SO-073「お嬢様と変化する日常」
その日、新しいポーションの作成のために希少な薬草の採取に来ていた俺とアレストお嬢様は、王都からほど近い川のほとりで橋を渡る隊商を見守っていた。このあたりは凶暴な獣も多くなく、ましてや魔物となればあまり出てこない……はずだった。それがここしばらく、意外と近場でも危険な相手が出てくることが増えたということで野盗対策以外に護衛をつけるのが商人たちの当たり前となっているようだった。
そんな中、王都へと商売のためにやってきたであろう隊商たち。一体何を積んでいるのか、気になるところではあるけれどすぐにそれどころではなくなった。どこからか近づいてくる何かの気配を感じたのだ。これは……魔力?
悪いことが重なると、人間どれもがアレのせいではないか、と結びつけることがあると思う。俺もだいぶ昔のことだけれど、そんな風に思ったことはたくさんある……あるのだが……。
「皆さん、こちらへ! 早く!」
「うわあああ!!」
叫びながらも馬を走らせる馬車の横を駆け抜け、騒動の主と相対する。ずっと地中を進んできたのか、全身を砂まみれにして出てきた動く物体……もぐら? 確かビッケとかいった種類だった気がする。
大きさは大型犬よりも少しばかり大きいかどうかというところ。記憶にあるもぐらよりもややずんぐりむっくりとした姿はどこか可愛らしくはあるが……これも魔物のはずだ。ただ、人は食べなかったような気がする。むしろ、地中に住む虫や、大型の虫型の魔物を好んで食べる奴だ。時には地上に顔を出し、地上にいる奴を食べるぐらいだ。
『お嬢様、こいつ大人しいはずです。何かあったんだと思いますよ』
「困惑……疑問? いきなり退治はよせと? 確かに、混乱した様子ですわね」
慌てて橋を渡り切った隊商の商人たちも、戦闘が始まらないことに気が付いたのか恐る恐るという感じでこちらを離れた場所から眺めている。俺たちの見つめる先で、もぐら、ビッケは太陽がまぶしいのか器用に自分のまつげらしい部分を目にかぶせている。そうだ、冗談みたいにもさもさしたまつげがあるから面白かったのを覚えている。地中を進むときに目のあたりを保護するから非常に丈夫な素材になるんだよな。捕えようにも、こうやって偶然出てくるときじゃないと……って。
(確かこいつはこのあたりにはいなかったはずだ……)
やはり食べ物に好みがあるらしく、こちらの地方には彼らの好む昆虫の類が少なかったはずなのだ。主だった住処は確かブリザイア王都から北東に……ああ!
『スプリガンです。奴ら、地下を掘ってるんですよ。だからこいつら、住処を追われたんじゃないですか?』
「そういうこと……ですの。様子見ですわね……下手につついて暴れられてもかないませんわ」
板書に乱暴にそう書きなぐると、すぐにお嬢様は商人たちにはあれが人間を襲う魔物ではないこと、たまたま地上に出て来ただけであろうことを伝え、刺激しないようにとだけ言ってくれた。いくら普段は襲わないとはいえ、肉食ではあるのだ。好みではないというだけ……なんだからな。
目的の採取は終え、フリーニア様たちの護衛に戻るべく王都へと向かう。途中、すれ違う隊商たちに話を聞くと、やはり普段見ない魔物が出てきたりしたことが頻繁にあるようだ。ビッケもその1つ。中には東からやってきた商人もおり、こっちで見るのは珍しいですね、なんて会話もあった。
「不思議と王都に近づくとそういう話は聞かないですわね……トライ、何か知っていて?」
『もちろん。普段用がないんで気にしませんけど、あの宝物庫、地下にも結界みたいなのがあるんですよ。むかーしむかし、上が駄目なら下から穴掘れ!なんて奴がいたんですよね』
ゆったりと馬に揺られながらの道すがら、カリカリとそんなことを思い出しながら書きだす。そうあれは……偶然にもビッケを使い魔とする魔女兼盗人な女が侵入しようとした時のことだった。
「そう……ひとまずは安心できそうですわね」
驚きではあるけれど、特別対処しなくても大丈夫そうな魔物の出現。今日はその報告だけですむはずだった。ところが、一週間もしないうちに新たな問題が持ち上がってくる。人を襲わないはずのビッケが、村の家畜を襲ったという話が飛び込んできたのだ。
現場は、北方。要は戦争の行われている側である。当然のことながら国内にはあちこちに村や町がある。その中の1つ、前線からは離れている場所にある村がその犠牲となった。
「森が枯れた……木々も食べるのかしら」
目撃されたのは俺たちが見た相手と同じ、もぐらな魔物であるビッケ。だが北に出現した彼らは普段食べるような相手を探すでなく、地中を掘り森を荒らすかのような行動をとったという。最初は道の大穴だった。続けて村のそばの林で木々が倒れ……ついには森の一角が枯れたのだ。正確にはなぎ倒され、木々が齧られているということのようだ。
ついには討伐の命令が出され、軍の一部が現地に向かい、討伐そのものは成功する。大した被害はないが、どこから相手が来るかわからないというのは厄介な物だ。
「王は各集落にクロエの作った探知君を配りたいそうですわ」
「光栄なことです! 頑張ります!」
事前に来たことがわかれば避難の1つも出来ようというもの。そこでブリアイザ王は城内で侵入者対策に使っている物を全国に配れないかと打診してきた。改良を施し、地中を進んでくる相手を無差別に感知し、音を鳴らすというものになった探知君は順調に配られ……その成果を発揮した。
魔物としては強いわけではないビッケは、農機具だとかで突き刺すだけでも倒せる程度の相手だったのだ。問題は、ビッケが主に食べる相手である……巨大なミミズのほうだった。魔物同然の彼らは、ビッケ以上に数が実はおり、人里離れた場所や山奥を掘れば大体はいる、という相手だ。
「また遭遇とは、運が良いのか悪いのか……フリーニア様に占っていただこうかしら?」
視界の中でうねうねと地上を進む巨大ミミズを前に、お嬢様もどこか疲れた様子だ。出来れば人型の方が捕らえるには楽だし、戦っていて疲れないということもある。と言ってもこの巨大ミミズ、逃す手はない。何気に、お金になるのだ。
「あれで干すと美味とは……見た目で判断してはいけませんわね」
地中の砂や土を食べては出してと進む生き方をしている相手のためか、その体には栄養が多く含まれているらしい。冒険者の中には僻地での冒険の際にはこいつを非常食と扱う人も結構いるんだとか……うーむ、世の中広い。
「トライ、20は確保しますわよ」
『うえええ……こいつ、粘液が多いんですよぉ』
愚痴のようにつぶやいてみるもお嬢様には嫌だなあという感情以外は伝わらない。当然、それでお嬢様が遠慮してくれることもなく……ぶよっとしながらも意外と丈夫な巨大ミミズの肌に今日も俺はとげを食い込ませていく。
各地の騒動がこの程度であればいいのだが、そうもいかないだろうなあという漠然とした予感が不安となって広がるのだった。




