SO-074「同じ死ならば前のめりに・前」
嫌な予感ほどよく当たる、なんていうのはどこの世界でも同じなのだろうか? 戦争が、激しくなってきた。正確には人対人の争い以外にも世間が騒がしくなってきている。
以前にも増して魔物の類が顔を出し始めたらしいのだ。幸いにも危険な相手はまだ僻地や長い街道の途中、つまりは人気のない場所が主だ。けれどもこれがどんな広がり方をするかを考えると……。
『ずっと気を張り詰めるのは疲れますよね』
「その通りですわ。今は良くても半年、一年と続くとは考えたくはありませんわね。北との争いは治められても……魔物はそうもいきませんもの」
「兄上たちは無事だろうか……動けない自分の身が恨めしい」
窓際で悔しそうにつぶやく姿は同情を誘う物だが、一応は成人扱いとはいえ、まだ成長しきったとは言えないフェリテ王子は王城で留守を預かっている。既に上2人は戦地に赴いているというのだから気になるのも無理はない。
ただまあ、後継者がみんな戦場に出ているというのはとんでもないことだ。そのあたりは本人もよくわかっているだろうし、万が一がないようにと考えもある。
「フェリテ様がこちらにいらっしゃる、そのことがお二方の安心の材料になるのですわ。それも、戦いの1つです」
「アレストは教育係のようなことを言うのだな」
男としては出来れば武勲をあげたい、その気持ちはわからないでもない。本人もわかってはいるからか、こんな風にため息交じりに呟くしかないわけだ。いつまで続くかはわからないが、ずっとということは無いと思う。
「教師としてのお給金は頂いておりませんから言うだけですわ。それに、恐らくは近々動くと思います。どちらも、ね」
それはどういう、とフェリテ様のつぶやきは乱入者によって遮られる。犯人はなんと王自身だった。室内用のゆったりとしたものではなく、まるで遠征に行くかのような金属防具。顔には険しい物が貼りついている。
「ここにいたか。アレスト、すぐに騎士団に向かってくれ。ポーションの配布を頼む」
「お言葉のままに。攻勢でしょうか」
断言したお嬢様に、王も眉をあげて答えとした。北国が戦争をしかけてきた本当の理由もはっきりせず、戦力も把握が難しい状況でずっと防衛に回ることはなかなか大変だ。特に戦意の維持という点で。
ここで一当てして、その背後にある諸々を探ろうと考えるだろうことは予想がついていた。それが今日、というのは少々早い気もするが……。
「それではさっそく。配分を考えますと増産もしなくてはなりません」
「アレスト……?」
今から作って間に合う訳もない、そのことを問いかけるフェリテ様には微笑みだけを向け、お嬢様は俺を手にフェリテ様の自室を後にする。向かう先は王に言われたように騎士団の兵舎。そこで話し合うのはポーションの配布に関して……そして。
「こうまで予想通りだと笑いも起きませんわね」
「既にフリーニア様、フェリテ様は避難するように伝令が向かっています」
ブリザイア、北へ攻勢を仕掛ける。その話は大々的に国中を駆け巡った。普段よりもかなり早く。それだけ国民が注目していた話でもあるが……今日、その日のためでもあった。
今俺たちがいるのは王都から離れた街の1つ。北から王都へとある程度以上の大軍を進めるには都合のいい広さの道がある場所であり、地形の問題から不思議と風の強い場所でもあった。そう、北国との間にある山からの吹きおろす風が……。
「任せられるだけ、ホルダーが成長していてよかったですわ」
『宝物庫の中が一番安全というのも皮肉たっぷりですけどね』
守るための攻め、それを実践する日がこんなに早く来るとは思わなかったが現実はいつもそんなものだろうか? お嬢様だけでなく、街中に配置された兵士たちの睨む先には……空に黒点がいくつも浮かんでいた。
空からの招かれざる来訪者だ。
「手薄になったところを飛べる魔物に乗って奇襲する。にわかには信じがたい話ですが……現実を見ないといけませんね」
「そのためにお二人がドラゴンの魂を慰めるためにここに出てきているという噂も混ぜたのですから……そうでなくては困りますわ」
魔法を使い遠くを監視することが出来る魔女の1人が見つけた歓迎されない来訪者たち。その大きさが徐々に大きくなってくる。街の中央にはいかにも王族がやってきていますという馬車が止められている。というか本物を使ってるのだから当たり前だが。そのそばにあるのはひたすらに大きな新しい建物。中にはドラゴンの骨が収められている。
ここは王都からは遠すぎず近すぎず。奴らの狙い通りに復活したならば竜はブリザイア国内で暴れまわるだろうな。それが出来れば、だが。
上空の敵は中身が本物と疑わずに高度を下げてきているように見えた。こちらが見つけていることはわかっているかもしれないが、空へはどうしようもないと思ってるのだろう。確かに矢ぐらいしか飛ばせない上にその数も多くは用意出来ない。が、それはこちらも想定内。
「では後のことはよろしく頼みますわね」
そう言い残して駆け出す先はフェリテ様たちがいるように見える場所。今気が付きましたと言わんばかりに屋根の上に飛び乗ったお嬢様へ向け……上空から敵は何かを投げおろした。恐らくは槍の類。そのままでは何もできずにただその一撃を食らうところだが……。
『甘い!』
大きな音を無数に立て、上空からの脅威は全て弾かれる。大きく長くなった俺の体によってだ。板のようになることはできないが、とげを隙間なく広げてそれが振り回されれば板も同然。もしかしたらはじけ飛んだ先に誰かいるかもしれないが……うん。
最初の攻撃が失敗したことを悟った相手は、逃げるか……攻めて来るか。今回は攻めてくる方を選んだようだ。一度失敗したら次はもっと対策をされる、とわかってるんだろうな。
すぐに街のあちこちで降りて来た相手との戦いが始まる。予想通りではあるが、魔物を馬のように乗りこなす姿には驚きしかない。かつての大国が用いたその手法を使ってくるとは……。
「この戦い、背後には何かありますわね……古い匂いを感じますわ」
魔物の復活から始まったかつての歴史を繰り返すかのような流れ。過去の亡霊がよみがえって来たかのような状況には嫌な物を感じる。例えばそう、復讐劇のような。
中には誰もいない場所を必死に見える姿で守り続けるお嬢様と振るわれる俺。もう何人の兵士を吹き飛ばし、何体の魔物を気絶させただろうか? 相手もお嬢様をどうにかしないと目的は達成できないと考えたのか戦力を集中し始めたようだ。
前線に王が出てきているところをでなく、後方にいる王族を狙うというのはどこまで効果があるか怪しいのだが、前ばかり見ていられないということを植え付けるのにはいいかもしれない。
ただそれも、成功したならだ。
「ええ、そうですわ。私を倒さねば作戦は失敗、ですわね」
建物を背に、兵士達と一緒にお嬢様は敵の集団を睨む。いつの間にか街中の戦いは中央の建物に集中した物となっていた。
こちらにも脱落者はいるが、相手程ではなくお嬢様も健在。このままいけば問題なく終わる……そう思った時だ。
「あれを出せ!」
「? 一体何を……」
敵集団の中でも指揮官らしき相手が騒ぎ出したかと思うと、正面にいた兵士たちが覚悟を決めたかのようにポーションらしきものを飲み干し、傍らにいたトカゲにも似た羽根の生えた魔物に同じように何かを飲ませた。
すぐに変化は訪れる。どんよりとした、嫌な気配が漂い始める。視線の先で、兵士と魔物は……黒い気配をまとい始める。その瞳は濁り、生気を感じられない。それが立ち並ぶ姿は異様だ。
正体はわからないが、嫌な物以外の何物ではないその光景に驚いている間に、合図とばかりに笛が吹かれ……ゆらりとした動きで奴らは襲い掛かってきた。




