SO-076「同じ死ならば前のめりに・後」
「今度は遠慮は無しだ、じゃない。無しですわ」
今さらながら言いなおしつつ、お嬢様の休んでいるさすまたを相手の兵士達に突き付ける。お嬢様がそうしていたように、全身から気迫をまるで目に見える衝撃波であるかのようににじませる。普段は優雅ではないし、城内を刺激するからと抑え気味にしている力だ。
本気を出すと言えば聞こえはいいが、実際のところは器用に手加減が出来ないといった方が正しい。やはり、この状態は仮初なのだ。だから、早く終わらせる。
「何故動ける。人間か!?」
「随分と失礼な物言いですわね。その秘薬、対象の体の1部と魔力波長を合わせないと効果を発揮しないはず。だからこそ、直接飲ませる方に切り替わったんですもの」
お嬢様の体に入った状態でも記憶があるということは、俺の場合はさすまたではなく魂が覚えて……まあ、いいか。難しいことを考えるのは性に合わない。それよりも、今は目の前の相手だ。俺の指摘に驚いている兵士へ向け、一気に踏み込んだ。
「そう来ると思いましたわ!」
当然、周囲で守っている他の連中はそれを邪魔しようとする。それは読めていた。むしろ忠実に動きすぎるがゆえに、そう動かないわけにはいかないだろうなとも。だから俺はお嬢様の宿った状態のさすまたを地面に突き刺し、その反動で思いっきり空中へと飛び上がる。さすまたの中にいる時と違い、大きさの調整はなかなか難しそうだけど全くできない訳じゃあない。
そのまま上空から首に引っ掛けて地面に押し付けようと襲い掛かる。
『そこですわ!』
「!?」
お嬢様は休んでいる。そう思っていたのだが、どうも我らがアレストお嬢様は想像以上にタフらしい。すぐに自分の置かれた状態、環境を理解し自分で出来ることをしようと決めたようだ。U字型だったさすまたはわずかに変形し、四つ又となって首周りだけでなく兵士の脇にすべり込み……拘束する。
「っとぉ!」
そうなればやれることは別にある。多少は相手は体を痛めるだろうが問題ない。一度地面に叩きつけた後、引っ張り上げるようにして持ち上げて見せる。相手は空中で腕は動かせるが抜け出せない格好だ。
「何故だ。これだけの力を持ちながら何故、栄誉を掴もうとしない」
「……それがわからないうちは、勝てないよ」
この時だけは自分の言葉で、兵士に告げた。なおももがく兵士は、お嬢様の力を借りて電撃一発、沈黙が産まれる。そんな俺の背後からは足音。振り返ればさっきと同じように、感情の無い瞳と動きでこちらに迫る人間と魔物たち。
果たして、あいつが解毒出来る状態でポーションを作っているかどうかは……分の悪い賭けでしかない。少なくとも今この場ではどうこうするのは難しかった。出来ることは命令が追加されないために動きの鈍い彼らを倒し、拘束しておくぐらいだった。お嬢様の状態が復活したらポーションを試してもいい、そう思ってだった。
「アレスト様?」
「問題ありませんわ。少し、切り札を切ったので」
魂とはなんなのか、俺が元々の槍に宿った時代でも明確な答えは出ていなかった。その時代の技法がほとんど失われた今となってはさらにわからないだろう。そう考えるとよくもまあ、お嬢様は俺との入れ替わりを承諾した物だ。
少しふらついた俺、つまりはお嬢様を心配する声に答え、先に休むことを伝える。魔物はともかく、相手国の兵士を捕えた状態ではいきなり殺すようなことはできない。本当ならば戦争で、戦いだったからと始末してしまうのがその意味では楽なのだが、彼らは貴重な資料でもあるのだ。北国が、なりふり構っていない……いや、戦い方を選ばないということの。
出来れば1人はあの状態で王の前に出したいところだが果たしてそれまで彼らの命が持つかどうか。かといって、これからするような治療めいたことを全員に施すことも難しい。
「これとこれと……」
さすまたから聞こえるお嬢様の感情と声に従い症状を改善できそうなポーションを選んでいく。ほとんどが毒なんかを回復させる物だ。今回の状態は毒だけでなく、魔法的な呪いというべき物も合わさっている。この場での完治は難しいだろうことが予想された。それでもさすがのアレストお嬢様だった。
「ほぼ問題なし……か。変わりますよ」
体からは問題の毒が消えたことを確認し、俺はお嬢様と元の状態へと入れ替わる。感じていた熱、音、何よりも体の感触が変わっていく。この時ばかりは、人間らしい感情が残っていることを少しばかり、神さまに恨み言をつぶやいてしまいそうになる。
「トライ……」
『なんですか、お嬢様。別に胸は覗いたりしてませんよ』
お嬢様は優しい人だ。とても優しく、そして強い人だ。頼られれば、その手を取るし、故あれば苦労も物ともしない人。だからこそ、無理は言ってはいけないのだ。こんな、俺の気持ちを言う訳にはいかない。
「入れ替わった影響かしら? 今日はしっかり聞こえますわね……貴方がそれでいいのなら……」
『お嬢様、俺は過去の……本当に過去の人間なんです。もしかしたら人間だったように思ってるだけで最初から槍に宿っていたかもしれないんです。だから……』
後半は上手く言葉になっては伝わらなかったのかもしれない。困惑の表情を張り付けたお嬢様を手の中から見上げながら、俺は感情を切り替える。俺はさすまただ。お嬢様の手の中にいる、さすまただ。
その行動が成功したのかはわからないが、元の体に戻ったお嬢様は天幕から外に出た。いつの間にか日は傾き、村を襲った兵士や魔物達はそれぞれに拘束されているようだった。不思議なことに、魔物はいつも遭遇するような状態に戻っているように見える。
「捕まってることに混乱してますわね」
「はい。確かこのあたりは人を襲うことはまずないはずなので……奴らの洗脳のような物が解けたのでしょうか」
試しにと、1匹だけ鳥型の魔物の拘束を解くようにお嬢様は指示をした。1匹なら何かあっても対処できる、そう考えてのことだった。結果は、逃げ出した。それはもう、見事なぐらいに。こちらに襲い掛かってくるかと思いきや、自由になったとわかるや否や、そのまま飛び去って行ったのだ。
結果、魔物達はほとんどが自分たちの住んでいた場所にか、逃げ去っていく。一部は元々人間を襲うようなタイプだったのか拘束を解くのは危険と判断し、どうしても殺さざるを得なかった。
そして……人間だ。
「ポーションの効果が全くなし……なんてことですの」
「無駄だ。私も含めて失敗して戻れば死しかない。ならばせめて前のめりに、それだけだ」
そこまでしてこちらを襲う理由は何なのだろうか? 竜を復活させる、それだけでこうまで自分を犠牲に出来るだろうか? 俺にはよくわからないが、戦争とはそんな狂気の塊なのかもしれない。
結局、理由は大して引き出せないまま時間は過ぎていく。水を飲ませることも出来ず、食事等はまったく不能、そんな状態では人は弱っていくしかない。どうしたものか、そう悩んでいる日のことだ。解決策が意外なところから現れた。
いや、これは解決と言ってはいけないだろう。
「上空から一撃、すぐに離脱……」
「物音がしたと思ったら……申し訳ありません」
悔やむ兵士と苦々しい表情のお嬢様の視線の先では、上空から投げ下ろされた手槍や打ち出された無数の矢によって打ち抜かれた北国の兵士。痛みを感じないかのような戦いをする彼らだったが、体が弱ったところにこれだけの攻撃を受けては生き残れなかったらしい。
恐らくは、上空に同じように空を飛ぶ部隊が来ていたに違いない。こちらを襲わず、口を封じる行動にはありもしない背筋が寒くなるのを感じる。
「王の戦果を待ちましょう」
そんなお嬢様の言葉が、静かに響き渡った。




