SO-075「同じ死ならば前のめりに・中」
その戦いは……いや、これを戦いと呼んでもいいのだろうか? 竜の頭骨らが収められている建物を中心にお嬢様を含め、兵士たちが陣取っている。そこにあきらめという言葉をどこかに置いてきたかのように北国の物と思われる兵士達の攻勢が続いていた。
「またですの!?」
『効いてない……いや、これは……』
さすがのお嬢様も焦りの色を隠しきれない。というのも……どれだけ急所だろう場所に打ち込んでも、相手が立ち上がってくるからだ。兵士には表情もなく、スローモーションのようにゆらりと立ち上がり、回復を待ってからか再び襲い掛かってくる。そばにいたトカゲのような奴や、空を飛んでいた鳥型の魔物らも元々表情の読めない中、なぜか空も飛ばずに突撃してくる。まるで、それ以外のことを忘れてしまったかのように……。
「アレスト様!」
「とにかく竜骨の護衛を! こちらは何とか致しますわ!」
燃え盛る炎に虫が誘われるかのように、今のアレストお嬢様は敵に囲まれていた。最初は建物を背に戦っていたのだが、段々と集まる状況に危機感を抱いたのか、徐々に建物から引きはがしにかかったのだ。奴らの目的は竜骨からの竜の復活だろうと思われた。だというのにこちらに襲い掛かってくる状況は異常だ。
『目的もわからないような何かになってるのか、本能的にこちらをどうにかしないとわかってるのか……』
「腕を折っても足を砕いても這ってでも向かってくるとは……忠誠心に溢れるといっても限度がありますわよ。これではまるで生きる人形ですわ」
まるで意識がないかのように集まってくる相手に俺は記憶をくすぐられていた。かつて、同じような物を見たことがある気がするのだ。あれはそう……人同士の争いが各地で起きていた暗い暗い時代。ついには人は人以外の命を、さらには自国以外の人の命を軽く見ることすらし始めた。
人形のように感情が無くためらわない兵士。確かそんな存在を作り出す物だったと思う。見た目には何の変哲もないポーションの類を使い、生み出される死の兵士だ。あれは元に戻れたのだっただろうか?
「あのポーション……なるほど。かつて保管されていたと目録等では見た覚えがありますわね……流出していたのか、元々あったのか……いずれにせよ、逃がすわけにもいかなくなりましたわ」
「ほう、やれないことを口にするのは良くないことだと思うが」
人形のように迫ってくる兵士や魔物達の奥に、その言葉を口にした男がいた。鼻まで隠れるような兜をしているので顔ははっきりとわからないが結構若いように見えた。体格は中肉中背と目立たない。敢えてそういう体形を目指してるのかもしれないな。
「色々聞きたいことがありますもの。そこを動かないでいただけます?」
「それは無理な相談だな。こいつらには死んでも役目を果たすように言いつけてある。それこそ首だけになっても最後の瞬間まで前のめりに進もうとするだろう」
響く笑い声には大よそ人として共感できるような物は何1つ無かった。漏れ聞こえていただろうこちら側の兵士たちの動きも止まりかけるほどのふざけた内容だったのだ。
兵士も、魔物も、自分の意に反して戦っているらしいことを知ってしまうと、人はなかなかそれまでのようには行かない物だ……普通なら。
「では進めないようにしていけばいいだけですわ」
笑い声を塗りつぶすかのように響くのはお嬢様の手による物。俺というさすまたを握っていない方の手で、近づいてきていた相手の兵士の1人の足を砕いたのだ。それだけでなく、遠くに投げ捨てた。一見乱暴なだけだが、角度を考えた良い投げだ。これでだいぶ時間は稼げる。
「殺さないのか? まあ、そうそう死なないが」
「不殺必縛……何も冗談で掲げてるわけではありませんから」
そのお嬢様の姿は兵士達にも影響を与えたようだった。多少切り付けてしまうのは仕方がないが、技術も何もないような相手はなんとかなる、そう思わせたのだ。複数人で連携し無力化し、徐々に動けない兵士による壁を作り出していった。
しばらく後、建物のそばで動いているのは数えるだけとなっていく。だというのに自信ありげな表情を崩さない相手兵士の1人は不気味であった。そこに踏み込もうにもさすがにまだ数が多い。逃げることもせず、状況をなんとかしようともせず……一体?
「そろそろ観念したらどうですの?」
「そうだな。そうしようか……お前を手に入れた後でな!」
そういって空に掲げるのは半分ほどに中身の減った薬瓶。投げたら爆発でもするのだろうか? いや……そんなはずはないだろう。何かを隠してるはずだ。この状況を逆転するための何かを……。
(一見すると何もない。魔法を使う様子もなく、矢を飛ばす様子も……いや、魔法……?)
「あ……」
そこに俺の考えが及んだと同時に、俺を握っていたはずのお嬢様が膝をついた。一気に力が抜けてしまったかのような状況にお嬢様自身も困惑しているのがわかる。鍛錬の成果か、俺を握る手はほとんど緩んでいないが立っているのが難しいようだった。
「飲ませるだけでは芸がない。まだ効果は絞られるが……お前1人を対象にするのは成功したようだな」
「この感じ……風に乗せて……」
息も絶え絶え、意識を保つのがやっとらしいお嬢様。このままでは気を失ってしまいそうだった。そうこうしているうちに互いの兵士がお嬢様を中心に集まってくる。お嬢様という中心を失った状態でどこまで戦えるか……札を、切る時だった。
『お嬢様、あれを』
「信じてますわよ。トライ……」
短く、決意の感情を伝えると静かに、深く頷いたお嬢様から魔力の流れがやってくる。それは合図、それは信頼。かつての俺は三つ又の槍であった。万魔を貫き、全ての敵を倒しきる至高の槍。だが別の側面もあった。それは持ち手の魂を守り、保護するための万が一の器。
ゆらりとお嬢様の体が揺れ、地面に倒れそうになったところで俺は地面に手をつく。
「立っていることもできないか。大人しくそのまま倒れていればいい物を」
耳に届く声がうるさかった。それだけでなく、風や呼吸、布ずれの音すらも聞こえているかのようだった。
ああ……世界はこんなにも命の声に満ちている。すっかり、忘れていた。
「? 何か……まあいい、捕えろ! 何!?」
左右から2人ずつ、4人。無造作にさすまたを振るい、吹き飛ばす。技術のカケラも籠っていない、力任せの一撃だ。ああ、後でお嬢様に怒られてしまうな。プラクティス家に相応しい戦い方といいものがあります!とかさ。
「あー……ゲホゲホッ! っと、そうだ。人間には呼吸が必要だった」
ゆっくりと首を回し、腕を動かし、そして呼吸をし……胸いっぱいに空気を吸い込む。お嬢様に害を与えていたポーションはもう漂っていないようだ。仮にまだ漂っていたとしても、相手にはどうしようもないだろう……もう、覚えた。
「さて、お嬢様が休んでいる間、お相手しよう」
仮初の成り代わり。戦いに疲れた英雄の一時の休息。さすまたの中にアレストお嬢様は避難していただき、俺自身が……体を借りていた。




