SO-066「第二王子の悩みとお嬢様」
「そう都合のいいものはないですわよ。ライネル様」
「そうか……そうだな。仮にあっても一つの場所にとどまらせることの出来る物でもない、か」
月明かりと、廊下の所々にある灯りがはかなげに照らす宝物庫前。深夜に男女が会う、なんていうとロマンスでもあるのかと思うところだがそんなこともなく、アレストお嬢様がライネル、第二王子に苦言を言うかのように返事をしているという光景だ。
彼の弟であるフェリテ様と違い、ちゃんとお供は連れて来ている。でもその表情がやや硬いのは、こんな夜に連れ出されたことに対する物なのか、それとも願いをかなえられないお嬢様への物なのか……どっちもかもしれないな。
俺は生きてない状態だから眠る必要もなく、普段も夜は一人静かな物だ。ホルダーが来るまでは毎晩宝物庫周りでお嬢様と過ごしていたけれど、交代でやれるようになってからは空や町の見える窓際に置いてもらっている。張り詰めていない時間は、思ったよりも孤独だったのだ。
(相当眠いだろうしなあ……サボれないし、大変だ)
そう、今の時間はただ夜遅い、というレベルではない。日付が変わろうかという頃だ。この世界には俺の記憶にある時計やらがないのでしっかりとはわからないが……月の位置からもかなり遅い時間である。
「じっくり探せばお望みに近い物があるかもしれませんけれども……昼間にはお嫌ですか」
「う、うむ……」
ライネル王子の表情は暗がりだからか、それとも落ち込んでいるのか、影の深い物になる。憂いの表情も似合うあたり、この国は美形の血筋だなとずれた感想を抱いた。この表情の原因にはすぐに思い当たる。目に見えた成果が欲しいのだ。
「私が申しあげることでもないかもしれませんが、寝不足は全ての失敗に通じますわ。焦りも、起きていて解消できるものではありませんもの」
「焦り……ああ、焦りか。わかるか」
それはもう、と返事の代わりに頷いて見せるお嬢様を前に、ライネル王子とお供がほぼ同時にうつむいた。仲が良いな、君ら。普通の主従ならこの時間に出歩くのを良しとしないか……処罰が怖いもんな。それを乗り越えてついてくるだけの関係はあるようだった。
ともあれ、ライネル王子は焦りの最中にいる。第一王子、すなわち次の王となる相手は順調に実績を積んでいるからだ。先日も東国との交渉の際にたまたま魔物が襲ってきたが見事に指揮し、消耗も少なく撃退したという。それを皮切りに、不可侵と協力関係を結んできたというのは一部では有名な話だ。
対するこちらは……交渉がまとまらなかったようである。北に帰ったあの2人の話で巨人たちの話は信じてもらえたが、国同士の関係としては油断できない……そうなったようだ。今は魔物を相手にすることでごまかすのが精一杯とのこと。北方の山には魔物も多いと聞くし、さらにその向こうには別の国があるとも噂されている。
「そのような話、私に聞かせても大丈夫だったのですか?」
「父には言えぬ……ましてや兄にも」
ちらりと視線が後ろに向かうが、お供の騎士風の男は何も聞いていませんよとばかりにそっぽを向いている。良い性格をしてるというべきか、既に相談を受けているということか。いずれにせよ、敵ではなさそうである。
ただ……俺は知っている。お嬢様も口にはしないが自分は噂話を仕舞い込む箱ではありませんよと思っていることを。そりゃ、言いふらす人でもないし、役目上知ってるけど知らないことにしてることも多い。
具体的には、夜の密会とかな。こそこそ対策をしてる人もいるが、防犯に周囲を探っているお嬢様にはバレバレだ。むしろこっちのほうがいざという時に逃げ込む先があって危険がないからって集まってくるんだからまったく、人間ってやつはって俺も元人間か。
話を戻そう。俺は少しばかり、ライネル様に同情の気持ちも抱いている。そういう家系に生まれたとはいえ、このまま予備として生き続けるというのはなかなか自分を保つのに大変だろうという思いだ。アレストお嬢様のように自分しかいない、という状況も厄介だが三男であるフェリテ様とは違い、ライネル様は想像以上に自分の好きには人生を生きられない。
(いざという時の王系としての立場だけじゃなく、自分という立場を得たい……まあ、そうだよな)
こんなことを言うと女性陣からは怒られると思うが、ヒルダ様や西に嫁いだ王女たちはある意味幸せなのかもしれない。2人とも、お見合いのような形ではあるが仲睦まじく暮らし、それぞれの国で立場ある状態だという。ただのブリザイアからの嫁、という扱いではないようなのだ。政争の道具ではない、といった方が良いだろうか。
特にヒルダ様は先日の出来事で湿地帯の対策に乗り出し、その成果を上げている。乾いた土地は想像以上に農作に適しているそうでどんどんと入植、そのための討伐、街づくりとが進んでいるとか。これまで滞っていた分が一気に動き出している感がある。
「ライネル様。ザイヤはご迷惑ですか?」
「? 少々元気過ぎる時もあるが……良い女だ」
あっさりとした返事に、思わずお嬢様も苦笑を浮かべるし、お供は何言ってんのコイツとばかりにライネル様を見ている。悩む割に、こういったところは抜けているようだ。ザイヤが夢中なのはこういったところなのかもしれないな。彼女の周りに他の男たちがうろついてるのに心配した様子がないのは自分以外を選ばないだろという自信からだろうか。
「あの子を、自分を好く異性1人泣かせるようなことをしなければ……それでいいのだと思うのは贅沢なことでしょうか」
「……かもしれんな。邪魔をしたな。今日のことは忘れてくれ」
どこにどう刺さったのかはわからないが、すっきりした様子でライネル様はお供と一緒に暗い廊下に消えていく。後に残されたお嬢様と俺は、互いにため息をつく。俺はちょっとそれっぽく震えるだけだけどな。
「離れた土地の景色を好きに映し出す道具……それがあればいざ攻めてきた時にわかる……文献にはありましたが……危険すぎますわね」
情報の速さは全てを制する。ふと浮かぶそんな言葉はこの時代、この場所でも通じることだ。かつて存在したというその道具は、ある意味直接攻撃に関係する物より危険だということで狙われ、ついには他の国が見ている中で破壊されたという話がある。
ただ……それが本当にその道具だったという保証はどこにもないのである。
『人間同士は、出来れば協力したいですね』
カリカリと板書したそんなつぶやきに、お嬢様は頷くだけだった。そんな思いもむなしく、冬に北風が吹くように凶報が届いたのはこの夜から1月後のことでああった。




