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SO-042「ドラゴンスレイヤーとお嬢様」


 我らがお嬢様は無敵無敗、現にこれまで宝物庫に侵入してお宝を持ちだせた輩はただの1人としていないのだ。全てが侵入直後に捕縛されるか、あるいは手に取ろうとしたところで吹っ飛ばされている。こと、室内戦、特に宝物庫とその周辺でお嬢様が誰かに負ける要素というのは基本的に、無い。


 ただそれは、あくまでも宝物を守るための場合だ。


「さすがにっ、正面からは打ち合いたくはないですわねっ!」


 爪1本ですらお嬢様の腰よりも太そうな一撃が風を切り裂いて迫る。次の動きのためにあえてギリギリで回避しようとするお嬢様に向け、俺は緊急を知らせる震え方をしてしっかりと回避させた。


 それでもなお、その力に巻き込まれたお嬢様の髪の毛がわずかに千切れ、風に舞う。うっすらと、ドラゴンは魔力で己の爪を覆っていたのだ。あのまま見えたままで避けていたらざっくりとやられていたに違いない。


『相手の魔力がでかすぎて細かいところが読めませんよ!』


「焦り……困惑。そう、このドラゴンはこういう手品が得意なのですわねっ!」


 お嬢様に俺の感情がある程度伝わっている。その事実に色々な気持ちが沸き立ちそうになるけれど今はそれをぐっとこらえ、ドラゴンとの戦いに集中する。相手にとってみればお嬢様と俺はまだ蚊程度にしか感じてないだろう。どうも邪魔だから潰しておこうか、そのぐらいなもの。


(だったらもっと脅威に感じてもらわないとな)


「フリーニア様たちが逃げる時間は稼ぎませんと……トライ、踏ん張りどころですわ」


『勿論! やっちゃいましょう!』


 時間を稼げば、それだけ動きやすくなる。誰かが巻き込まれることも減っていくし、何よりも……俺達だけが戦えるわけではないのだ。ちゃんと、戦いの専門家たちがすぐに駆け付けてくれることだろう。


 それまでは、ここにひきつける!


「はぁぁぁああああ!!」


『指の付け根、後は手首!』


 少しでも伝われ、そう思ってひたすらに力強く念じる俺。それが上手く伝わったのか、元々お嬢様はそれを見抜いたのか。ドラゴンの目の前でひらりひらりと舞い、今回ばかりは棒術の棒のごとく真っすぐになった俺をドラゴンの動きを邪魔できそうな場所に突き入れていく。一撃必殺とはならないが、鍛えようがない場所への攻撃にドラゴンの咆哮が木霊する。恐らくは部屋にいるだけの蚊、から顔の周りを飛んでいる蚊のように相手にとっては扱いが変わったに違いない。


『魔力反応! ブレスです!』


「この距離でもわかるほどの力……そーら、こっちですわ! ……トライ、我慢してくださいね」


『それはどういう……あっちぃいいい!?』


 巧みにドラゴンの向きを誘導し、既に避難が完了した方向へと向いたドラゴンの口から赤い奔流であるブレスが飛び出した。それはやや上向きに伸び、庭木を焦がして空へと飛んでいく。地上からブレスを吐くのに慣れていないからだろうか? いずれにせよ、もし真っすぐ放たれていたらもう少し厄介だっただろうし、俺ももっと巻き込まれていたかもしれない。


 そう、トゲの一部をブレスがかすめたのだ。ひどく熱いが、溶けることはないだろうという自信はあった。なぜならこのブレスは……魔法だからだ。魔法となれば、お嬢様と俺にとっては別の意味を持つ。すなわち、吸える相手ということだ。


『消耗分は取り戻しましたよ!』


「まだまだ行けますわね……」


 恨みを呟くような低いドラゴンの唸り声。もうドラゴンは俺達しか見ていない。このままいけばドラゴンの本気が見れるだろうが、そんなものは必要ない。なぜなら、ここでコイツは終わるのだから。


「魔法隊、用意……てぇえええ!!」


 響き渡るお嬢様とドラゴン以外の声。その主は庭に集まってきた戦闘の達人、騎士団だ。戦闘には前にお嬢様と模擬戦を行った騎士団長がいる。あの時はお嬢様は騎士団長に事実上、勝利を収めた。けれどもあくまでも模擬戦のことだ。意識の切り替わった騎士団は……十分、国を守る剣と盾になったようだった。


 揃いの装備を身にまとい、魔法使いとなる兵士達が魔力を練り上げ、ドラゴンへと無数の魔法を撃ちだす。もちろんお嬢様が巻き込まれるかもしれないという可能性は考慮したうえで、だ。けれどもお嬢様はドラゴンを盾として利用し、兵士達の魔法がこちらまで届かないことを確信していた。


(まあ、仮に流れ矢のように飛んできても構わないと打ち合わせ済みだしな)


 さすがにドラゴンは想定外だが、お嬢様は騎士団の皆と有事には王族の護衛や奪還、あるいは敵の討伐を優先することを決めていた。逆に言えば、兵士が危機的な状況にあってもお嬢様は王様を守ったり、相手をどうにかすることを優先すべし、そうなっているのだ。


「よそ見はいけませんわよ!」


 鍛錬を続けた兵士達の攻撃もドラゴンには致命傷を負わせるには至っていないらしく、苛ついた様子で吠え、首を向けるのみだった。だが、それは確実な隙となる。無防備にさらけ出された場所へとお嬢様の手によって俺が何度も突き立てられる。ああ、ここで俺が槍だったならばもっと早く終わっていたかもしれないが、無い物ねだりは良くないな。それに、守るための力となると決めたのだ。


 ドラゴンは無数の剣戟、そして魔法に意識を割かなくてはならず、その上でお嬢様は無視できるほど柔な一撃を繰り出す存在ではない。どちらに注力すべきか、悩んだであろうドラゴンの攻撃は、最初と比べると随分と緩やかな物だった。もしかしたら、混乱しているのかもしれない。


「ここ……ですわ!」


 今度は逆に、お嬢様の考えが俺に大体伝わってきた。だから俺はまずはお嬢様に振るわれるがままにドラゴンの右腕を受け流しつつも途中で力いっぱい弾く。一瞬に集中した動きはドラゴンの巨体、その右腕を大きく揺らし姿勢を崩させた。


 続けて一気に伸びた俺によってお嬢様は高く高く、飛び上がる。それはドラゴンを完全に見下ろす高さまでだ。飛び上がったところで一気に縮まったからドラゴンは俺とお嬢様を見失う。そこに襲い掛かる兵士達の攻撃。その結果、完全にドラゴンの意識は俺たちから逸れた。


「必縛……えええい!」


 俺に注ぎ込まれる魔力、そしてドラゴンから何度も吸い取った魔力の両方を使い、一気に太く大きくなった俺は四又に別れ、お嬢様ごと落下してドラゴンの首元を挟み込むようにして捕まえた。そのまま地面に向けてトゲを伸ばして突き刺すと、さらに左右に小さいとげを生み出して固定、ドラゴンは動けず、ブレスを吐こうにも大きく息を吸うことすらできない状況に持って行ったのだ。


 さらにそこで続くのはお嬢様の使える唯一ともいえる雷の魔法。例えドラゴンと言っても、この状態で一撃を食らえばもう動きようがない。


「騎士の皆さま方っ!」


「出来れば正面から討ち果たしたかったが好機を逃さぬのも役目! 総員抜剣! 私に続けぇ!!」


 ドラゴンは大きい。だから首も一撃で切り取れるような太さではない。それを目の前に見て誰よりも感じている騎士たちは騎士団長の号令の元、一気に集まり……首へと殺到した。さすがのドラゴンも無防備な状態の首への攻撃には耐えきれず、悲鳴のような咆哮を上げながらついには力尽き、最後には騎士団長の一撃が首を刈り取ることに成功したのだった。それはまるで、断頭台で処刑される罪人の様ですらあった。


 沈黙と、皆の呼吸の音が妙に響いた気がする。


「やりましたわね」


 そんな中、お嬢様のぽつりとしたつぶやきが周囲に染みわたるように響く。それは徐々に騎士たちの顔に熱を帯びさせ、ついには拳を突き上げて声を上げるまでになった。それはそうだろう、少なくともこの時代にドラゴンを討伐した事例はほとんどない。しっかりと記録のある話としては初……だろう。


 周辺国に大きな影響を与える1つの札が王家の手元に転がってきたと言える。ドラゴンスレイヤーがいるのだと。


「アレスト嬢。貴女のおかげだ」


「やるべきことを成しただけ、ですわ。それに皆さんでの勝利ですもの」


 互いにドラゴンの返り血で汚れた状態ではあるが、それは勝利の勲章の様ですらあった。この戦いの後、お嬢様と騎士たちの関係は改善していくのだが……それは後日の話だ。



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