SO-057「大地を貫く声とお嬢様・後」
星と月だけが輝く夜。多くの動物が、目標である巨人ですら寝ているであろう時間に俺はお嬢様につかまれて砦の外に出ていた。音もなく、なんてのはお手の物だ。なんなら俺をつっかえ棒にして壁を飛び上がるなんてこともしてみせるのがお嬢様である。
そんなこんなで、周囲で一際高い巨木の上へと手早く昇り切ったお嬢様と共に遠くを眺める。山の裾に広がる鉱山。そんな先にあるのが未開拓の山肌だ。今はそんな場所に、知性を感じる光……火の光がある。
『あれが奴らの住処……』
「トライ、揺れると手元がぶれますわよ」
つぶやくお嬢様の手元にはクロエが作り上げた道具の1つ、遠見用の道具だ。なんでも遠くの景色が近くに見える現象を利用してるのだとか。それだけならぼやけるところを魔石の力で疑似的に魔法のように弄っているというのだからクロエもクロエで外に出せない人材である。
(なんだっけな……こんなのがあった記憶があるぞ。だけどそれにはレンズってのを使ったような……)
肝心なところで人間だったころの記憶は歯抜けであった。それでもこの道具で空の太陽を見るのはマズイ、そんな記憶は確かめられたので持ち歩いている小さな板にカリカリと描きこむ。
「そう、眩しさもこうなるということですわね……確かにたき火を見てるのも少し目に痛いですわね」
この偵察により情報は得られた。それは良いことでもあるし、悪いことでもある。火があるということは巨人たちも夜に寝ていない奴がいるだろうということでもあり、伝承の通りにやはり、頭がよさそうということを示しているのだ。獣は、基本的には火を使わない。
「私たちにとっての建材は巨人にとっては小枝のようなもの……恐らくは山肌をくりぬいた洞窟形式ですわね」
『いっそのこと、崩落させますか?』
試しに書いてみたのだが、当然のように却下された。ただその理由が、崩落後に生き残ってるかもしれないから確かめるのが大変になる、ということだった。確かに、直接倒した時と比べて、まだ生き残ってるかもしれない、ということを確認し終わるのは事実上、不可能だもんな。
「戻りましょうか」
確認すべきことを終え、寝床に戻ったお嬢様を待っていたのは、抜け出したことに気が付いて心配でいてもたってもいられず、それでも自分も抜け出すわけにはいかないと青ざめていたクロエであった。まさか夜に自分の作った道具を持ちだして偵察に行くとは思っていなかったらしい。泣きそうになっている彼女をなだめるのに、俺もお嬢様もしばらく時間を費やすのだった。
翌日、朝焼けも山を照らす前に騎士たちは動き出す。夜討ち朝駆けは戦いの基本……なんていうのはどの世界でも同じようだ。俺としては騎士たちや東国の兵士達が奇襲は卑怯だと言い出すかもしれないと思っていたのだが、意外にもこれを提案したのは両者だった。
その理由は単純なことで、東国は国内での魔物対策に良質な鉱石を求めこちらに買い付けに来ていたこと、出来れば輸出もしてほしいという交渉をするために来ていたのだった。小競り合いはあるものの、本格的に開戦するリスクは大きい、その上でのガス抜きってやつだな。まずは人間より魔物に目を向けさせて不満をそらそうってことだ。
そんなところに文字通り湧いた巨人族、となれば早く片付けるに越したことはない。
「この先には罠らしい地形がありましたわ。迂回しましょう」
「どうしてそんなことがわかるかは置いておきましょう。そのほうがよさそうだ」
両軍合わせて200名ほどの兵士を引き連れ、騎士団長らと話しながら進むのはいつもよりは動きやすそうとは言え山道を歩くにはどうかと思う服装のお嬢様だ。昨晩確認した地形を元に一番効率のよさそうな道を選んでいる。
「小川の向きを変えて泥を産み出すとは……侮れぬ」
高台から先ほど真っすぐ進んだらたどり着く先の状況を見て呻く兵士達。否応なしに、自分たちが戦う相手がただでかいだけの存在ではないことを叩き込まれているも同然だからだ。俺も自然と警戒の度合いを高める。それこそ、人間のように奇襲することだって十分考えられる。
「相手が少数の場合、予定通り私が前でかく乱いたしますのでお二方と兵士の皆さまに討伐をお願いいたしますわね」
「淑女に頼るのは少々問題な気もするが、この場にあっては性別関係なく、戦士でありますな」
東国の使者は自分でお嬢様を招いて起きながら、男女差が気になる人のようだ。そんな相手に苦笑いだけを返し、まるでダンスに赴く少女のように俺を構え、息を小さく吐いたお嬢様。
既にここは巨人たちの領域なのだ。立ち並ぶ木々もいつなぎ倒されるか……っ!
『左前、います!』
「擬態っ!」
瞬間、体のバネと強化魔法を併用した突撃で飛び出したお嬢様の先で、大きな岩だったと思っていた場所が揺らめく。座った状態で隠れていた……巨人だ。こちらを襲うタイミングをうかがっていたんだろうが、まだ距離があるところで俺が気が付いたのだ。かつての戦いの最中、同じことがあったことを思い出したおかげである。
まさに大人と子供、それ以上の体格差の相手へと飛び込んだお嬢様はそのまま振り下ろされた腕に逆に飛び乗り、大きく跳躍した。事前にお嬢様には奴らの弱点は伝えてある。生き物であるが故、そして人型であるが故、人間と似たような急所を持つと。そして……。
「ありましたわ!」
視線の先には右肩あたりに光る人の頭ほどの石。水晶をはめ込んだようなその石は、巨人たちの魔法の源、言うなれば体と一体化した魔法の杖だ。いっぺんに視界から消えたお嬢様を探し、体を起こしてきょろきょろとする巨人だが、もう遅い。
さすまたとしては想定外の使い方であるが、一方の端っこに大きくとげを作り、簡易的なハンマーとする。丈夫で基本壊れない緑軽銀の混じった武器ならではの使い方だ。そして降りる勢いを生かしてお嬢様の手によって俺がその石へと振り下ろされ……あっさりと砕いた。
森に響く巨人の悲鳴。それはこの時代の人間の巨人たちへの宣戦布告でもある。
「とどめを!」
「「応っ!!」」
突然のことであっても、鍛えて来た日常は動きを導く。号令に従い兵士達が弓を、魔法を放つ。それは巨人の巨体に突き刺さり、逆にお嬢様はそれらから守られる形となる。なおも響く、大地を貫くような声は徐々に弱まり、静かになった。
「お見事! 私たちが苦戦した相手をこうもあっさりと」
「皆さんの練度が高いからですわ。巨人も私たちも同じ……攻撃を集中させるのが一番ですの」
確実に巨人が息絶えたのを確認してから、その手にしていた武器を検分する。武骨で、とても質は良くないが……確実に作られた道具だった。地下から持ちだしたのか、この短期間で作り上げたのか、それはわからない。
「相手の人数も把握していく必要がありますわね……。本当に、出て来た人数だけですの?」
お嬢様のつぶやきは、最悪の場合を想定したものだった。巨人たちが住処とした山肌。そこには地下につながる道がもう出来上がってるのではないか? そんな懸念だった。
お嬢様と巨人との戦いは、本国から引き継ぎの兵士達がやってくるまでしばらく続くのだった。




