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SO-049「過剰勤務とお嬢様」


「今、なんと言った?」


 静けさの似合う夜の宝物庫。今日もまた、その静寂を破る侵入者がやってきていた。だが……いつもなら驚きやお嬢様への殺気に満ちていることの多い相手が、今日は戸惑いの中にいる。


 それはそうだろう。相対するなり、お嬢様はこう告げたのだ。


─ブリザイアは緑軽銀を平和のために使う。このまま、宝飾品として飾ると伝えに帰るように


 と。この発言には別の意味も込められている。伝えるために帰るのであれば見逃す、と。だからこそ、最初は戸惑いに満ちていた侵入者の感情も大体は怒りに変わる。そして襲い掛かってくるわけだが……。


『おおっとそこまでだ』


 迫ってくる相手に、お嬢様と俺は引くことなく前に踏み込み、逆に相手を吹き飛ばすかのような勢いではじくことに成功する。そのまま突き出された俺、さすまたがその力を発揮し、侵入者は壁際に縫い留められるかのようになる。本来ならばさすまた1本ではこうはいかないのだが、とげの数や大きさ、角度を変えられる俺であれば1本で固定することだって朝飯前である。


「今月、貴方で何人目だと思いますの?」


「……まさか、あの通路は」


 さすがに国の宝物庫に差し向けられるだけあるのか、短いやり取りで状況を察したようだ。視線の先には、国の職人の手によって美しい置物として加工された緑軽銀が鎮座している。加工する際に出た破片すら飾りに使うという徹底ぶりで、少なくとも表向きには全てそこにあり、カケラも他に使われていない。


 こぶし大の量でも武具に使えば業物となる緑軽銀を武具に使わないという宣言は大きく宣伝された。それは、それに頼り切らずともこの国は力があり、有事に対処できるという自信を持っていると宣言したのと同じことだった。


 とはいえ、それを周囲の国が額面通りに受け取るかと言えば、当然そんなことはないだろうと予想された。となればどうなるか? 間違いなく、宝物庫への侵入者が増えると思われた。そこでお嬢様は王と相談し、敢えて宝物庫に入りやすいルートを作った。正面の扉以外の、いくつかある隠し通路の1つの隠ぺいを甘くしたのだ。


「ここに来ようという腕前ならなんとか見つけられたのでなくて? ちゃんとアレはここにあの形である。そのことを持ち帰ってほしいのですわ」


 淡々としゃべりながらも、お嬢様としてはあまり良くは思っていないことが腕から伝わってくる。これまでの侵入者は全て必縛としてきたお嬢様にとって、作戦と言ってもあまり気分の良い物ではないのだ。だからこそ、早く終わらせたい。


「他にも方法があるぞ。ここでお前を始末して直接持ち帰るという方法がな」


 プライドに満ちた台詞が出てくると同時に、再び侵入者はお嬢様へと襲い掛かり……。






「またですか。お疲れ様です」


「毒や刃物だけ無いか確認した後は決まり通りにお願いしますわね」


 夜勤の兵士達の前に転がされたのは気絶している侵入者。服も剥がされないだけ温情すぎるように思える。ただ、裏の人間としては屈辱この上ない仕打ちであろう。何人かは、国に帰らずに王都の外で自害したとも話に聞いている。


 あれこれと手続きをしている間に空は白くなり、朝がやってくる。交代の兵士達がやってくることで、お嬢様も自分の時間が終わったことを実感するのだ。俺はそんなお嬢様の手の中で、自らの主であるアレストお嬢様のことを心配していた。


『お嬢様、早めにお休みになるべきですよ』


 しっかりとは伝わらないにしても、心配する気持ちだけでも届けと気持ちを込めて震える。が、俺が懸念した通りにいつもよりもわずかに遅れてこちらに気が付くというお嬢様の姿に、心配が胸に重なっていくのを感じた。まあ、さすまたに胸は無いんだが。


「? ああ、そうでしたわね。今日はあの子達への報奨金を預かっていかないと……」


 微妙に言いたい事とは違うのだが、忘れ物を思い出せたのなら結果的には良かったのだろうか? 疲れを感じさせない動きで向かう先は国の財務を担う場所。財務なんたら……難しい言葉だった気がする。ともあれ、国が出した依頼などの支払いが行われる場所だ。そこでお嬢様が受け取るのは、緑軽銀を見つけた彼らに対する内々の報奨金だ。


『さすがに俺達が見つけました!と言いふらすようなことはしてないと思うけど……』


 今頃彼らはイブンの店で北からの来訪者と一緒に働いているはずだ。冒険者が時折、力仕事だとかに精を出すのはよくあることなのでその意味では疑われることはないだろう。問題は彼らと北からの来訪者が一緒になった時に問題が起きないか、だな。


「ドラゴンの復活を危惧してやってきた北の民……そして大雨だとしても北を源流とする川辺で見つかる緑軽銀……厄介この上無いですわね」


 小さなつぶやきも視線の先にいる男のせいで止まる。ジャスタ卿だ……そういえば彼は予算にもよく関係している立場だったな。国境付近の警備なども担当しているはずだ。こちらを見つけると、いつものように笑顔なのかよくわからない笑みを浮かべ、近づいてくる。


「随分と朝が早い……ああ、そうか。お役目の後だったか。ザイヤは顔を出したりして邪魔をしていないかな?」


「ごきげんよう。いえ、昼間に街で会うことはありますが、こちらでは夜に会うことはありませんわね。相変わらずどの地方も厄介な状況ですの?」


 さらりと、話題を切り替えたお嬢様に何か言いたそうなジャスタ卿だが、すぐにその顔はいつも見る物へと戻っていく。ザイヤがこの前の出来事の通りに、お嬢様の身に起きたこと、プラクティス家に起きたことをよく知らなかったとしたら……まるでお嬢様が役目を辞退したほうがいいような噂を撒いているのは絞られてくる。そんなことをわかっているのかいないのか、ジャスタ卿はいつも変わらない。


「ああ。それでも最近はマシでね。この国にはドラゴンスレイヤーがいる、人間の兵士などはなで斬りにされるぞ、等とつぶやけば引っ込む輩も多いようだ。おっと、約束があったのだ、失礼」


 立ち去る背中を見つめるお嬢様は冷静なようで、少しばかり怒りの感情があるのが俺にはわかる。どこか抜けているように明るいザイヤと違い、ジャスタ卿であればこの国の事、宝物庫の事等は説明を受けるまでもなく十分に知っているはず。今さらながら、何故あの事件が起きたのか……俺に生身の体があれば調べるのだが、今のさすまたの状態ではそれも構わない。不格好でもいいから、動き回ってみたいものだ。


 気を取り直し、報奨金を預かったその足でお嬢様は街へと繰り出した。出来れば宿舎で休んでほしいのだが、人のお金を預かったままというのも休むに休めない気持ちもわからないではないのでその分自分が警戒をしっかりすることにした。


「ただの冒険者が持つには多すぎますし……かといって孤児院や教会を綺麗にするのも不慮の事態を呼び込むかもしれませんわね」


『確かに……それで子供たちが、改築したお金の残りはどこだ、なんてなっても困りますね』


 本当に、世の中はいつの時代も良い人間もいれば悪い人間もいる。弱者から奪うことしかできない人間もまた、尽きることがない。そう考えるとこの報奨金の使い道も悩みどころだ。まあ、それを決めるのは受け取る彼らだが。


 そう、思っていたのだが。


「私はそんなことは望んでいませんわよ?」


「うん。だからこれは俺たちのわがまま。どうせ俺たちが持ってたら派手に使ってばれるか、隠してて盗まれるか、かといってあの孤児院にも必要以上に持って行ったらシスターたちが大変じゃん? だから、使って欲しいところに渡すんだ」


 イブンの店の事務所で、困ったような顔のお嬢様に言い切って見せる子供たち。金額的には大人が何年どころではない間働く必要のあるだけの額なのだが、そのほとんどを彼らはお嬢様に譲ると言い出したのだ。最低限貰う物は貰うが、というがそれは普通に冒険者として活動していても十分手が届く額だ。報奨金全体で言えばごく一部。


「言っても聞かなそうですわね。わかりましたわ……これは一時預かることにしますわね。それに、お屋敷を買い戻すにはこれでは足りませんわよ」


「ほんとに!? うっわ、大変だ」


 笑いながらお嬢様は言うがそれは嘘だ。そうでもしないと、子供たちは屋敷を買うと言い出すだろうと思ってのことだ。結局のところ、宿舎にある金庫に保管することとなり、しばらくの間子供たちと談笑するお嬢様。


 暖房の効いた室内での語らいはさすがのお嬢様もゆったりとした気分になったようだ。


「トライ……だっけ。お嬢様を、頼むよ」


『任せておきな。そっちも、死んで悲しませるなよ』


 部屋には、そんなつぶやきと俺の板書の音が響くのだった。

 



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