SO-050「メイドの仕事と願い事」
私のお嬢様はすごい人です。ブリザイアの宝物庫を守る伝統ある一族、プラクティス。その本家筋での唯一の現役という点ではあまり喜べないことかもしれませんが。
「お嬢様が帰ってきたらゆっくりお休みになれますように……」
今日も、いつお嬢様が帰って来てもいいようにと寝具は整え、湯あみの準備もばっちりです。冷たさを感じないようにと頑張って作った道具には、この前お褒めの言葉を頂きました。一族に怒られないように気を付けるように言われたけれど、大丈夫だと思います、多分。
私、クロエの出身は遥か別の大陸から長い間移動しながら過ごしてきた一族だと言います。10年か、何十年かは滞在し、そこに住むという者は置いて次の土地へと。途中、いくつもの他者を受け入れ、混血の進んだ一族でした。
「んー、このぐらいかな。あんまり温かいと汗をかいてしまいますよね」
帰ってきたお嬢様が眠る時に冷たくないよう、温めるための道具を起動しておくのも忘れません。日向のお水のように、ほんのりと温かい、そんな温かさを維持する道具です。外だと寒さに負けるぐらいの強さしかありませんけど、逆に室内だとこのぐらいの方が火事の心配が無くていいのです。
「クロエ、魔石を持ってきましたよ」
「ありがとうございます! これでまだ一週間は持ちます」
お買い物に行っていたロイアさんが手にしているのはお野菜などのほか、少し薄汚れた布袋。中身はアレストお嬢様が懇意にしている孤児院の子たちが集めた魔石です。本当は魔法の補助に使ったりすることが多いらしい魔石ですけど、力の弱い物なら河原にも転がってるぐらい実はありふれています。力の強い物ほど貴重だから高いイメージがあるんですけどね。
受け取った袋の重みに思わず頬が緩みます。これだけあれば、色々また試すことが出来そうです。お嬢様からは色々な物を作ってみなさいと言われていますから、お仕事の合間や自由時間にあれこれと試しているのです。でも……。
「あの、ロイアさん。あんまりメイドとしてのお仕事をしてないような気がするんですが……いいんでしょうか?」
「気になりますか? まあ、気持ちはわかりますよ。本当であればこのぐらいの部屋数であれば1人で十分ですからな。自分でいうのもなんですが私は家事諸々の経験も豊富ですからね。クロエのソレは想定外の物ですから……必要な分をこなしてるのあれば気にせず打ち込むのが良いでしょう」
そう、お嬢様に住まわせていただいているこの宿舎は住むには十分ですけれど、アレスト様の家柄でいうと小屋も良いところです。それこそ、宿舎全部がアレスト様の住む場所、と言ってもまだ小さすぎるぐらい。けれど、どうせ寝泊りしかしないのだから今はこれでいい、と結構前に言われてしまいました。
そんなお嬢様は今日はおでかけです。なんでも宝物庫周辺を巡回する兵士を増やすのだとか。夜間でも安心できるように増員だそうです。少しでもお嬢様の夜のご負担が減ればいいのですが。
「……床を踏むとしびれる仕掛けとかあるとお嬢様の役に立ちますかね?」
「要相談、でしょうな。宝物庫には当然、王族の方も入られるのですからうっかり踏まれては大変です。そうだ、クロエ。近々お客様が参られます。作りかけの物などは避けておくようにしてくださいね」
今度一族に仕送りと、手紙を出そう。自分たちの知識がお金になって、定住したい人への助けになるかもしれないという話も添えて。そんなことを考えていたらお仕事が舞い込みました。お客様……お嬢様以外に守り手を親戚の方から募集するというお話でしょうか?
大人になられた方だと訓練が足りず、私のような子供だと生活に困る……かもしれないとおっしゃっていました。
「貴女よりは年上ですが、お嬢様よりは年下らしいですよ。なんでも、守り手になることを夢見て独学で訓練していらしたとか」
「あれ、でも……本家筋はもうお嬢様だけなんですよね? 後は……」
そこまで口にして、私は自分が考えてもあまり意味はないのかなと思いました。誰であろうと、お嬢様が言うのであればお仕えするだけですし、お嬢様のメイドとして恥ずかしくないように過ごすことは決まっているのですから。
「ええ、お嬢様の顔に泥を塗ることの無いよう、気を付けてまいりましょう」
「はいっ!」
元気を込めて、そう返事をして……準備をしました。
した……んですが。
「今、なんとおっしゃられました?」
突然のことに硬直している私に代わって、ロイアさんがお嬢様に問いかけてくれました。悪いお話ではないんですが、急なことに思考が追いつきません。だって……。
「急な話ですけれど、明日から住む場所を移りますわ。ここより間違いなく広くなりますし、2人は忙しくなりますわよ。新人を雇ったら、クロエが教師役ですわ」
「わ、私がですか!?」
お引越しは驚きですけれど、広い場所に行くというのは歓迎です。お嬢様はもっと大きなお屋敷みたいな場所で過ごすのが似合うお方ですから。それにしても急なお話です。聞くところによれば、ついこの間まで宿舎に入るお金も捻出しないといけないぐらいだったというのに……何か王様から頂いたのでしょうか?
「なるほど、売れ過ぎましたか」
「ロイアさん、一人で納得しないでくださいよぉ!」
動揺したままの私とは違って、何度も頷いているロイアさんにすがるようにつかみかかると、優雅な仕草で私の衣服を整え、落ち着くように背中を撫でてくれました。それはまるで故郷のお爺ちゃんを思い出すようで……って、お嬢様の前でした。
「失礼しました。アレストお嬢様」
「ふふ、無理もありませんわ。ちょうど出物のが一軒あるとイブンに聞かされたからの決断ですもの。それと、費用は主に私とクロエ、2人の稼ぎですわよ。私のポーションは予想通りでしたけれども、貴女の考えた魔石を使った諸々がようやく軌道に乗ってきましたわ」
最初はピンとこなかったけれども、徐々に染みわたってくる事実が私の心を温かくしました。お嬢様にお願いされ、色々と作った結果なのです。例えば……外でたき火をするときに火種になるものだとか、そのお水が飲めるかどうかわかるような物。どれも魔石自体は弱い物ですから何回か使ったら使い捨てみたいなものです。
「おかげでイブンの店は冒険者御用達、みたいにいつも混雑ですわ。一族のみなさんにも何かお礼をしないといけませんわね。こんな優秀な子を雇えて光栄だと」
「あははは。たぶん、一緒に宴を過ごすのが一番だと思います。そういうの……好きですから」
一族の変わらない暮らしがすごく嫌になって飛び出した私。思うようにいかなかった場所からすくい上げてくれたお嬢様。なんだか、色々なことが上手く行き過ぎて怖いなと思います。何もないと良いな、そう思いながらも思わず祈らずにはいられません。
神様……お話でしかしらない神様……どうか……この楽しい時間を私から奪わないでください、と。
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