SO-067「宝物奪還作戦」
戦争の噂が王都を、ブリザイアを駆け抜けた。火種の元は、北。交渉に失敗したらしい話は前に聞いたが、今回の騒動は……暴走とも思える物だった。
手始めは魔物が増えだした地域の開拓宣言。これ自体はどの国でも日ごろから少しずつでも実行していることであり何も問題はない。現にブリザイアでも僻地の討伐や開拓は今も行っているからだ。
だが……。
「布告と同時に占領……上の相当慌ててる姿が目に浮かびますわ」
「昼間だというのに宝物庫の守りを固めるよう、指示が来るぐらいですからね」
ささやくような声が響くのは宝物庫の中、入り口入ってすぐだ。ホルダーとお嬢様、2人して宝物庫で待機するように呼び出しがあったのだ。しかも昼前から、である。滅多にないというか、日中は選ばれた兵士が周囲を守り、夜はプラクティス家の守り手が守る、これが契約であり慣習でもある。
宝物庫へは王族だけの立ち入りは禁止されているため、用があれば夜に訪れるか必要な時にお嬢様か、今であればホルダーを呼ぶ必要がある。だというのに今日は2人とも呼ばれている。
「被害は大きいのでしょうか」
「国境に近い場所だろうぐらいしかわかりませんものね……けれど、あのあたりはかつての戦火が残るさびれた土地ですわ。魔物や獣を退治し、糧とする人々が住むぐらいのはずですの」
お嬢様が歩み寄る壁には大きな地図が飾られている。と言ってもかなり古く、昔々の物だ。紙でもなく、羊皮紙といったものでもなく、なんと布なのである。編まれているようにも見えるがほつれやよれがほとんどないあたり、これ自体も魔法がらみのお宝だと感じさせる。
見ることが出来るのは昔の戦争があったころの国や主要都市の配置。それによると、この国を中心にかつては10以上の国があった。互いに協力して魔物は排除され、人間の世の中となっていたのだ。だからこそか、徐々に人間同士の争いが産まれ、そして復讐とばかりに魔物は世に再びあふれた。
とある国同士が争っている背後に魔物があふれてきたというのは有名な話だ。結果、主要な国はこのあたりではブリザイアを含めて半分以下にまで減っている。人間の住む地域は広さを減らし、国境付近や辺境等は放棄され、自然に飲まれたであろうことはこの前の冒険からもわかる。
(北はなんでこんな場所から占領した? 守るにしても問題が多すぎる)
と、廊下の向こうに気配が生じた。馴染みのある王の気配。そして周囲には多くの官僚たちも一緒なのがわかる。扉を開け見つめる先には集団がいた。いつもは余裕のある表情をするジャスタ卿すら、ひどく硬い表情だった。それは自然とこちらにも伝わり、兵士のように2人して王がやってくるのを待つ。
それにしても、王自身がやってくるというのは不思議な光景だ。普通は呼び出されるのだから。それだけこの宝物庫と中身は大事で、万一のことがあってはいけないという解釈も出来るが……どうだろうな。
「問題は無いか」
「ネズミ1匹、入っておりませんわ。我が王よ」
ホルダーと共に膝をついて挨拶をしている間に、王と一緒に来ていた大臣らは方々に散っていく。それぞれの職場に戻った……ということになるのだろうか? それにしてもピリピリとしている。残るのは近衛たちと第一第二王子の2名……そういえば、最近あの2人を見ない……。
王の後ろに付き従っている2人の表情は暗い……何かを我慢している風でもある。どう考えても嫌な予感しかしない。そのまま宝物庫に入るというので王族3人と、アレストお嬢様、ホルダーの5人だけの空間となる。扉も閉めてしまえば、近衛にも何も聞こえなくなる。
シンっと静かな時間。意を決したように王の口が開いた。
「1つ聞く。守りは彼の男子のみで十分であるか」
「よほどの手練れが大挙して押し寄せるということが無ければ余力はありますでしょう……お聞きしても?」
王の言葉が意味するところは、しばらくアレストお嬢様が不在でも大丈夫なほどに育っているか、ということだと思われた。実際問題としては、最近は侵入者も少なく鍛錬の時間を多く取れている。誰が相手でも、とはお嬢様という例外がいるので断言はできないが、宝物を守り切るという点では十分な実力をホルダーは手に入れている。
「北と一戦交える。その間にフェリテとフリーニアを救出してもらいたい」
「……今、なんと」
さすがのお嬢様も問い返すほどの内容であった。唐突にもほどがある話だった。北と一戦、これ自体は既に占領されている土地があることを考えればいつ起きてもおかしくない物だ。それこそ今日にでも、だ。けれど……王族2人を救出せよとはどういうことだろうか。
静かに歩く王が指し示すのは布上の地図。指が止まった場所は……北国が占領したという噂のある場所よりもやや離れた場所。かつては観光都市でもあった街があった場所だ。確か様々な魔法や技術を使い、支配層が長生きしていることで有名だったような気がする。
「この場所に、今も万病や大怪我に効く温泉がある。それをどこで聞いたのかわからないが、フェリテがフリーニアに伝え、兵を引き連れて旅立っているのだ。治療のためにな」
よろめきそうになるお嬢様を慌ててホルダーが支えるのがわかった。俺もそのまま音を立てて床に落ちる。見上げるお嬢様の顔色は悪い。それもそのはずだ。話の通りなら、あの事件でついた傷をいやすことが出来るかもしれないと2人は旅立っているのだという。そこに運悪くというべきか、北国が侵攻して来た。
「兵を選抜することも考えた。だがどうしても人数が必要になる。単独か少数で挑める人材となると、ひどく限られるのだ。影どもでは裏のことしかできぬ」
「今すぐにでも……必ず」
表向きは陽動もかねて軍同士が事を構えるという。当然のことながら他言無用、その念押しをされ後、宝物庫にはお嬢様とホルダーだけが残される。
しばらくは呆然としていたお嬢様だったが、表情を引き締め直すと俺を掴み立ち上がる。揺らめく気迫が、陽炎のように立ち上っているような錯覚を覚えた。横に立つホルダーも男の顔だ。
「こちらはお任せください。存分に」
「ええ、戻ってきたら少しばかり豪華な晩餐にしましょう」
城を飛び出したお嬢様はすぐさま屋敷に戻り、所要で外出することをロイアやクロエへと告げ、旅支度を始めた。長期間宝物庫にこもることも想定された道具や保存食なども持ちだすあたり、本気であることが2人にも伝わる。俺もまた、いざとなれば切り札を切るつもりでいる。出来ればそうなることはないと良いのだが……どんな戦いになるかわからない。
三日後、王都を1人と地味な毛色の馬が北へと向かった。当然、俺とお嬢様であった。




