SO-077「絡み合う想いとお嬢様」
その日、国が1つ消えた。
正しくは、国の頭がいなくなった、ということだろうか。いなくなったのは他でもない、北国の王たちだった。望んだ物なのかそうでないのかはわからないが、なぜか前線近くに来ていた相手側の王がほぼ単身で突撃して来たかと思うと異形と化し、暴れまわったのだという。
幸いにもブリアイザ王のそばにいるのは国の主力だった。多少の犠牲は出たが元北国の王は刃に倒れ、その死体は人間の姿に戻っていたということだった。確か北にはその王と親戚が少しばかりいるだけ。後継者がいない、それが北の悩みだったと記憶している。
「失礼ながら、ただの影武者では?」
「私もそう思ったのだがな。相手側のそれからの混乱ぶりは見ていて戸惑うほどだったのだよ。かろうじて自制の効いたであろう指揮官の元、逃げ惑うかのように立ち去って行ったのだ」
ブリザイア王、大勝す。その報が届いたのは兵士達を捕えて数日後のことだった。まさかこちらが多くの捕虜を確保したとは思っていない王からの使者は顔なじみとなった騎士団長と騎士の一派。こちらに彼が来るということは戦い自体はひとまずケリがついたということになる。
「王は国境沿いに一部を配置の上、北との対応を考え直すそうだ。まだ兵力自体は各地に残っているからな」
そんな騎士団長から見ても、現場は異常だった。話を聞く限りは、どうもこちら側と同じような雰囲気を感じる。この戦争は、ただの戦争ではないという点で。
「となると今後は必要に応じて領土の切り取りですわね。出来ればあまり騒動が無い方がいいのですけれど……」
宝物庫に引きこもっていたい、人によってはそう思っても仕方がないと思う。だけど我らがお嬢様はあくまで国の宝物を守ることを誓った人間である。物は作り直せばいいし、最悪使えないようにしてしまえばなんとかなる。ただ、人はそうもいかないのだ。国にとってその人が宝であるならば、命を受けたように守ることをするのがプラクティス家の役割だ。
お嬢様もそれは当然わかっていて口にしている。そこに込められた意味を騎士団長も正しく察したのか、深く頷いている。そう、出来れば騒がしい中で守るのではなく、日々の何でもない平和な時間を過ごせるのが一番であると。
「一度戻られるがいい。王もそのうち戻られるだろうが……お二人の護衛もお役目だったと記憶している」
「お心遣い、感謝しますわ」
事情を説明すると、騎士団長は力強く頷いてくれた。そういう作戦とはいえ、守るべき王族2人から離れた状態の行動は気になるところだったのだ。もちろん、2人の元にはホルダーもいるわけだが昼間は王族、夜は宝物庫となれば気の休まる時間はほぼないだろう。
命令を下す人がおらず、虚ろな表情で何もせず縛られている兵士たちをちらりと見、王都へと戻るお嬢様の顔には笑顔はなかった。
しばらくぶりの王都は前とあまり変わらないように見えつつも、随所に戦争の影響が出ているようだった。例えば門番も人数が増えているし、見張りの壁の上にも見張りが常駐しているようだ。いつもなら、定期的な巡回だけで済ませているだろうに、だ。
「アレスト様、我々はこれで」
「ええ、私もすぐに参りますわ」
ここまで一緒だった兵士達とは別れ、半ば散策をしながら王城へと歩いていく。時折感じる視線の多くは羨望に近い。アレストお嬢様だとわかっているのだ。ドラゴンスレイヤーであり、巨人族とも戦ったことがみんなにも知られているのは良い事なのか悪い事なのか。
(悪いことではない……かな)
そう感じられるのは、お嬢様を見つけて駆け寄ってくる孤児院の子供達や、声をかけてくる街のみんなの態度だ。以前はただ宝物庫を守っていればいいと思っていたところもある俺だが、お嬢様と暮らすことでその考えも変わってきている。人も、かけがえのない宝なのだと。
「アレスト!」
「フェリテ様……」
王城へと戻ったお嬢様を迎えたのは兵士だけでなく、そんな兵士らに守られる形でやってきたフェリテ王子だった。戻ってきたという報告を聞いて走ってきたのか、頬も少し赤い。ここにいないということはホルダーはフリーニア様についているのだろう。
けがはないかと聞いてくる王子の前で膝をつき、五体満足ここに、とやや芝居がかった返事をするお嬢様に最初はフェリテ様もぽかーんとしていたが、そのうちに笑い出した。そのぐらいの余裕はあるということが伝わったんだと思う。
「さあ、話を聞かせてくれ。姉上と一緒ならば護衛の手間も省けるだろう?」
「申し訳ありませんが、彼女にはこちらで聞きたいことがございます。状況は普通ではないようですので」
廊下の向こうから静かにやってきた声の主はジャスタ卿。その手には戦線の報告書なのか紙の束が握られている。整えてはいるが、かなり疲れている様子だ。
「ジャスタ卿……ええ、確かに。フェリテ様、後でお伺いさせていただきます」
心情的にはフェリテ様のほうを優先したいところではあるが、今のお嬢様はただ守るだけの存在ではない。戦争の一部として作戦を行った身である。必要に応じて報告もしなくてはいけない。ジャスタ卿は王都を守るべく待機していた人員の1人である。
招かれた先は恐らくはジャスタ卿の私室。思ったよりも質素で、必要なもの以外置かれていないという印象を受ける。どこからかやってきた侍女の入れるお茶の香りもなかなか良い物だ。
「相手の作戦は失敗した、そう思っても?」
「ええ、あんな昔の物を持ちだしてくる作戦はそう何度も行えないはずですわ。私も文献で見たきりですから……」
果たしてあの戦いは戦いと呼んでよかったのかも怪しい。もちろん、兵士と兵士がぶつかり合い、血で血を洗うような物が本当の戦いだ、なんていうつもりもないのだが……。
多少省いたが、お嬢様から不気味な兵士達の説明を受けたジャスタ卿は考え込んでしまう。戦争を行う上で、計算できない戦力というのは確かに厄介この上ない。
「アレスト嬢には前に出てもらわない方がいいかもしれん」
「……それは、大人しく後方にいろと」
少し、ほんの少しだが部屋の空気の感じが変わったように思えた。前から思っていたが、ジャスタ卿はお嬢様が活躍することを喜んでいないうちの1人だ。だがそれはお嬢様が嫌いというよりは……。
わずかな沈黙がさらに広がろうかという時、バタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえた。普通の勤め人であればこうはならない。そして気配的に犯人は丸わかりだ。
大きな音を立てて開かれた扉の向こうにいたのは、ザイヤだった。髪が少し乱れているのも気にせず、部屋の中をきょろきょろと見渡し、お嬢様を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「ああ! アレスト様、無事だったんですね!」
まるで離れ離れになっていた恋人に再会したかの如く力強く抱き付いてくるザイヤにさすがのお嬢様も目を白黒させている。彼女の飛び込んできた扉の向こうには、取り巻きな男たちが数名。さすがに彼らはここがどこで、取るべき態度はどうだということをわかっているようだ。
「ザイヤ。ここは自宅ではない」
「あっ、お父様……申し訳ありません」
しゅんとへこむザイヤに、ジャスタ卿がそれ以上叱ることはなかった。娘には甘いということなのか、それとも話が切り替えれてよかったと思っているのか。お嬢様の方も毒気が抜かれたように、落ち込んだ様子のザイヤの手を掴み横に座らせた。
「ジャスタ卿、今日のところはご報告ということで。王が戻られてから詳細は詰めるということでいかがでしょうか」
「あ、ああ。そうしよう。報告通りなら色々とやり方を変えねばいけない」
そうして少しとはいえないシコリのような物を残しながら、お嬢様を取り囲む状況は混迷具合を増していく。




