SO-062「再会は騒動の芽吹き・前」
その日、俺とお嬢様は馬上の人であった。南国からの使者を迎えるための集まりの中にいる。増え続ける魔物への対策に、国同士で協力し合う話なのだとか。血縁上、嫁いだ相手がいるからにはそう難しい話ではない。
(魔物もブリザイアも相手どれるだけの戦力があるなら別だろうが、今のところは……な)
馬にくくられ、揺れる俺の視線の先にはまっすぐ前を向いたまま馬を進ませるお嬢様。随分と真面目だ……これから出会う相手に苦手意識でもあるんだろうか? まあ、お嬢様に限って言えばそうそう問題もないはずだが。
「少しばかり、憂鬱ですわね……あちらに嫁がれて少しは変わられてると良いのですが。でも今日は普通ですわよね、きっと。あの方が来るのはこの後のはず……」
訂正、どうやらつぶやいてしまうぐらいには苦手な相手のようだ。と言っても今回の使者はごく普通だと思う。事前には何も聞かされていないし、仮にも相手国の王族関係者であれば通達の1つぐらいあってしかるべきだ。まずはあいさつ代わりに使者がやってきて、国賓みたいな相手はその後……というのが交渉の基本だ。相手国での関係は良好だって聞いているしな、厄介者扱いということも無いはずだった。
「アレスト様、そろそろ」
「わかりましたわ。それにしても、私はただの随伴ですのよ? そんなにかしこまらなくても……」
お嬢様が戸惑うのも無理はない。今回俺たちは交渉の際にやりとりがあるであろう金品の目利きと、名目上の護衛の1人でしかない。当然周囲には十分実力のある兵士がついてきている。こちらにも十分格のある人物が応接役として来ているのだが……ことある度に意見を聞きに来るのだ。
お嬢様も人が良いから、この先は野盗でもいるかもしれない、等と真面目に答え、それに従って人が動き……運が良いのか悪いのか実際にトラブルを防げたりもした。まあ、それ自体は問題ない。お嬢様は優秀だからな。
『正面、来ます』
「前? どういうことですの。予定より……総員警戒ですわ!」
ぎりぎり感じられた気配。それは随分と多い人数の物だった。隠すことも無いと思っているのか、それとも隠れていかないことで周囲をけん制しているのか……いずれにしてもこれは……。
やや気のゆるみかけていたこちら側の気配がピリリと引き締まった物になる。ドラゴンスレイヤーとして、最近ではさらに他の異名も加わるような感じのお嬢様の掛け声だ、無理もない。
俺もまた、宝物庫で強敵に遭遇した時のように気持ちを高ぶらせ……それに気が付いた。
『お嬢様?』
「あの人は……っ! 全く変わっていませんわっ! まさか最初に自分が来るなんて!」
珍しく荒げる声。でもその口元は笑っている。俺はその状況で相手を察した。ただの使者であればこうもなるまい。そして、ただ上の人間だということであってもやはり違うだろう。
向かいから進んでくる集団が見えてくると、こちら側の兵士にも動揺が広がる。それもそのはずで、予定より5倍はいるだろう人数、そして……掲げられた旗は明らかに身分の高い人用のソレだった。
見通しのいい場所で、互いは立ち止まり代表者が中間で話し合う。それ自体はよくある状況だった。が、今回は話の後にお嬢様が呼ばれることになる。俺もいつもよりは小さくなりながら腰に下げられた状態である。
「お目通りが叶いまして」
「挨拶はそれぐらいでいいわ」
馬車の中からかぶせ気味に告げられた言葉に明らかにお嬢様が反応する。俺も少しだけだが接したことのある相手だ。その時の記憶からいうと下手に逆らうとめんどくさい相手、なのである。お嬢様もそれがわかっているのか、しゃがんだ姿勢から立ち上がり開いた扉の中を見る。
そこにいたのは女性、妙齢と呼ぶにはまだ若いが、少女とはもう呼べない立派な大人、南国に嫁いだ第一王女ヒルダだ。服装は高そうながらも大人しめ。それでもわかるほどのふくらみがかなり自己主張をしている。
「久しぶりね。最近は調子がいいみたいじゃないの」
「あまり余裕はありませんわっと、失礼いたしました」
実際には顔馴染とは言え、立場上は他国の配偶者と1貴族である。慌てて体裁を整えるお嬢様をなんだか面白そうに笑うヒルダ王女だった。彼女とお嬢様が交流があったのは事件が起きる前、懐かしさが先に来るわけである。
「貴女、こちらに乗りなさいな。良いわよね」
「……わかりました」
言い換えればこれはこちら側を信用するから話し相手になれ、と言ってるに等しくお嬢様たちに断る理由は無い。何かあった時の責任は問わない、と言っている形なのだから。
そのまま馬車へと乗り込み……ヒルダ王女とお付きであろうメイドとで3人と1さすまただけとなるのだった。
「お変わりないようで、安心しましたわ」
「どんな無茶振りをされるか不安、ではないの?」
からかいに満ちた言葉に、お嬢様が押されるという珍しい光景を目にすることが出来た。思わず腰で揺れ、音が立ってしまう。視線が2つ、突き刺さる。なるほど、このメイドもただのメイドではないらしい。
ブリザイアにいたころには俺が動く奴だとは話したことはなかったはずだが……どこかで聞いたんだろうか?
「ふうん。それが噂の……密偵が戻ってこないって誰かが嘆いてたわね」
「よろしいのですか?」
自分の嫁いだ先は表向きは友好国に密偵を放っていると暴露したに等しい発言に、メイドの顔にも焦りが出る。まさかこんなことをいうとは思っていなかったんだろう。そのあたりを気にしたお嬢様の問いかけにも、ヒルダは涼しい顔のままだ。
「その辺も含めて腹を割って話をってことになるんじゃないかしら? ああ……フリーニアの歌が早く聞きたいわ」
「最近は演目を増やしたそうですわ」
もしもヒルダが男だったら、色々とブリザイアも変わっていただろうなと思わせる豪快な性格、それが彼女の持ち味だ。それでいて自分も何かしていないと落ち着かない性格で、よく昔は連れ出された……と聞いている。昔とはホルダーがいるかいないかという違いもあるからお嬢様が連れ出されることはほぼ確定であろう。
悪い人ではないのですけれど……そんないつかのお嬢様のつぶやきがふと、思い浮かぶのだった。




