SO-055「外への誘いとお嬢様」
『右っ! っと、上にもっ!』
「今日は大盤振る舞い……ですわねっ!」
王城の広い廊下。歩く分には広いけれど、暴れるにはやや狭い気もする場所をお嬢様は飛び回る。壁を、柱を足場に相手をほんろうすべく動き回り、確実に沈めていく。
(これで8人……一気に来たな)
今日の朝、国境沿いでいつもより規模の大きな小競り合いがあったという報告を受けたお嬢様。経験上、どこかに人々の興味や視線が集まる日は侵入者が多い。陽動ってやつだ。
その予想は大当たりとなり、宝物庫の中にはホルダーを灯りを付けた状態で配置、周囲をお嬢様と俺が見回るという形をとっていたが、日が落ちると同時に襲撃があった。正確には、その襲撃は街の方が始まりだった。
夜の闇を照らす炎、火事だ。あまりにもタイミングが良すぎる状況に、俺もお嬢様たちも放火を頭に浮かべ、場所を動くことはなかった。
しばらく後、ようやくというべきかお嬢様の手にした人形……クロエの改良した探知人形が反応を示した。月明かりに照らされてやってきたのは兵士2人。見回りの彼らはお嬢様に会釈をして前を通り過ぎようとし、唐突に1人が倒れ伏す。
「何をっ」
「おあいにく様ですわ。今日は、ここに近づかないようにと連絡してありますの。近づく者は、全て捕えると」
真面目な兵士を装っていた兵士の表情を崩し、襲い掛かってきたもう1人の攻撃をかわし、俺の石突側を腹に突き込んで……終わりだ。手早く縛り上げると、近くの小部屋に今日は放り込んでおく。どうも同じ国だけではなさそうだからな、互いが監視して下手に動けないことだろう。
「ホルダーは大丈夫そうですわね」
世間にお嬢様の腕は知れ渡っている。戦えばどれだけ強いかに加え、先に宝物庫に突入するという手を取ることが難しいことも。一体何人今日はやってくるのか、そんな疑問が浮かぶほどにうっすらとだが気配はあちこちから感じられた。
(まったく、こんなに潜入されるとは街の警護はどうなってるんだ?)
思わずそう考えてしまうけれど、よくよく考えたら……夜の闇に紛れて屋根を飛んでいくような相手を捕まえられるだろうかと考えると無理だな、と思った。そうでなくても建物の間を縫うように忍び込まれたら発見は困難だろう。それに……。
「本命の1つである王や王子たちが無事なら何の問題もありませんわね」
『確かにそうですよね。物は作り直せるけど……命はそうはいきません』
宝物庫に向けて奴らがやってこれる理由の1つはそれだ。怪しい時には兵士が守るのは王族なのだ。逆に言えば宝物庫はお嬢様たちが守り切るだろうという信頼の現われでもある。
お嬢様も、そしてホルダーもそれがわかっているからこそ全力で応えるのだ。もちろん、俺もな。望まれる限り、力を貸すつもりでいる。というか、ついて行くつもりだからな、うん。
(それにしても、こんなにこっちに刺客みたいに差し向けて、大丈夫なんだろうか?)
大なり小なり、教育と鍛錬を施した結果がこうして侵入者となっているわけだが、侵入を止めた奴ら以外はほとんどが捕縛されている。捕縛された奴らが無罪放免で出ていくかというとそんなことはないだろう。つまり、この国は周囲のそういった密偵等を吸い込むようにしているのだ。損失なんて一言で済ませられる被害ではないと思うのだ。
『それだけの人材、金を他に使えばマシになるように思うけどなあ』
「ええ、そうですわね。あまりにも数が多く、ある意味無駄遣いですわね……まったく、こんなこそこそと来ないで……」
わざと遠くまで聞こえるようにつぶやかれたお嬢様の愚痴がちゃんと聞こえたのか、なぜかその後侵入者はどこかへと去っていった。
「確かに、先日そう言いましたけれど……随分と、腰の軽いお話ですわね」
妙に多い侵入者たちを追い返し、あるいは捕縛した夜から1週間ほどしたある日、東国からの使者がやってきた。たまたま王城に来ていたお嬢様は、遠くからその姿を観察し……その中に覚えのある気配を感じたのだ。俺も覚えがある……他でもない、侵入者の一人だ。遠くから状況を伺っていたから、きっと宝物庫が目的なのではなく、ホルダーとお嬢様のことを探りに来たのだろうと思っていた。
『どうします? 捕えますか?』
「今日はその理由はありませんわね……報告はしないといけませんけれど……」
さすがのお嬢様もまさか侵入者の1人が堂々と本当に正面から訪れるとは予想していなかったらしい。戸惑いのまま、近衛を経由して報告を行うだけに留まる。
が、気が付けば王の命により、その場に招かれることとなった。
「お呼びでしょうか」
「うむ。用件だけを言えば、巨人族を共に退治しよう、そういう申し出だ。アレスト、良い物はないか」
王自ら、用件だけが伝えられる。つまりは、国としての交渉や話し合いは粗方話が付いているということだ。片膝をついたままのお嬢様に代わって近くにいる彼らを観察する。5人組で1人は間違いなくこの前の奴だ。残りもかなり腕が立つように感じる。そのうえでこんな話が出来るということは相当権限を預かってきたということになるだろう。
「兵士を動員するのであれば、鼓舞する力を持つ物がいくつかございます。使いすぎると死兵を産むと伝えられておりますが、適切に使えば問題は無いかと思います」
さらりと語られた魔法の道具の説明。その力と、問題点を躊躇なく口にしたお嬢様に東国の使者たちはどきりとしたようだった。まあ、そりゃそうだろうな。
ただまあ、表立って使われない宝物なんてのは、大体が強力無比すぎて下手に使えないか、使うことは出来るけど問題点もくっついてくる、そんなものばかりだ。昔の作り手がどうしてそう考えたのかはわからないが、何かを犠牲にしないと力は高まらなかったんだろうなと思う。俺が、人間の体を失ったように……。
「出来れば、彼女をお借りしたい」
そんな中、あの夜に感じた気配の主は……そういってお嬢様を見つめるのだった。ホルダーがいなければ、離れるわけにはいかないと一蹴されたことだろう。だが、今は守り手として認められたホルダーがいる。全く不可能、ではなくなったのだ。
王のお心のままに、そう告げるお嬢様に……王は了承を伝えるのだった。




