だが、北の王は死んでしまった。自身が異形になるという結果を残して。
「話を聞いた限りでは、時間切れになったように苦しみ出したとのことですから……まだこの戦争は裏があるのかもしれませんわ。窮屈かもしれませんが、安全な場所でお過ごしください」
「苦労をかけるな」
堂々とした返事をするフェリテ様に対し、フリーニア様は柔らかく頷くのみ。どちらも性格がよく出ている仕草だと思う。仕えたくなるという点ではどっちが良いということも無いが。
戦争は終わっていないが勉強の時間ということで二人はやってきた教師の元、あれこれと学びの時間へと向かうことになった。何もせずいるというのも大変だろうからこのぐらい動いていた方が良いのかもしれない。
『最後には北を全部吸収して終わりですかね?』
「国土を倍にするというのは苦労は倍では収まらないと思いますわ……かといって統治者不在で放置というのも……このあたりは私が考えても仕方ありませんわね」
確かにこういったことは他の文官、例えばジャスタ卿等の仕事だ。お嬢様は強い、強いがあくまで個。土地を治めるという力ではなりのだから向き不向きがあって当然だ。プラクティス家自身、かつては領地を持っていたのだが守り手に集中するということで家を分け、そちらで管理させている。
「落ち着いたら、そのあたりも見直さないといけませんわね。守り手も増やしていかないと……」
そうつぶやいて中庭に出た時のことだ。地面が、揺れた。
最初は誰かが大規模な魔法でも撃ったのかと思った。それにしては音がしない、不思議な揺れだったのだ。そして再びの揺れ。そこでようやく、地面が大きく揺れたことに気が付く。
『お嬢様!』
「わかってますわっ!」
まずは護衛、その対象である2人の元へ……残像が残りそうなほどの速さで一気に駆け出したお嬢様。そのまま慌てている城内の人間を半ば無視し、王子たちが勉強している部屋へと飛び込み……さらなる揺れが城を襲った。
「机の下へ!」
部屋に飛び込んだ俺たちが見た物は、激しく揺れる部屋の家具たち。王子たちの頭上には灯りとなるきらびやかな……まずい! 机の下に隠れてもあの大きさだと……!
それからはほぼ無言の動きだった。大きさを変え、硬い網目模様にとげを組み合わせた俺を力強く振るい、天井から落ちて来たシャンデリアをはじくようにして壁へと飛ばすことに成功する。大きな音を立てて壁にぶつかり、砕かれる様子に悲鳴が上がる。
「ご無事ですか!」
「あ、ああ……この揺れは、何事だ?」
それがわかったら誰も苦労せず、わからないと答えようとしたであろうお嬢様。だが続けての気配に、言葉が止まる。気配そのものは遠いが、嫌な気配としか言いようがない。
「お姉様?」
「あれは……」
縋り付くフリーニア様を助け起こしながら見つめる先は、外。やや高い位置にあるこの部屋からは王都の様子がよく見える。その街並や、騒がしさも……そして今は、遠くに黒煙が見える。ただの火事ではない、そのことをこの気配が教えてくれている。
「アレスト様!」
「ホルダー、良いところへ。お二人を安全な場所へ」
二人をお嬢様が守り、ホルダーに様子を見てもらうという手も間違いではない。けれど長年の経験が訴えている。これはお嬢様でないとだめだと。そのことはホルダーだけでなく王子たちにも伝わったようで、大人しくホルダーに連れられて移動していく。
「まさか、まさかとは思いますが……」
外へと駆け出すお嬢様がちらりと振り向いた先。そこにはずっと守ってきた宝物庫がある。
戦争の外の戦いが、俺たちを追って来た。そう感じるのだった。




