SO-056「大地を貫く声とお嬢様・前」
お嬢様はどこにいてもお嬢様であった。実用性重視の堅固な造りの馬車に乗り込み、今は目的地へ向けて揺られている最中だ。周囲を兵士に囲まれ、男くさいことこの上無い中、お嬢様と、そして同行しているクロエのいる空間だけはお屋敷の一室のようですらあった。
「随分落ち着いているのだね」
「慌てる道理はありませんもの。やるべきことをやる、そのために今は静かに過ごす時ですわ」
向かいに座るのは今回、お嬢様自身が戦地に来てほしいと頼み込んだ東国の使者、そして先日遠くからだが城内に潜入し、撤退していったであろう気配の主。クロエの手の中にある俺へと時折視線を向けてくる姿は、確かに前線で荒々しく戦うというよりも後衛が似合うような体格である。
(魔法を使うかどうかはまだ微妙なところだな)
そばにいるクロエなら、わかるような何かを作れそうだが今のところはそういった技術は隠している。切り札とも言えるし、何を要求されるか分かった物ではない。ただ、力の大小にこだわらなければ魔石自体はあちこちに転がっているから、現地で何かを作り上げることはきっと出来るだろう。
まだ時間が少しかかりそうなので、気配を探りながら揺れることなく押し黙る。お嬢様はホルダーのことを気にしているようで、時折王都のある方向を窓越しに振り向いている。ホルダーもかなり詰め込み気味ではあるが守り手としては十分な修練を積んだと思う。そりゃ、お嬢様には叶わないけれど、今までに出会った侵入者たちならどうにかなるだろうと思えるぐらいには強くなった。
宝物庫とそのそばで撃退する一番の利点は、侵入者が宝物庫のあれこれを無事に持ち帰りたいという考えにある。あの中はかなり複雑な状況で、下手にそばで大きな魔法を使ったり、置いてある場所から動かすと妙なことになったりもするのだ。だから、動かすにも時間がかかるし手順がいる。
つまりは、馬鹿なことを考える奴が出てこない限りは、まずは守り手をどうにかしてからでないといけないのだ。たまーに、いつぞやのように入ることばかりを気にしてそのことを忘れる奴もいるが、そんなのはすぐに捕まる。
「そろそろだな」
「あれは……騎士団長はこちらに来ていたのですね」
正面の窓から見えて来た陣地、というより砦だろうか? 大きさとしては小さいが、今回の騒動により増築されているのか周囲に動く人が見える。そしてそこにはためく紋章を見た時、お嬢様の顔も無表情に近い物からわずかに微笑んだ物になる。そこにあった旗は、俺たちの所属する国と、東国の物の両方だった。このあたりにいるブリザイア兵は国境の警備兵のほかは騎士団長たちしかいない。そして旗を出せるほどの相手となると限られる。
馬車が止まり、陣地への合流を果たしたことで周囲の兵士の緊張も少しだが解けた感じを受けた。お嬢様たちも移動することになる。
「当てが外れてがっかりなさいましたか?」
「いえ、自力で動けぬ伝説より、貴女の方が必要でした」
降り際の問いかけにさらりと相手も躱して見せた。したたかというか、そのぐらいでないとやっていけないというか……ただ、確実なのはこれまでに捕えられ、事実上失踪した東国の密偵たちのことを考えていないということは無いだろうということだった。
降りたお嬢様に付き添うクロエ。その手にさすまたがあるのも、メイドということを考えると逆にお嬢様よりは似合うのかもしれない。最近では俺が軽く魔力を吸うことでその暴走は無くなり、落ち着いた生活を送れているようで何よりである。
ともあれ、出番があるまではブリザイアの人間と過ごすことを望んだお嬢様の言う通りとなり、使者とは一時別れることになった。そうして招かれた騎士団のいる区画。天幕が多く設置されているが、建物も一部借りられているようだ。どうやらある程度長期戦を見込んでいるのか、家具なども運び込まれ、これならしばらく寝泊りしても体調に支障がなさそうな状態であった。
「増援が私といくらかの兵士のみとなり、申し訳ありませんわ」
「とんでもない。1000の軍勢よりアレスト嬢一人の方が頼りになる。こと、今回のような相手には」
含みのある言い方に、戸惑う俺たちの前に運び込まれた木箱。その中身は……骨だった。一見すると、馬のような大きな動物のソレかと思われたが……俺は見覚えがあるぞ、この形……。
『まさかっ、スプリガンのっ!』
「トライ? なるほど……件の巨人の一部ですの」
「大きい……私の胴周りぐらいあります」
そう、保管のために処理されているので匂いはなさそうだが、木箱に入っていたのは、恐らくはスプリガンの指、大きさ的には小指の先ぐらいだろうか?な骨であった。だというのにその太さは少女の腰回りに近い。これに肉がつき、さらに動き回っていると考えるとやはり、相当な大きさだ。
「よくぞ撃退を……」
「幸運でしたな。相手にも知性があるがゆえに、突然の遭遇に戸惑っている様子でした。そこにちょうど弓兵と魔法使いがいましたからな……一斉攻撃の後、足を斬りました。その間に残りは逃げたようですが……」
つまりは、相手との実力差や実際の強さはよくわからないままということだ。だが、俺の記憶にある通りなら相手はかなりの強さと弱点を持つ。そう、弱点だ。見た目の大きさに惑わされなければ、なんとかなる……はずだ。
その後も情報交換と、今後の動きに関して相談を進める。俺はその間、クロエと渡された後暇な時間を過ごしていた。周囲には兵士の気配ばかり。肝心の巨人はここからは離れた場所にいるようだ。まあ、そうでなくては陣地等築けはしない。
(この山は……確か鉱山だったはず)
もう何年、何百年前かもしれないが、このあたりの山は良質の鉱石が取れることで有名だった記憶がある。そのために国境をどこにするかでかなりもめ、争いが耐えなかった土地でもある。結果としてブリザイアが主に管理していたはずだ。
問題は、騎士団長たちが出会ったのはともかく、東国の兵士が既にここにいる理由だ。偶然、というには都合が良すぎる。あるいは……小競り合いかそれ以上の戦いをしようと国境に近づいたところに巨人が出て来たのではないだろうか?
『考えるだけ無駄……かな』
「どうしたんですか、トライさん。何かいましたか?」
つぶやきの震えに同じように体を震わせ、こわごわと周囲を見つめるクロエ。少女が怯える姿というのはなんだか思うところがあるが、今はそんな時間ではない。大丈夫だと思わせるべくトゲを上手く動かして丸を作って見せる。ほっとした様子のクロエの姿は少女らしいものだった。
「私、お役に立てるのでしょうか? 皆さん強そうですし……」
そんなことはない、きっと何かの……そう言おうとして、ふと彼女の足元にある石たちが気になった。この場所は既に鉱山の一部なのか、下は岩盤で井戸は離れた場所にある。風を防ぐにはこのあたりが良いからこそなのだが……最初はただの石と思っていたが、どうも違う。
「この石……確かにただの石にしては……」
1本だけ伸ばしたトゲでその石を示してやると、慣れた手つきで石を鑑定するように眺め……頷いたクロエは持てる限りという感じで石を集め始める。それはお嬢様が話を終え、用意された寝床に向かうべくクロエを呼びに来るまで続くのだった。




