SO-065 「湿地帯乾燥作戦・後」
湿地帯をどうにかしようという道具の開発は難航していた。形は出来たし、後は現地でいくつも作り上げるだけなのだが……維持という点を考えるとひどく効率が悪かったのだ。如何に国で行う事業になるだろうと言っても、湯水のごとく金が使えるわけでもない。
「出来れば今の半分ぐらいにはしたいわよね……これでもすごい事なんだというのはわかるのだけど」
「ええ、見事な物ですわ」
実験を繰り返す敷地は、まるでずっと雨が降っていない夏の日のようにどんどんと乾いている。その代わりに水がたまる場所には逆に池のようになっている。上手く大きさを整えれば普段から使えるため池とすることも出来なくはないかもしれない。
目的は湿地帯をどうにかすること、なので大きなため池が出来ること自体は歓迎なのだ。
「仕組みそのものは一族に受け継がれてきたものになる。我々が使う分には結果が重要で、ずっと使い続けることは想定していないからな……申し訳ない」
本当はヒルダ様もいるし、お嬢様も平民という訳じゃないのでクロエも、その父親たちも態度には気を付けてもらった方が良いのだが、直接仕えているわけでもないし慣れないことをさせるぐらいなら今はこのままで、と彼女らが言ったことでこの場では問題になっていない。
ともあれ、完成は完成である状況に、誰もが手詰まりを感じていた。俺もまた、さすまたのとげをあれこれと動かしながら観察するが改良しようにも仕組み自体はこれ以上弄りようがないように見える。周囲の水分を集めるという性能はちゃんと発揮しているのだ。
(それにしても、このたまった水はそのままポーションに使えそうだな)
そう思ったところでとげの動きが止まる。何故ポーションに使えそうと思ったのだろうか? ポーションは薬である。となると材料としては綺麗な水でなければならない。おぼろげな記憶にあるような別の世界の水では色々と汚れている。そして、それだけじゃあない。よりいいポーションを作るには、水も条件として色々変わってくるのだ。
例えばそう、魔石のそばを流れて魔力を帯びた水は相性の良いポーションに使えばその効力を倍加させる。薬草も質の良い物であれば良い物が出来上がるのと同じ道理である。
『そうか、この水……魔力が関係してる!』
「トライ、何かありまして?」
ブルブルと見事に震えたことで立てかけられた場所から転げ落ちてしまう俺。拾い上げてくれたお嬢様の手の中で、さらに震える。板書を、板書をくださいと。首にかけるかのように板書がくくられ、そこにカリカリと自分の考えを書いていく。この道具は魔力も一緒に流れている、だからそこに改良の余地がある、と。
『俺やお嬢様のは参考になりませんかね。魔力の流れや、吸い出し方を改善しましょう』
「そういうことですの……吸えばいいわけではなさそうですわね」
上手くお嬢様には考えが伝わったようだ。ここで魔力の流れを変え、どんどん流れるようにしたらいいかというとそうでもない。そればかりが強くなっては逆に周囲の土地がある意味で不毛な土地になってしまう。
「一度集めた後、周囲に分散する仕組みを入れていけば……」
「ではこうだな」
とっかかりがあれば開発はクロエや一族の得意なところである。お嬢様と俺が全体の流れを確かめ、改良をする。それを何度か繰り返すうちに、形が出来上がってきた。ただ集まってきた水に魔力を流し込むのではあまり意味がない事にも気が付き、中央にはとある木を植えることにした。この木自体は意外とあちこちにあるもので、特徴は季節ごとに咲く花からは魔力が放出される。何かに使えるわけでもなく、特別な物ではないが今回は適任だ。
「これでどうにかなりそうですわね」
「感謝するわ、アレスト」
1か所の設置に必要な物は荷馬車1台分。これを多いと見るかどうかは結果次第だが同じものを作るのは簡単だ。まずは10台分が作られ、ヒルダ様と一緒に帰っていくことになる。
いる時には騒がしさが気になる人だが、いなくなったらいなくなったで寂しさが湧いてくる。ヒルダ様はそんな人だ。お嬢様も、そしてここには今いないがフリーニア様や王たちも同じ気持ちだろう。
宝物庫の番をホルダーと交代し、夜を過ごすお嬢様も今日はしんみりとした様子だった。
「もしも私がこうして守り手ではなかったら、出会いもありませんでしたわね」
『きっとそうですね。運命、というのは簡単ですけど全部が結果としては必然だったってやつですよ』
昔、記憶のかなたでそんな話を聞いた気がする。良いことも悪いことも、結果としてそうなるのは必然だったのだろう、という話だ。もちろんそれだけでは努力の意味がないのか、なんてことになるから後悔してる暇があったら次の結果を必然としてつかみ取れ、ということだと思う。
俺も、さすまたになってしまったがそれは必然だった……そう思う。お嬢様と出会えたし、彼女を手助けすることができている。誰かのために何かが出来る、というのはとてもいいことだ。
ちなみに今回の騒動の後、俺たちにはちょっとしたおまけがあった。俺とお嬢様の魔力連携が強化されたのだ。今までも俺たちほどの連携は他にない、と自負できるほどだったがさらにそれが進んだ。
例えるならそう、人馬一体、というが近いだろうか? 握られているとまるでお嬢様の腕になったかのように先までお嬢様を感じる。同じようにお嬢様は俺を操作でき、俺もお嬢様にしっかりと意識が伝わるようになった。今までは呼びかけから形を変えていたが、握られたままで形状の希望なんかが伝わるようになってきたのだ。
(腐っても伝説の……か)
かつて、緑軽銀は使い手と共に成長する生きた金属だという伝承があった。刃はより鋭く、魔法使いの杖となればより増幅度合いを増し……といった具合だ。俺の場合はさすまたであるから殺傷能力は上がっていかないが、捕縛の道具としてより丈夫に、より使いやすくなっていったということなのだろう。
「トライ、攻める守りはあると思いますか?」
『待つだけが守ることではないと、思いますよ』
こんな短いやり取りも、信頼の証……そう感じる。その後は静かに、いつものように時間が過ぎていった。
ヒルダ様が戻ってしばらくして、増産のお願いが届いたのは季節が変わろうというときだった。




