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SO-051「新しい守り手とお嬢様」


 わずかな音を立て、扉が開く。どことなく、扉を開いた本人もほっとした様子だ。無理もない、ここで開くことが出来なければ彼の目的はここで駄目になってしまうのだから。


「ここが……宝物庫」


「外から見てる輩がいるかもしれませんわ。もう閉じてくださいな」


 冷静なお嬢様の指摘に、慌てて閉めたことで少しばかり音がたってしまったのは仕方がない。ほのかに扉の周りが赤く光る。これは、合図だ。宝物庫からの、彼への警告。


(と言っても大げさなものじゃなく、気を付けろよ、ぐらいだろうか?)


 長い時をそのまま生き抜いているこの宝物庫は……生きている。正確には、宝物庫全体にかけられた古代の魔法がまだ効果を発揮している、ということになるだろうか? 俺がまだ三つ又の槍だったころにもあった宝物庫だ、その古さはまさに折り紙付き。


 ブリザイアの直系と、プラクティス家の起源である家系の血統のみ扉を正しく開くことが出来る。落ち着いて考えると、何かあった時には入れる人間がいなくなるわけだからおおざっぱと言えばおおざっぱだ。幸い、どちらも途絶えるということは今までなかったわけだが……。


「体作りは問題なさそうですわね。近々、一緒に夜を過ごしましょう」


「はっ! ご指導よろしくお願いいたします」


 まるで兵士のようにきびきびと返事を返す彼は……お嬢様の要請に答え、親族の中から新たな守り手の候補としてやってきた親戚だ。短く切りそろえられた髪は燃えるような赤。きりっとした瞳に、良く鍛えられた体はそのままでも兵士としてやっていけそうな姿だ。残念ながら、背の低さだけはどうにもならないのか、お嬢様よりも顔半分ほど小さいところが本人は気にしているようである。


 まだ日も高い時間。まずは入れなければ話にならないということで宝物庫まで連れて来たお嬢様と、緊張にか硬い動きの彼を見れば誰もが状況を察するだろう。俺はその間、じっくりと彼……エクスペリア家が次男、ホルダーを観察していた。今のところ、悪い奴ではなさそうである。


 前を行くお嬢様の数歩後ろをついてくる彼の顔にはお嬢様へのあこがれのような物が見て取れる。それはお嬢様から見ての大量の訓練は必要ないと思わせるだけの自主練の結果が証明していた。事情があって家名を変えて受け継がれているプラクティス家の血筋……そんな家柄の男がそれならば是非と立候補してくる……都合が良すぎる気がしないでもないが、こういうこともあるのが人生だ。


『ホルダーはお嬢様と将来……』


 城を出ての新しい家への道すがら、俺はそんな思考に揺れていた。彼は、男だ。そしてお嬢様は女である。現在、プラクティス家の若者はお嬢様ただ1人。となれば家を残すにはどうにかして血を残していかないといけない。だからこそ、お嬢様も出来れば男子を、と親戚には聞いて回っていたのだ。


 そんな流れの結果、やってきた資格十分そうな男、となれば……俺はお嬢様が幸せならそれで……。


「ホルダー、貴方……私が相手でよろしくて?」


「は? ああ……意見が許されるのであれば、それはやめた方が良いかと思います」


 幼いころから守り手の一員になることを夢見ていたという変わり者と評されているホルダー。一歩間違えれば堅苦しさを感じそうな言葉で、きっぱりとお嬢様の確認……自分と子を生せるかという問いに拒否を返した。さすがのお嬢様も足を止め、真意を伺うべくホルダーを見つめる。


「単純なお話です。今回、アレスト様は私を単純に頭数として、家を途絶えさせないために招かれました。今日から私はプラクティスを名乗ることになるわけですが……仮にここで早々に子を作れば結局役目は1人で負うことになります。せめて私は他の者とそうなるべきでしょう。それに……」


「遠慮はいりませんわ。私に魅力がないからだと言われればさすがに気になりますけれど……」


 納得いく答えだったのか、どこかからかうようなお嬢様へ、ホルダーも顔をややほころばせる。頭の後ろをぽりぽりとかく仕草はやはりまだ年相応と言えるかもしれない。


「1つは将来子供は人質などに取られた時に、両方が関わっていては決断が鈍ります。もう1つは、あくまで私にとってアレスト様はあこがれなので……ちょっと感覚が違うようです」


 それきり、2人の間に言葉はなく静かだけれども、どこか関係の定まった空気が流れる。家族というよりは、仲間。その言葉が似あう関係が一番であろうとホルダーは告げ、お嬢様はそれを了承したのだ。俺も負けていられない。これまで以上にお嬢様をお助けせねば!


『問題は宝物庫だけにとどまらない可能性が出て来てることだよなあ……』


 王都は今日もにぎわっている。売り買いの声が響き、日常を過ごす声も大きい。行き交う人々には悲痛な表情はほとんどなく、それぞれの人生を精一杯生きている。目立った貧困はなく……行くところに行けばあるが……この国は比較的裕福と言える。逆に言えば、比較される他国はそうではない国もあるのだ。


 海に面し、この国から王女が嫁いだ南国は関係が良好、どこまで続いているかわからないほど広大な土地が広がる西国も同様だ。残る東と北は険悪とは言わないが、良好とも言い難い。


「噂には聞いていましたが、やはり……魔物ですか」


「そのようですわね。場合によっては交代で外に出てもいいかもしれませんわ」


 人々の中に、戦いを生業とする人間が増えていることをお嬢様は敏感に感じ取っている。やはり、普通に生きる人々とはそこにいるだけで色々と違うのだ。俺の感覚でもすぐにわかる。例えばそう、少し前の屋台の前にいる男もっておいおい。


「泥棒ー!」


 響く甲高い声は屋台のおばちゃんの声だ。俺が見ていた男が、屋台の売り物をつかみ取りながら走って行ってしまったのだ。おばちゃんが後ろを向いた隙にである。不届き者だが……運が悪かった。


「ホルダー」


「はいっ!」


 一気に俺の視界が加速する。駆け出したお嬢様の足の速さは兵士並みの装備をしても十分早いと思わせるだけの速度を誇る。見る間に男へと駆け寄り、流れるような動作で俺がつき出され……俺は 男の脇にすべり込みトゲを増やした。結果、身動きが取れずに転がる男。


「さすがですね。私に出番はありませんでした」


「良い動きでしたわ。私たちの仕事は城の中だけではありませんの。日頃のこういった動きがいざという時につながるのですわ」


 巡回の兵士が駆け付けるまで、お嬢様の講義は続いた。ホルダーはそれに律儀に相槌を返し、危機のがしてなるものかとばかりに真剣な様子だった。


 そうしてようやくと言えばようやくたどり着いたのは新しく引っ越した家。宿舎以上お屋敷未満といったところか。元はとある貴族が建てたはいいけれどお家の事情により手放した別宅なのだとか。なんだか作為的な物を感じる気がするが気のせいだと思いたい。


「ホルダーの部屋は一階の東側ですわ。後で案内させます」


「1日でも早くお役に立てるよう、頑張ります」


 そうして、たった1人と1さすまただけだったお役目に、1人の仲間が増えたのだった。




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