SO-059「流れる時間とお嬢様」
これまで過ごしていた王都周辺からは遠い土地で出会った巨人族、スプリガン。彼らとの出会いは王都に戻ってからの日常に変化を産んだ。
「今日はここまでですわ」
「「ありがとうございます!!」」
青空の元、元気よく響くのは防具のあちこちに打撲の跡を付けた男女。実戦ではなく、訓練ではあるが壊す勢いで戦った結果である。多少の怪我は治すというある意味乱暴なこの特訓に、兵士以外の人間も含まれていた。
鉱山近くの砦から戻ったお嬢様は内々にはドラゴンに続いて巨人族も相手に戦った勇敢な相手として名前が売れ始めていた。外向き、つまりは民衆相手には国の兵士が対処したという体になっているが、事実でもあるので何も問題はないと思っている。
王都に戻ってからの昼間の空いた時間は訓練……が、そこにはお嬢様とホルダー以外の人間も含まれることになった。以前からたまに手ほどきしていたような貴族の若者や兵士だけでなく、冒険者もだった。
彼らの目標は巨人……ではない。軍を巨人族側に向けるためには当然のように国全体で考えると余力が必要だった。だからこそ、兵力の増強は急務ではあったが魔物は待ってくれない。
ではどうするか?という問いに対して、魔物の討伐を国が推奨することで王は応えた。これまでにも補助は行っていたが、その手当はこれまで以上のものとなる。
そうなると、自然と冒険者と兵士の中間のような存在が産まれることになった。彼らは自分の住む場所の近くを定期的に見回り、討伐を行い、日々の糧の足しにするようになったのだ。
となれば武具の需要は高まり、日々の生活でもお金が動くことが増えることになった。それはつまり、税金の増収にもつながり……巨人という驚異のおかげで、国の経済は活気づき始めるのだ。
「もろ手を挙げて……とはいきませんわね」
今日の訓練を終え、屋敷で過ごす姿は少し疲れ気味だった。自分一人での鍛錬ならともかく、人に教えるというのはなかなか気を使うのだ。特にお嬢様ぐらいとなれば手加減もいる。いつものように動くとまず、目で追うのも大変だからな。動くを学ぶどころではない。
戻ってきてからはホルダーとは大体3日ごとに交代をしている。最近では侵入者も減り、腕が鈍りそうだと言っているのが気がかりだった。
そして、憂いのつぶやきは忙しさだけが原因ではない。
『やはり、巨人族を倒して確保しようとしてるんですかね』
「ですわね……足がつくこちらの宝物より、何体いるかもわからない相手から奪った方が良いですもの」
そう、巨人族の住処と思われる山は東国、そして北国を交えた3国での共同戦線となった。どれだけいるかはわからないが、どこに次に侵略してくるかはわからないということから王が決断したのだ。北には第二王子が、東には第一王子が条約の締結に向かったと聞いている。
最初は半信半疑だったらしい北国も、例のドラゴンの復活を調査していた2人が帰国し、ついでに状況の報告を行うことでにわかに動き出した。結局、ブリザイアだけでなく他の2国も巨人族と遭遇したようで、そんな報告が届いている。さらに……まるで火事が飛び火するかのように騒動が増えているようだ。
考えることが増え、頼られることも増えた。そのこと自体は家の復興を考えると嬉しいと思っているようだけど、物事の流れが激しくなったのは間違いなく、俺もしっかりと支援していかないと、そう思う日々だった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。湯あみをなさいますか?」
「ええ。クロエ、留守中のことはロイアからは聞きまして?」
例によって例のごとく、壁際に立てかけられるというご褒美なんだかそうでないんだかわからない位置に置かれ、目の前で服を脱いでいくお嬢様に視線が向いてしまう。この距離での観察もまた……うん。
すぐに部屋が湯気に満たされていく。俺の元いた世界にあった物をこちら用に作り直した湯沸かし器だ。水に浸かる金属棒を魔力が通ると熱を持つ性質を利用している。逆に冷やすことの出来る仕組みも出来たので夏にはいいだろう。
ともあれ、この屋敷では薪の消費量が少ないわけだ。これは何かと出費の多いプラクティス家にとってはありがたいことなのか、お嬢様だけでなくロイアからも喜びの声を貰えた。あれこれと抜け落ちた記憶が役に立ったので俺も嬉しかったのを覚えている。
「詳しくは教えてもらっていませんけど、騒動があったことは聞いております」
「そう……頭が痛いことに、他の場所でもどうも見慣れない魔物を見ることが増えたそうですの。クロエ、貴女のご家族……いえ、一族ですわね。今は他国に出ていかない方がいいかもしれませんわ。数日お休みをあげますから、里帰りついでにいってらっしゃい」
「よろしいのですか? ありがとうございます。父や母も喜んで……」
そこまで言って、クロエは押し黙ってしまった。なんだかいたずらが見つかった子供のような顔をしているぞ? 親に会いたくない理由が……例えばそう、一度出ていったなら親の死に目にも帰ってくるなってタイプなんだろうか?
手紙自体は何度か書いているはずだけど、確かに用件のみだったりして、家族相手というような文面ではなかったような気がする。そもそも草原の民とまではいかなくても決まった故郷を持たない一族だと聞いている。そんな一族から都会である王都に出てきて下っ端だけどメイドに採用されるとなると色々と問題があるのかもしれない。
「クロエ、貴女は立派に勤めてますわよ。メイドとしてだけでなく、作り上げてくれた道具はいくつもの事件を解決し、私たちを助けてくれています。自信を持ちなさい。そして、自分はちゃんと働いていると誇っていなさいな」
「……わかりました! しっかりと報告してきます!」
それからのクロエは嬉しかったのか、いつも以上に良い動きでお嬢様を磨き上げていた。壁際から見ている俺も思わず声のように震えるような光景が何回も見られて満足である。こんな時間がこれからも続けばいいのだが……なんとなく、本当になんとなくだが難しいように感じた。
一度上がった騒乱の火の手は、どこでさらなる炎となるかは誰にもわからず、時代を熱し、時には焦がし……新しい時代を産み出す。随分と昔の記憶だけれども、かつての思い出が気を引き締めろと俺自身に呟いていた。




