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SO-053「蘇る伝説とお嬢様・前」



 じわりと……平和を騒動が侵食する。我ながらぼんやりとした表現だなと思うがそう思うしかない。一見すると変わらない平和。けれども、こうして昼間に街を歩いていても違いをあちらこちらに感じるのだ。


「ホルダーは一人で……いえ、昼間ですもの……大丈夫ですわね」


 お嬢様にしては珍しく独り言が多い時間だった。それもそのはずで、今日はホルダーが一人での警護デビューである。と言っても夜ではなく昼間、たまたま担当の兵士が不足している時期にちょうどいいとばかりに立候補した結果なのだ。


 それはそれでどうかと思うのだが、昼間に侵入者はほとんどいない。以前は兵士とかに変装していたそうだが、最近ではクロエの作った装置のおかげで未登録者が近づけばわかってしまうために全くいないそうだ。


 結果、可能性はないわけではないが、ほとんど安全、それが昼間の宝物庫の警備であった。


『っと、お嬢様!』


「あら、失礼」


 今日もにぎわう王都の中央通り。お嬢様はホルダーのことがよほど心配なのか、そこに出る小道を塞ぐように立ち止まってしまっていたのだ。横に避けたお嬢様のそばを通り過ぎるのは重そうな荷台。近くの畑で採れたのであろう野菜を積んだ状態だ。


(護衛にしちゃ物々しいな。やっぱり、魔物が増えてるのか?)


 荷台を引っ張るのも農家というより冒険者に近い男だった。もしかしたら家族や関係者が兼任なのかもしれない。ともあれ、去年にはほとんど見られなかった光景だ。幸い、街道や開けた場所にはほとんど出てきていないようだが、確実に魔物が増えているようだ。


 荷台を見送るお嬢様の瞳も鋭さを増す。まだ民衆が騒ぐほどではないのだが、こっそりと騎士団の動きも変化している。数か月に1度だった遠征も、ついには月1回になっているのだ。目立たないよう、小分けに出陣しているようだがわかる人にはわかる。それでも田舎では日々、討伐の嘆願が届いているのだという。


 漠然とした不安、そして不気味さがなんとも息苦しさを感じるものになっていると思う。呼吸しない俺ですら気分だけでこうなのだ。きっとお嬢様やクロエ、ホルダーもそうだろうし、街で過ごすイブンや北からの2人も同じような状態だろう。


「お嬢様、お待たせいたしました」


「ええ、ご苦労様。どうですの?」


 待ち合わせをするように道端に優雅にたたずんでいたお嬢様。そんな彼女の背後にさりげなく立つ壮年の男……若さを感じる変装をしたロイアだ。今日は執事とは一見してもわからないような服装である。街のどこにでもいそうなお爺さん一歩手前、な姿で彼が何をしていたかというと、実情の偵察だ。


「あまりよろしくありませんな。やはり、若干ですが高値の傾向があるようです」


「そう……主要街道だけは押さえておきたいところですわね」


 お嬢様がロイアに頼んでいた物、それは物価の上昇具合だ。魔物が増えれば、それだけ街と街を行き来する商人に影響する。お嬢様が気にするようなことではないと言えば無いのだが、世間の動きは侵入者がこの国に入りやすいかどうかということにもつながるのだ。


 結果は、良くない物だった。まだ大きな影響ではないが、確実に影響は見えているようである。そこでお嬢様が出来ることは、実際にはあまりないのが実情である。


「私に出来るのはポーションを増産するぐらいですわね……歯がゆいですわ」


 今日もまた、既に人気商品となっている魔女印のポーションを作るためにイブンの店に向かっているのだ。あればあるだけ売れていくというのだから、良いことなのか悪い事なのか。


「ロイア、貴方の記憶にはこんな騒がしい日々はあって?」


「そうですな……私がまだ子供の頃、本当にうっすらとですが近い話を親から聞いたような記憶がございます。最初はそう、普段の口にいるはずの魔物が平野に現れたという事件でした。ああ、思い出してきました。それ以後、まるでそれが呼び鈴であったかのように各地の魔物が活発になり、人々は互いに争っている場合ではない状況になったそうです」


 歴史は繰り返す。そんな言葉が浮かぶほど今の状況と似通っていた。いないはずのドラゴンが現れ、前後して魔物が活性化している。そして人間は互いに争うかもしれない状況が見えている……出来過ぎだな。誰かが再現でもしようとしているかのように重なりすぎている。


「そうなればますます、宝物庫からあれこれが盗まれるわけにはいきませんわね」


「さようでございますね」


 確かに、宝物庫にはヤバイ奴も結構ある。使い手の腕次第というのもあるが、軍勢を相手に戦い抜ける物もちらほらあるのだ。当然、代償も大きいために封印状態の物がほとんどだ。例えば、使い手以外の動くものを全て切り裂くまで止まらない人切りナイフとかな。アレは厄介だった。魔法も斬るわ、動物かと思うような身体強化もされるわと……俺の記憶の中でも厄介な順位上位に入る一品まで宝物庫には転がっている。


「外に出るあの子達にも注意しないと……また何か見つけるような星の元にいる可能性もありますわね」


 そんな風につぶやく声にはどこか、楽しみも含んでいるように感じられた。長年欠片が見つかるだけでも大騒ぎだった緑軽銀をあの塊で見つけるような幸運……悪運かもしれないが、()()()()()彼ら。そろそろほとぼりが冷め、冒険者として活動を再開しているはずだった。


「あら……」


「お話よりも2人ほど多いようですな」


 そんな彼らを訪ねると、ちょうど戻りだったのかイブンの店の倉庫に戻ってきた彼らと遭遇した。きっと買取もそのまま済ませるならこっちのほうが楽、ということなんだろう。顔を出してきた店員も慣れた様子だった。


「お嬢様!」


「元気そうですわね。それで、これはどういうことですの? まさか、無茶はしていませんわよね?」


『お嬢様、それはお嬢様が言ってもあまり説得力が……』


 まるで姉か母親か、と思うほどに心配した表情でお嬢様は彼らの体をべたべたと触っている。一見すると微笑ましくもあるが、当事者にとっては恥ずかしい物なのだろう。かと言って振りほどけないという感情も顔に出ている。


「うむ、アレスト嬢よ。我らがいる、そうそう遅れはとらんよ」


「そこですわ。貴方方が向かうような場所に、彼らを連れて行って大丈夫ですの?」


 そう、孤児院出身な冒険者の彼らと一緒にいたのは、北からの来訪者な2人であった。彼らも外向きの格好ということはそろって同じ場所に冒険に出ていたということになる。


 ドラゴンが復活してこないか、そんな調査のために来ていた彼らが向かう場所となればただの狩りではあるまい。お嬢様はそこを心配しているのだった。


「その分稼げてる……はずだ」


「そ、そうだよお嬢様。この辺で薬草採りをするより断然違うんだ」


「……最終的には貴方たちの人生ですけれども……孤児院を広げるという夢があるのでしょう? 道半ば、では意味がありませんわよ」


 冷たくも感じそうな言葉でお嬢様は2人の言い分をばっさりと斬った。ただ、お嬢様も卑怯な物言いだなという自覚はあるはずだ。わずかにかみしめられた唇が何よりも語っている。


 瞬間、互いに言葉が途切れた。やや気まずそうな空気の中、最初に動いたのはロイアだった。


「そうですな。普段行かない場所に向かうのであれば、せめてこちらに伝言ぐらい残しておくべきではないですかな?」


「そ、そうだな。そうしよう」


「それなら……ええ」


 まだ雪解け直後のように硬さは残るものの、雰囲気が和らいだことに俺はお嬢様の手の中で一人、安堵していた。お嬢様にとっては彼らは家族のように感じる相手だ。失いたくは……無いのだ。


「さっそくだが、一度行ってみようと思う場所があるのだ。北東にある、アイリアの泉だ」


「むかーし、そこに羽根付の魔物が住んでいたという噂を聞いたんだ」


「伝説どころかおとぎ話にしても何とも言えないお話ですわよ? 始まりの勇者様の御話の中にたまたまあるだけの……」


 途中で言葉が切れる。そう、おとぎ話にあるだけだったドラゴンが実際に出てきた以上、おとぎ話だと笑い飛ばすことが……出来なくなったのだ。


 何かあればすぐ逃げてくるように。結局、彼らにお嬢様が言えるのはそれだけだった。



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