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SO-041「目覚める記憶と今なすべきこと」


「今日はよろしくお願いしますね。トライさん」


『俺なんかでよければ、何でも言ってください!』


 控室で壁に立てかけられたまま、俺は首から下げるようにされている板にカリカリとトゲで返事を書いていく。どうしても時間がかかるというのに、フリーニア様はそれを気にすることなく俺に話しかけ、俺もそれに嬉々として応対する、そんな時間。


 フリーニア様が待機しているこの部屋から出た先では、今日のために練習を重ねたであろう役者たちが演劇を行っている。やや高いところに設置された特設会場、その周囲には王都の人々が集まっている。今日ばかりは、ここへは無料で入れるのだ。


「本当は……少し、怖いのです」


 魔法を巧みに使い、群衆へ声や音を届ける演劇は人々が普段見ることのできない楽しみを持っている。だからこそ、フリーニア様のつぶやきも俺とそば付きのメイド以外には聞こえないほどの歓声が響き渡る。


 わずかに板にトゲを滑らせ、続きを待つ姿勢を作り出すと動かないさすまたな状態の俺を、フリーニア様は真剣なまなざしで見つめて来た。守ってあげたい、そう思わせる儚さと美しさ……アレストお嬢様もそうだけど、フリーニア様も何をしても絵になる、そう思わせてくれる。


「自分の歌で皆が喜んでくれるのか、この瞬間になっても不安で……お姉様に笑われてしまうかしら」


 今の城内で、フリーニア様がお姉様と呼ぶ相手は1人しかいない。既に嫁いだ上2人の姉は相手の名で呼ばなくてはいけないからだ。つまるところ、アレストお嬢様ただ1人。友人として、あるいは心のつながった姉妹として。


『アレスト様は、決して笑ったりしないと思いますよ。頑張ってる姿が好きな方ですから』


「そう……ですね。お姉様ならそう言いそうです。ふふ、さすがにずっとそばにいるだけのことはありますね。少し妬けてしまいます」


 気持ちよ伝われとばかりに書いていく俺。文字に集中していたためか、近づいてくるフリーニア様に直前まで気が付かなかった。動くことはなかったけど、慌てた心はさらにざわつく。フリーニア様がまるでほっぺたでもつつくように俺をつついたからだ。きっと普段なら他の人間の目があってできないこと……それだけ緊張とかあるんだろうな。


 そばに控えたままの顔なじみのメイドも、好きにさせているように見える。微笑んでいる姿は子供の成長を見守る親のようですらあった。それにしても、フリーニア様は意外と魔力があるな、と感じる。魔力の行き来を阻害する布を巻かれているところではなく、直に俺をつついたのにふらつく様子が無いのだ。子供ぐらいの魔力だと、立ち眩みに近いことが起きることもあるというのにだ。


(本当に、なんでこんな仕様なんだろうな俺。例えばこう、押さえつけたときとかだけになってればいいのに)


 お嬢様自身も似たような力を持っていて、俺から逆に魔力を吸い出すといったことも出来るし、さすまたである俺越しに触れあった相手から魔力をそれなりに奪うことも出来る。ただお嬢様と違って俺はその切り替えができないのだ。まるで、今のままでは足りないからだと言わんばかりに。


「フリーニア様、そろそろです」


「もうそんな時間ですか? ああ、確かにもうすぐ……トライさん、もっと小さくなってもらえますか? こっそり足元に持っていきたいんです」


『お安い御用です! そーれ!』


 俺は可愛い女の子の頼みなら何だって聞いてしまうのだ。頼られるって嬉しいし、何もしないんじゃ俺の存在意義が問われかねないからな! 自分で言ってて少し悲しくなったな、うん。もうちょっと意思疎通が出来るようになるか、足みたいにトゲを反対側に生やして動いたら……回収されそうだな。


 フリーニア様の白魚のような指に包まれながらのわずかな時間。俺はアレスト様とは違う感覚に新たな気持ちを抱きつつ……濃いヴェールを被ったフリーニア様の顔を下から見上げていた。緊張している……当然だ。だから俺はアレスト様にしているように、軽く震えて見せた。


「ありがとうございます。なんだか、お姉様を感じますね」


 口元は変わらず、目つきを柔らかな物に変えて、フリーニア様は会場のそばに歩いていく。今も演劇は続いており、もうすぐ本命の歌の出番、そういったところだ。ドラゴンに挑もうという勇者を国民みんなで鼓舞する歌。フリーニア様が歌うのにふさわしい歌だろう。


(あのペンダント……そういえば、懐かしい気配な気がするな)


 今さらながらに、フリーニア様の胸元に輝いているそれに目を奪われる。宝物庫から引っ張り出してきた骨とう品だ。これといって効果はないらしいが、昔からあるまさに年代物。噂じゃ始まりの勇者の時代からあるとかないとか……。


 フリーニア様の足元に立てかけられ、彼女を見上げる形となる俺。そのまま見上げてると色々見えてしまいそうなので少し気を付けつつ……一気に耳を奪われた。


「ラ……ララ……」


 誰もが歌えるようにと、最初やサビには歌詞が無い。それだけでも、透き通る歌声は風の魔法に伝わって周囲に広がっていく。会場の隅々まで、アレスト様の踊っている会場にまでと響き渡る歌。まさに特等席で聞けていることを神様に感謝したいほどだった。


 そのまま酔いしれるかと思たっときだ。俺の感覚と、民衆の一部がそれに反応した。思わず目立たない程度に伸び、敷居の向こう側に視線を向け……硬直した。さすまただから元々硬いじゃないかなんてボケは後だ!


『このでっかい気配は……やばい、これはやばいぞ!』


 俺はこの気配を知らないが()()()()()() 今という時代ではなく、記憶の曖昧な昔に……出会っている! 


「あれは……そんな!」


 ようやくフリーニア様でもその正体が見えるぐらいの距離になってきた時には見学に来ていた人々は悲鳴を上げながら会場から逃げ始めていた。あちこちに配備された兵士たちが誘導出来ているのが既に奇跡的なほどだ。


 なにせ、相手は空を舞う巨影……ドラゴンなのだ。赤黒く、乱暴さとどう猛さを凝縮したような姿。その荒々しい意思を込めた瞳が何故か、フリーニア様を見ていた。こんな小さい子に何が……。


(そうか、この歌……それにあのペンダント!)


 偶然か、運命なのか。今日フリーニア様が歌うのは竜退治のための歌。そして身に着けているのは伝承によればその時の歌い手である姫の身に着けていた物。神様め、前言撤回だ。なんて組み合わせで今日という日を導いたのだ!


「お逃げください!」


「こ、腰が……」


 メイドが健気にもそばに駆け寄ってくるが当然のようにフリーニア様はへたり込んでしまっている。正直な話、失神やあれこれになっていないだけすごいと思う。俺だって、さすまたの状態じゃなかったらどうなっていたことか。


 と言っても俺がやることは決まっている。今度は、守るのだ。あの時のように攻めるだけじゃなく守る、そう誓って……誓って? いつだ、いつ誰に俺は誓ったんだ? ドラゴンには記憶の限りでは今日初めて出会ったというのに……。


『っとおお。やらせるかよ!』


 思考を読んだわけではないだろうが、タイミングよく降下してくるドラゴンを迎え撃つべく、俺は全身を大きく広げ、強度も最大、トゲも少しでも邪魔になればと目いっぱい増やしてまるで栗のようだ。ぶつかる巨体と強烈な衝撃。俺でなかったら砕け散っていたことは間違いない。


『はっはー! 残念だったなトカゲ野郎! ここから先は通さん! 万魔を貫くこの俺が……いや、俺とすぐに来るだろうお嬢様が相手だあ!』


 聞こえない叫びを叫びながら、俺は記憶に戸惑っていた。先ほどの衝突がきっかけになったのか、どんどんとあふれる泉のように記憶がよみがえる。かつての俺は……槍だった。中央に希少鉱石を使って仕立てられた1本の穂先と、左右にさらに2本の穂先を抱く三つ又の槍。


 かつての戦いと、思い出。それらが一気に蘇ってくるがどうして中央の穂先が無くなったのかまでは今は思い出せない。その代わりに思い出されるのは、その時に交わしたであろう言葉。


─ 今度は守れる俺でありたい


 そんな誓いの言葉。


「フリーニア様! トライ、よくやりましたわ!」


 駆け込んでくる一陣の風、その正体は女神か戦神かと見間違うばかりに気迫をみなぎらせたアレストお嬢様だ。素早く俺を握り、ドラゴンへと突き付ける。そのころには、俺は縮まりいつもの……いや、誓いを思い出した本物の守り手となった俺としてお嬢様の手の中にあった。


『さあ、ふざけたトカゲ野郎にお仕置きの時間ですよ!』


「っ!? そうですわね。手早く行きますわよ!」


 そうして俺とお嬢様は、フリーニア様たちが逃げる時間を稼ぐべく、ドラゴンに躍りかかった。

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