SO-064「湿地帯乾燥作戦・前」
「王城から呼び出しがあったと思えば……肝が冷えましたよ」
「あら、他に話を持って行った方がよかったんですの?」
あっさりと返り討ちに会い、沈黙するイブンを半ば無視するかのように、運び込まれてくる荷馬車を見つめるお嬢様。俺もまた、その腕の中で周囲を伺っていた。確かに集めるように言われるにしては急だし、量も多かったと思う。けれどもやはり、こういう場合には日ごろのツテが物を言うのだ。
「力の大小は問わず、とにかく大きい物をとのことでしたが……」
「ええ。今回は大きさが重要ですの。でもいつものように儲けにはならないかもしれませんわね」
使うのはこの国ではないから……とは言う訳にはいかなかった。直接の報酬はないだろうけど、これでイブンの名前は国内では今まで以上に知られることになるだろう。
そんなことを思いながら、運び込まれるブツ……加工前の魔石を見つめる。
事の発端はヒルダ様の嫁いだ先である南国での問題を解決するための諸々を考えているときのことだった。クロエが髪を乾燥させるためにと作った物がひらめきの元になったのだ。
「そうですね……贅沢に魔石を使えるなら不可能では無いです。旅の中で水の確保は必要ですから……周囲の水を集めて飲む、なんてことはよくやってたんです」
さっそくとばかりにフリーニア様の住む離れから屋敷に戻ったお嬢様はクロエに件の装置について量産と、規模の拡大は可能かと問いかけたのだ。その勢いはかなりの物で、クロエもちょっと驚くぐらいだった。それだけ重要に思っているのか、ヒルダ様だから、ということなのかはつっこまないほうがよさそうだ。
「仕組みは決まった場所に周囲の水を段々と集めるということで良いんですの?」
「はい、そうです。直接吸うんじゃなく……移動させるというか、お水って放っておくと乾くじゃないですか。アレをものすごく速くやる感じなんです。だから泥水でもなんでも、水の部分だけ集まるんですよ」
おぼろげな記憶が、蒸発させてるのかな?とか、ろ過しながらなのか?なんて思い出させるけどさっぱりだ。大事なのは、結果としてどうなるか、だろうな。極端な話だが、この仕組みを湿地帯の全域に実行出来れば……解決だ。
「使い方としてはそうですね……大きな穴を掘って、そこに使えばため池のように水が溜まります。ずっと仕組みを維持できれば井戸と同じ感じでしょうか? 恐らく10年もすると他の場所が乾きやすくなりますけど」
やはり、長期間かつ大規模に、となると問題も出てきそうだがそれ自体は利用を一度止めればいい。ずっと止まらない、だと問題だが……自然に出来たものではなく、人の手で作るのだからそれぐらいは大丈夫だろう。
「さっそく試してみてくださる?」
「勿論です。お嬢様のお役に立てるなら! あ、でもそこまで大きいのだと父に相談した方が良いかもしれませんので手紙を出してもいいですか?」
お嬢様の返答は当然了承。そして必要そうな物資の洗い出しと発注、場所の確保などをするために数日が瞬く間に過ぎ……そしてイブンの店を通じてまず魔石が集まってきたのだ。急遽確保された土地は本来は訓練に使う場所だが……王も人の親ということか。
『さっそく試しますか』
「ええ、ヒルダ様もあまり長くは滞在できませんもの」
事実、表向きはただの交流、あるいは建前としての援軍要請がぎりぎりのところだろう。そうなればそれこそ一月滞在なんてことは不可能だ。長すぎず短すぎず、王族ともなれば他国への滞在期間自体が色々な話にあがってしまうのだ。まったく、厄介なことだ。
ともあれ、今は作業の方が大事だ。クロエの指示に従い、借り受けた兵士たちがどんどんと魔石を荷台から運び出す。そのままでは使えず、まずは1つ形を作ろうということで大きさをそろえていくのがわかる。本番は別の物で作る必要があるんだろうが、今は不用品として転がっていた大きなテーブルの天板を土台にして組み立てが進んだ。
「これで中央に穴をあけて……」
テーブルと言っても王城にあるものなので相当にでかい。開けた穴はそこに人が座れるぐらいのものだったがそれでもまだ魔石を仕込む場所が多くあるほどだ。そして……実験の結果がすぐに表れる。
瞬きの度に、明らかにその穴の部分に水気が出てきているのだ。土の色が変わり、ついには雨上がりのように湿り、水たまりが出来上がる。周囲にはあらかじめ水を撒いたとはいえ、驚きの速さだ。
「後はこれを大きくかつ丈夫にしていけば中央では例えば木を育てるとかできますよ」
「それにはもっと工夫せねばなるまい」
唐突にかけられた声にクロエが跳ねるように反応する。俺も誰か近づいてくるのはわかったが、特に害意も無いので気にしなかったがこの様子だと、恐らくは……。
「お父さん! どうして!?」
「口で説明した方が早いと思ってな」
そう、声をかけてきたのは旅が似合う服装の壮年の男性だった。クロエの父、ということなのだろう。よく見ると、こちらに同じような服装の人々が何人も歩いてくる。もしかしなくてもクロエの住んでいた一族の人間だろうか?
「確かにに相談したけど……いいの?」
「そろそろ定住してもいいかもしれん、そう思えるようになった。国をまたぐのも厄介だからな」
(時代が、変わる……そんな気がする)
ここに彼らが来たということは、先に国には話が通ってるに違いない。長い間、各地を転々としつつも滅びなかった一族が協力してくれるということはきっと俺が思ってる以上に重要なことになるだろうと思えた。
話を聞くうちに、同じような物を規模は違うが、同じような物を使って害虫対策はしたらしいことを知る。流れない水たまりが多いと、虫が増えるというのはどこでも共通だったようだ。今回はそれを大きく、効率よくとなるわけだが……。
「なるほどな……金がかかるぞ」
わかりやすい問題点の指摘に、クロエの顔色が悪くなる。彼女自身はただのメイド、そして仕える相手であるお嬢様もすごいお金持ちという訳でもない。それに、この話は国が関係しているのだから簡単には返事が出来ない……そう思ったのだが。
「私が出すわ。どうせ対策費用と比べて安くなればいいのよ」
どこから話を聞いていたのか、いつの間にかヒルダ様がやってきていた。お嬢様とは違う意味で活発な雰囲気を感じるヒルダ様は今にも暴れ出しそうである。
「それほどに……戦況は」
「ええ、厄介ね、数が多いのよ。とにかく湿地帯には虫が多いわけ。だからそれを食べる魔物がどんどん増えてるのよね。嫌な連鎖だわ」
そんな風につぶやくヒルダ様の顔には、いつだったかにも見た悩みに耐えている表情が浮かんでいた。ふと、そんなヒルダ様を見たのかお嬢様の気配も変化する。苦手苦手とは言いながら、結局はお嬢様は王族の皆が、特に女性陣が好きなのだ。同性の話せる相手がなかなかいないからというのもあるのかもしれない。
ヒルダ様の話を聞き、その重要性を理解したらしいクロエたちはさっそくとばかりに開発に取り掛かるのだった。




