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SO-052「黄昏る少年、頂を知る」


「トライさん、俺……やっていけるんでしょうか?」


『落ち込むの早いなオイッ!? まあ、気持ちはわかるぞ』


 季節は進み、緑軽銀を狙う奴らもそこそこ落ち着いてきたかな?と思う頃、出かけたお嬢様はホルダーへ訓練するようにと俺を置いていった。これまで半身同然にそばにいた自分を一時的にでも手放すのだからホルダーを信用している証拠だろう。


 ただまあ、その本人は俺を壁に立てかけたまま、どうやら落ち込んでいるようだ。真面目な感じの口調から歳相応の男の子!といった感じになっている。気持ちは、わかる。わかるぞ……やっぱりこう、お嬢様の生活サイクルはやや無理があるのだ。


 昼間の訓練、そして夜間の警護と繰り返すうち、本人は隠しているけれどホルダーには疲れがたまっていたんだろう。だからこその自主練の指示だったし、俺を護衛がてらに置いて行ったのかもしれない。


「鍛えたつもりだったんですがね。さすがアレスト様です……」


 これも当然と言えば当然なのだが、彼はまだアレストお嬢様と同じことは出来ない、というかされてもある意味困るわけだが。昼間の訓練は夜に支障が出ないようにとお嬢様基準では軽めだし、夜も動かなくて済むように宝物庫の中の警備となっている。お嬢様の場合は、必要に応じて周辺の警戒もしたりするのだがホルダーがいる間は裏口ではなく、表から入っているから夜も明るい。理屈はよくわからないが、火ではない灯りが宝物庫にはたくさんあり、表から入るとそれが中を照らすのだ。


『本当は誘い込みやすいように暗い状態で中にいるからかなり眠いと思うぞ。お嬢様も、器用に仮眠してるし』


「仮眠……その訓練はあまりしていませんでした。なるほど……仮眠か」


 カリカリと板書に会話を書きながらの時間である。最近はクロエに書き棒を何本も作ってもらい、とげを何本も動かして同時筆記なんて技を身に着けたので話してるのと同じぐらい早くなった。でもこれ、横から見るとキモイよな……金属質のとげがうにょうにょ動くんだもの。さすが緑軽銀、なんだけどな。


(アレストお嬢様が戻ってくるまでしばらくはかかるだろうな。今日は北からの来訪者な2人の外での活動の件だし……)


 正式に彼らはうちのお偉いさんとの面会を果たした。こっちに出て来たドラゴンに復活の兆候が全くない事と、他国との争いが本格的に始まってしまえば探索どころではないということもあり、危なそうな芽は先に摘んでおくべきか、という話になったのだ。


 その席に、ジャスタ家をはじめとする何家かが同席していたのは意外だったが、のけ者にするわけにもいかずにというところか。案の定、北がわざと復活させた可能性は?という話も出てきたが、王様による一声でそれは立ち消えた。


─それが出来るのならとっくにやっているか、騎士団のいない時にやるだろう、と。


 お嬢様という例外はあっても、基本的には国の戦力とは兵士であり、騎士と魔法使いたちだ。そうなれば建国祭という一番人手が集まっている時期を狙うことは無いだろうということになったのだ。もっとも、ドラゴンの力なら全部まとめて!と思っていた可能性は否定できないのだが俺は押し黙ったまま聞いていた。俺を掴んでいたお嬢様も同じだろう。


 ともあれ、今はホルダーを一人前の守り手とし、お役目を全うするのがお嬢様の狙いだ。その余裕分で見回りをしたりするかもしれないが……まあ、お嬢様だからな。


「悩んでても仕方ないか。よし、私はやりますよ、うん」


『じゃあ訓練再開だな。遮断用の布手袋は持ったか!』


 気合を満タンにしたらしいホルダーが頷きながら両手にはめるのは俺を掴んでも大丈夫なように……だけでなく、宝物庫のあれこれにうっかり触った時に事故にならなうようにという専用の手袋だ。お嬢様の意見を参考に、クロエが作ったらしい。なんというか、野生の技術者過ぎるぞ、クロエ。彼女の一族が同じように技術があるなら、国で雇っても良いような気がするな。外で暮らしたい民なのかもしれないが……。


 ホルダーの腕の中で揺られながら庭に出、何体もある人形を相手に捕縛訓練だ。どのあたりに突き込めばさすまたで捕えやすいか、動くにくくなるのか、こればかりは訓練あるのみだ。自主練では戦闘訓練を主にしていたそうだけど、それでも刃物無しということには驚いていた。理由は単純で、一番大きいのは宝物庫で斬り合えば物が汚れたりしたら掃除が厄介だし、血を浴びると発動してしまうような変な能力のブツもあるからである。


「はっ! えいっ!」


 やると決めたら話が早いのがホルダーの良いところだ。色々と改良され、そう簡単には壊れない人形はホルダーの一撃を受けて揺れながらも元に戻る。いきなりとらえるのではなく、まず打撃を加えながら動きを阻害するというのも重要な動きだ。だから俺もこの国で一般的な造りのさすまたを模した状態で固定となっている。


 何度も何度も動き、これまでに学んできたことを復習している様子はまるでスポーツをしているかのようだ。背の高い人形や低い人形へとターゲットを変え、時間は過ぎていく。


「そろそろ休憩に致しますかな」


「ロイアさん、ありがとうございます」


 そうして休息をとるホルダーを見ながら、俺は自分に落ちてきた彼の汗に……考えを巡らせていた。俺はさすまただ。元々はたぶん人間だったのと思うのだが、今と前も人間ではない。そのことそのものに不満があるわけではないのだが、やはり寂しく感じる時もある。お嬢様と同じ体験ができないのはどこまでも他人のような気がしてしまう時があるのだ。


 今回、ホルダーはお嬢様とは別の家庭を持つ道を選んだが、今後の人材がどうなるかはわからない。お嬢様が婿を迎えるのか、それとも他の貴族のように養子を引っ張ってくるのかはわからない。けれど、家を残すことを考えると色々と時間は限られるだろうなとは思う。


『いつか……そう、いつか。俺がもしお嬢様の横に立てるのなら……』


 心の片隅にあるそんな気持ちが思わず漏れ出てしまった。方法もなく、望みも無いというのにこんなことを言ってもお嬢様を困らせるだけだというのに……な。


 そんな気持ちの時、今一番会いたくて、会いたくないような気もする気配が近づいてくる。お嬢様だ。思わず震えて壁から倒れ、そのことに気が付いたホルダーもまた、遅れて気配に気が付いた。


「お疲れ様です。アレスト様」


「ええ、戻りましたわ。ホルダー、持っていなくても得物は手に取れる位置に置いておくか、誰かに預けておきなさいな。トライは自分で動けるから特殊ですけれど、普通は持ち去られないようにするものですわよ」


 帰宅早々のお叱りに、ホルダーも呻きながらも頭を下げるしかない。確かに俺は他の武器と違って、自分でなんとか出来る場合もあるだろうから日向に干してもらっても大丈夫なんだけどな、うん。


「何か上手くいかないことなどはありまして?」


「自分より体格の大きい相手を捕縛するときはどうするか、とかでしょうか」


 庭に立ち並ぶ人形は大きさはさまざまだ。中には人の2倍以上もあるだろう物だってある。そんな相手、まずいるはずもないのだが……想定外は想定内に、それがお嬢様の訓練方針だからだろうな。


 俺を手にしたまま、まるで簡単な料理の仕方を聞かれた女性のように微妙な顔をしたお嬢様はそのまま一番大きな人形の前に立ち……瞬間、俺に衝撃が襲い掛かる。お嬢様が人形の胸元、脇あたりに俺を勢いよく差し込み押し込んだときの物だ。ぎりぎり見えた視界の中、お嬢様はそのまま足で人形の足裏あたりを引っかけるようにして力を籠め……なんと、倒れないように重量があるはずのそれを見事にあおむけに引っ張り倒したのだ。上半身は後ろに傾き、下半身は手前に引っ張られる形でそのまま終わりだ。


「届かないのなら、届く位置に降ろすのですわ」


「……はいっ!」


 まだまだ頂は見えても先。そのことを身をもって知ってしまった少年は今後も俺を相手に黄昏るのだが、熱意を持ってそれを乗り越えていくのだった。




 

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